艦娘恋物語   作:青色3号

108 / 124
秋津洲の場合

鈍く光を反射する濃緑色の翼と胴体。その二式大艇を布で磨きながら秋津洲は大艇に語りかける。

 

 

「大艇ちゃん、気持ちいいですか~?キレイになったかも~」

 

 

整備工廠の片隅に座り込み二式大艇を磨いていた秋津洲だったが、やがて気が済んだか「うんっ」と声に出して立ち上がる。腰に手を当てぴかぴかになった二式大艇を見つめると秋津洲は満足げに笑顔浮かべた。

 

 

 

 

 

 

工廠を出た途端目に入る眩い陽光に秋津洲は思わず目を細める。手を額にかざし陽光に顔を向ける秋津洲に声をかける者がいる。

 

 

「秋津洲」

 

「川内ちゃん、今演習帰り?」

 

「うん」

 

 

艤装をもう外した身軽な姿で軽巡娘・川内が近づいてくる。近づきながら川内は華やいだ声を秋津洲に向ける。

 

 

「大規模作戦が近いからね。夜戦作戦も予定されているみたいだし、頑張らないと」

 

「頑張ってね」

 

 

秋津洲は、今回の作戦に編成されていない。

 

 

水上機母艦の中でも飛行艇の運用を想定して設計された秋津洲は運用が難しい艦として知られる。実際、秋津洲が実戦に投入される機会は多くない。軽巡のエースとして数々の作戦に参加してきた川内のことを秋津洲は複雑な気持ちで見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の廊下を歩いていると向こうから駆逐艦娘の二人組が近づいてくる。

 

 

「それほんと、卯月?」

 

「うーちゃんウソ言わないっぴょん。ホントに、解体されるっぴょん」

 

 

話しながら歩いてくる駆逐艦娘たちが自分に気がつき会釈する。弥生はぴょこんと頭を下げて、卯月はひらひらと手を振って。そのふたりに笑顔で手を振りながら秋津洲は今しがた耳に入った単語に穏やかならぬ気持ちを感じていた。

 

 

 

解体、それは艦娘としての経歴の終わり。

 

 

 

艤装を分解破棄し、本体は普通の女の子になる儀式。

 

 

 

この鎮守府で過去に解体処分になった艦娘はいない。しかし、何事にも最初というものがある。卯月の残した言葉が頭の中でリフレインし、秋津洲はその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

提督執務室を秋津洲は目指す。建前は二式大艇の整備終了を報告しに、本音は想い人の提督の姿を目に収めに。重い扉をノックし押し開けたとき、秘書艦の長門と提督が交わす言葉が耳に入った。

 

 

「本決まりなんだな、提督?」

 

「ああ、解体で決定だ。秋……」

 

 

言いかけた提督の口が閉ざされる。椅子についたまま笑顔をこちらに向けて提督は気安い声を向けてくる。

 

 

「秋津洲、どうした?」

 

 

その笑顔が直視できなかった。固く強張る表情をどうにかしようとして、それもままならず秋津洲は返す言葉も思いつかぬままに身を翻して提督執務室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭の端で海を見つめる。海風が、秋津洲の長いツインテールを靡かせる。海風に身を任せながら秋津洲はひとり思いにふける。

 

 

解体、それもしょうがない。実際自分は、満足に出撃機会も与えられない役立たずだ。鎮守府のリソースも限られている。出撃できない艦娘に費やす資源も予算もない。

 

 

解体されたらどうなるのだろうか。“普通の女の子”にとって鎮守府に居場所などない。社会に出ることになるのだろうか。普通の女の子になって、多分学校とかに通って―――

 

 

「……それも、いいかも」

 

 

自虐的に微笑んで独り言つ。顔を俯かせて更に思いに沈む。学校に通って、新しいお友達を作って、部活なんかもやっちゃったりして―――

 

 

 

鎮守府を離れて、僚艦と離れて、提督と離れ離れになって―――

 

 

「それは、やだな」

 

 

思わず呟く。じわりと涙が瞳に浮かぶ。顔を両手で覆い、秋津洲は苦しげに口にする。

 

 

「やだよう……」

 

 

解体されたくない、提督と離れたくない。わがままと知りつつ、今だけは、秋津洲は鎮守府に残りたいと切に願いむせび泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

岸壁を歩き特殊艦寮への帰り道を目指す。とぼとぼと足を進めながら足元を見つめる秋津洲に近づいてくる影がある。

 

 

「秋津洲」

 

「……提督」

 

「さっきはどうしたんだ?急に執務室を飛び出したりして」

 

 

いつもと変わらぬ穏やかな態度が嬉しくもあり悲しくもある。ちゃんとケジメはつけようと秋津洲は両手を揃えて提督に向かい頭を下げる。

 

 

「提督、今までお世話になりました」

 

「ん?なんだ、改まって?」

 

 

ぽかんとする提督の態度に違和感を覚える。その違和感を打ち消すように秋津洲は提督に確かめる。

 

 

「秋津洲、解体されるんでしょう?」

 

「なんの話だ?」

 

 

今度は秋津洲がぽかんとする。大きく目を見開いて秋津洲は提督に問いかける。

 

 

「さっき、長門さんと解体の話をしてたかも?」

 

「ああ、第四埠頭のクレーンが老朽化してきたから秋のうちに解体するって話か」

 

 

身体の力が抜け、秋津洲はその場にへたり込む。

 

 

「秋津洲!?」

 

「て、てっきり……」

 

「驚いたな……なんで自分が解体されるなんて思ったんだ?」

 

「だ、だって!」

 

 

提督に両腕を取られ、持ち上げられながら秋津洲はしゃくりあげる。

 

 

「秋津洲、役立たずだもの!出撃だって、ろくに出来ないもの!こんな秋津洲、解体されたって……」

 

「艦の運用に責任を持つのは俺だ。お前らが、気に病むことじゃない」

 

 

秋津洲の両腕を掴んだまま提督は力強くそう告げる。頬に涙伝わせ自分を見つめる秋津洲を見つめ返しながら提督は更に言葉継ぐ。

 

 

「それに、艦としての秋津洲だけじゃなく」

 

 

秋津洲のことを見据えながら提督は告白する。

 

 

「女の子としての秋津洲が、俺には必要なんだ」

 

 

言葉が、鼓動の響きを運んでくる。秋津洲の華奢な身体が、鼓動に押されてひとつ揺れる。提督にすがる視線向ける秋津洲に提督は一言問いかける。

 

 

「これからも、俺のそばにいてくれるか?」

 

 

必死に頭を縦に振る。好きだ、と伝えたくて言葉が出ない。だから、秋津洲は提督の胸に飛び込む。その厚い身体に腕を回し秋津洲は想いのたけを全身で表す。

 

 

 

 

提督が秋津洲を抱きしめ返す。

 

 

 

 

提督の胸の中で秋津洲は想う。ずっと、提督に必要とされるような素敵な女の子でいようと―――

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。