艦娘恋物語   作:青色3号

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清霜の場合②

紅茶色のロングスカートと同色のキャミソール。それらを纏った少女がバックパックのひもに両手をかけ人待ち顔で公園の時計台の下に立つ。たまに爪先立ちして遠方を探り、お目当ての人物が現れないか確かめる。

 

やがて、向こうから紺のジャケットとベージュのチノパン姿の青年が近づいてくる。

 

 

「しれーかん!」

 

「清霜、悪い。待たせた」

 

「ううん、清霜も今来たところだよ」

 

 

提督のお出ましに清霜は今日が初デートの日だと実感する。心臓がどきどきして顔が紅潮するのがわかる。軽く提督が清霜を誘うように肩に手を置くのに鼓動を跳ね上がらせながら清霜は提督と並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

電車に乗ってしばらく後、ふたりはベイサイドの商業エリアに辿り着く。近代的なビルの立ち並ぶそのひとつ、シネコンの入っているビルを目指す。シネコンのロビー、上映中の映画のポスターが並ぶ壁面を清霜はじっと見つめる。

 

 

「どれがいい?」

 

「うーん……」

 

 

提督の問いかけに清霜はポスターの一枚を指さして答える。

 

 

「これ!これがいい!」

 

 

清霜が指さしたのは邦画の恋愛もののポスター。若い男女が見つめあうそのポスターを一瞥して提督は確かめるように口にする。

 

 

「これ?」

 

「うん!これがいい!」

 

「あっちで探偵もののアニメ映画も演ってるぞ?」

 

「これがいいの!」

 

 

熱弁する清霜に押されるように提督は発券コーナーに行き、恋愛映画のチケットを二枚購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場内の照明が落ち、物語が始まる。大学の構内で出会ったふたりはお互い惹かれあい、心を結んでゆく。その過程を見つめながら清霜は初めて垣間見る大人の恋愛の世界に胸高鳴らせる。

 

 

「わあ……」

 

 

ため息のような声が清霜の唇から漏れる。場面は切り替わり、シティホテルのベッドが大写しになる。裸身のヒロインをベッドに誘い、主人公がヒロインに身体を重ねてゆく。

 

 

「わ!」

 

 

思わず口を両手で覆う。隣で、提督が身じろぎするのが分かる。濃厚な濡れ場を前にして提督は存分に気まずさを味わい、清霜は心臓が身体から飛び出しそうな感触を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画が終わり、ふたりオープンカフェの客となる。青空の下の白い丸テーブルでココアを口に運ぶ清霜にコーヒーカップを持つ提督が語りかける。

 

 

「面白かったな。恋愛映画は普段見ないんだが」

 

「でしょでしょ?清霜の選んだ通りでよかったでしょ?」

 

 

えっへん、という擬音が聞こえそうな清霜の様子に提督は知らず微笑む。そんな提督の様子を清霜はうかがっていたが、さりげなさを装って口を開く。

 

 

「結構、カゲキなシーンもあったね……」

 

「あー、うん……PG12ってあたりで予想するべきだったな……」

 

 

年齢不詳な艦娘ではあるが12歳以下ということはあるまいと提督は自分を納得させる。それでもいくばくかの罪悪感は感じざるを得ない。複雑な表情を見せコーヒーを啜る提督をちらっと見ながら清霜は自身もココアを口に運びながら考える。

 

 

 

 

―――いつか、清霜もしれーかんとあんなことするのかな……

 

 

 

―――優しくしてくれるかな……しれーかんのことだから、優しくしてくれるよね……

 

 

 

―――だったら……いいよ、ね……

 

 

 

急速に顔が赤くなるのを感じながら清霜はココアをコクンともうひと口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたり、海際の遊歩道を歩く。海からの風が心地よい。なにかロマンチックなことが起こらないかな、と期待する清霜の隣から提督が声をかけてくる。

 

 

「清霜」

 

「は、はい!」

 

「そこ、段差があるから気をつけなさい」

 

「……はい」

 

 

いまいちまだ子ども扱いされているように感じる。仕方ないといえば仕方ないけど、正直ちょっと物足りない。もっと恋人らしい何かが欲しい。

 

 

「しれーかん」

 

「ん?なんだ」

 

「あの……」

 

 

両手をぶらぶらさせる。手を繋いでほしい無言のアピール。しかし提督はそのサインに気づかない。気づかないまま提督は、こんな言葉を口にする。

 

 

「今度は、もっとおとなしい映画観ような。探偵もののアニメ映画、あれしばらく演っているみたいだぞ」

 

「……うん」

 

 

しれーかん、探偵アニメ好きなのかな。ううん、自分も大好きだけれど……と思いつつ、清霜はやはり自分が子供扱いされているのを感じてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手をつなぐでもなく、腕を組むでもなく、ふたりはのんびり遊歩道を歩く。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、もう少しだけの進展が欲しい。そう願う清霜の傍らで提督は楽しげに口にする。

 

 

「いやしかし、嬉しいな」

 

「え?」

 

「晴れて清霜とつきあえるようになって、こうしてふたりでお出かけして……いやあれだな。俺、幸せ過ぎて死ぬんじゃなかろうな」

 

 

笑顔でそんな言葉を口にする提督の横顔を見上げる清霜の胸に、暖かなものが満ちる。そう、自分は少し欲張りになっていた。ふたりこうして並んで歩ける、それだけでいいではないか。ふたりこうして同じ時間を過ごせる、それだけで十分ではないか。

 

「しれーかん、死んじゃやだよ」

 

「物のたとえだよ。当座死ぬ予定はないから安心しろ」

 

「うん」

 

 

これからもふたりでいろんな思い出を作っていこうね、そんな照れくさい言葉は清霜の口からは放たれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

遊歩道の行き止まりは港に面する小さな公園だった。フェンスに手を乗せ対岸の白い貨物船を見つめながら提督は傍らにちょこんと立つ清霜に語りかける。

 

 

「清霜」

 

「ん?」

 

「寒く、ないか?」

 

「え?この季節だし、別に寒くはないよ?」

 

「そこは『寒い』と言ってほしい」

 

「なんで?」

 

 

きょとんとする清霜に手を伸ばし、その小さな肩を手のひらに収め、自分の方に引き寄せながら提督は種明かしする。

 

 

「寒いなら、こうして温められるだろう?」

 

 

ぎゅっと提督の半身に自分の小さな肢体を押し付けられ、清霜は言葉失い鼓動跳ね上げさせる。子供じゃない、ひとりの女性として求められている、そのことを清霜は実感する。瞳潤むのを感じる清霜の身体を自分に正対するように提督は誘う。

 

 

「清霜」

 

「はい」

 

それ以上言葉を重ねることなく、提督は清霜に覆いかぶさるように屈んでゆく。提督の顔が近づくのに予感を覚えて清霜はぎゅっと目を閉じる。柔らかな感触が、清霜の唇を覆う。優しい電流が、清霜の小さな体を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

初めてのキスは、少しコーヒーの匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

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