ようやく、気がついた。
私、夕立は、テートクさんが好きだ。
でも、この想いを、どうすればいいんだろう。どう伝えればいいんだろう。
夕立、どうすればいいんだろう————
———夕立の様子が最近おかしいことに、提督は気がついていた。前のような快活さが見られない。たまに姿を見たとき、声をかけたとき、そこにいるのは少しおどおどとした気弱そうな少女。
その日も演習報告に提督執務室に現れた夕立は、提督と目を合わせようとせずバインダーに目を落としたまま報告を終える。
「……以上が、演習の報告です」
「ご苦労、夕立。ところで……」
ほんの一瞬ためらった後、提督は思い切って目の前に立つ夕立に訊いてみる。
「最近、なにかあったか?なにか、悩んでいることがあるとか」
「ぽい!?」
いきなり切り込まれて夕立の顔に動揺の色が走る。悩みなら、ある。今目の前にいる提督のことだ。でも、そんなこと本人に言えるわけがない。
「ううん、なんにも。夕立は、大丈夫っぽいよ」
「そうか」
はっきりそう言われてしまっては提督も続ける言葉がない。頭を切り替え、提督は秘書艦の出かけているふたりきりの空間で素早く算段を巡らせる。
前々から夕立を誘おう、そう思っては挫折してきた。一歩を踏み出すその度胸が得られなかった。それでも、いつまでもこのままでは———
「なあ、夕立」
「ぽい?」
ひとつ喉を鳴らして提督は最初で最後の一歩を踏み出す。
「来週の水曜、公休日だよな?俺も、その日休みなんだ。どうだ、よかったら一緒に映画でも……」
夕立の目が見開かれる。その反応の意味を探る前に提督の勇気が潰える。
「あ、急に言われても夕立にも予定があるよな。いやすまん、無理を言って———」
「ううん!予定なんてないよ!夕立、テートクさんとお出かけしたいっぽい!」
身を乗り出してチャンスに飛びつく。ほわほわとした声で夕立は夢見心地に呟く。
「嬉しい……テートクさんとお出かけだ。夕立、楽しみっぽい」
その反応に自分は期待してもいいのか、そんなことを提督は考えた。
夕立が眠れぬ夜を幾夜か過ごした後、その日は訪れる。鎮守府から少し歩いたところにある公園の時計台の下に、ベージュの薄手のセーターの上に赤いブレザーと濃紺のミニスカート姿の夕立は立つ。鮮やかな色彩が夕立によく似あっている。
「夕立、すまん。待たせてしまったようだな」
「あ、ううん。夕立も今来たところっぽい」
声の方角に顔を向け、夕立はほけっとした表情になる。紺のジャケットにベージュのチノパンという初めて見る提督の私服姿が夕立の瞳に新鮮に映る。夕立にじっと見つめられ、落ち着かなくなった提督が夕立に問う。
「私服を見せるのは初めてかな……おかしく、ないか?」
かっこいい、そんな素直な言葉を口にするには夕立は初心すぎた。だから代わりに無難な言葉を口にする。
「よく、似合ってる」
そうか、とそれでも提督は嬉しそうな顔を見せて夕立を誘い歩き出した。
電車に揺られて着いたのは大きな街のベイサイドの商業エリア。その中のビルの一角にあるシネコンに提督は夕立を連れていく。ずらりと並んだ映画のポスターを前に提督は夕立に声をかける。
「どれか、観たいのあるか?」
「これ!これがいいっぽい!」
言いながら夕立が指さしたのはカーアクションとガンアクションがてんこ盛りのハリウッド映画。なるほどな、と思いながら提督は発券機まで夕立を連れていく。既にそわそわしている様子の夕立を微笑ましく思いながら提督はチケットを一枚夕立に手渡した。
映画は冒頭から派手なアクションの連続だった。
「おおー」
タイヤを軋ませるカーチェイスが展開されるたび、閃光が画面を埋め尽くす銃撃シーンが披露されるたび夕立の唇から遠慮した、でもはっきりとした呟きが漏れる。身を乗り出さんばかりに画面を追う夕立の目の前で、トップスピードで街中を駆け抜ける主人公のスポーツカーが停車中の車に乗り上げ派手な衝撃音とともに横転して火花を散らす。
「おおー!」
息もつかせぬノンストップアクション、その宣伝文句に嘘偽りはなかった。
映画が終わり、劇場の外に出ても夕立の興奮は冷めやらない様子だった。
「あー、面白かった!」
さっぱりとした声を出し弾むような足取りで歩く夕立の一歩後ろを追いながら提督は夕立に声をかける。
「アクション映画が好きなのか?」
「うん!でも、時雨や村雨はあまりこーゆー映画には付き合ってくれないっぽい!」
「なるほど」
「あ、でも白露は結構好きだよ、アクション物」
うきうきとした明るい声、生来の夕立が持っている声。その声を久しぶりに聞いたような気がしながら提督は言葉続ける。
「でも夕立が元気になってよかった」
「ぽい?」
その言葉に夕立は足を止め、提督を振り向いて不思議そうな声を出す。
「夕立、別に元気じゃなかったわけじゃないよ?」
「そうなのか?最近、おとなしかったような気がするから……」
その理由は夕立に心当たりがあった。その答えを口にする代わりに、夕立は俯いて提督に問う。
「また、夕立とお出かけしてくれる?」
いやも応もない夕立の問いかけ、その問いかけに飛びつく代わりに提督は少しだけもったいぶったように告げる。
「いいけど、条件がある」
「条件?」
不安そうにこちらを見上げてくる夕立に提督は言う。
「俺以外の奴とお出かけするな、条件はそれだ」
その言葉に夕立はしゅんとした表情になる。
「時雨や、村雨ともお出かけしちゃダメ?」
「あ~、いや……そういう意味じゃなく……」
顔を下げてしまった夕立を前に提督はしばし言葉選びに迷うが、ストレートに告げることに決めると顔が熱くなるのを自覚しながら言い放つ。
「俺以外の男と出かけるな、という意味だ」
夕立はきょとんとした顔を向けるとこれまたストレートに言葉を返す。
「夕立、テートクさん以外の男の人とはお出かけしないよ?」
「ああ、うん。そうか……」
あまりにも率直で飾り気のない、それだけに本心と伝わる夕立の言葉に提督の額に汗が浮かぶ。ここまで来たら一挙に勝負をつけてしまおうと提督は夕立に提案する。
「ちょっと歩くと、海際に出られるんだ……つきあって、くれないか?」
港に面した遊歩道、海からの風が心地よい。風が、自分のブロンドをそよがせるのを感じながら夕立は海を見つめる。
「きもちいいっぽい、ね」
傍らに立つ提督が無言で頷く。しばらくふたり風が身体を撫でるに任せていたが、やがて提督が顔だけを夕立に向ける。
「夕立」
「ん?」
身体を夕立の方に向けて提督が告げる。
「お前が、好きだ」
さあ、と一陣の風が吹き抜ける。夕立のロングヘアが大きく靡く。自分も身体を提督の方に向けて提督と向かい合い、夕立は瞳潤ませながら応える。
「夕立も、テートクさんが好きだよ」
想いが、惹かれあい、結びあう。ふたりの言葉、確かなものにしようと提督が夕立に手を伸ばす。そのまま、夕立の華奢な肩を引き寄せその細い肢体を抱きしめる。夕立が、提督の胸に収まる。
新たな恋人たちの船出を祝福するかのように、汽笛が響き風が震える。
了