艦娘恋物語   作:青色3号

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初霜の場合

駆逐艦娘寮の一階、広い休憩スペースに初霜が顔を表すと、テーブルを囲んでいる第八駆逐隊の姿が見えた。

 

 

「今週は出会いの予感ありですって~。ちょっと楽しみだわ~」

 

「朝潮は、今週は不調のようです……」

 

 

近づいていくと、テーブルの上に雑誌が広げられている。好奇心のままに初霜はテーブルに向いて座る満潮に問いかける。

 

 

「何を読んでいるの?」

 

「ああ、雑誌の恋愛占いコーナーよ。よく当たるって評判なの」

 

「荒潮ちゃんは今週出会いがあるそうです!アゲアゲです!」

 

 

満潮の奥に座る大潮が笑顔を初霜に向けるのに呼応して向かいに座る荒潮がちょっと頬を染めて微笑んで見せる。荒潮と並んでいる朝潮はどうやらあまり思わしくない結果だったらしく、眉をよせて唇を尖らせ少し不服そうだ。仲の良い八駆の様子を微笑ましく見つめる初霜に荒潮が問いかける。

 

 

「初霜ちゃんも占ってあげましょうか~?初霜ちゃん、進水日いつだっけ?」

 

「ああ、私はそういうのは……」

 

 

遠慮がちに口にして、初霜は少し申し訳なさそうに続けた。

 

 

「ごめんなさい。私、恋愛とかあまり興味がないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

八駆と別れて寮を後にし、散歩がてら鎮守府内を歩いているところで顔なじみの事務局員と出くわした。提督執務室に書類を届けるところだというその軍人に「だったら私が届けるわ」と気安く告げて初霜はまもなく執務室の客となる。扉をノックし押し開けて、奥に座る提督に綺麗な敬礼捧げる。

 

 

「提督、書類をお持ちいたしました」

 

「ご苦労」

 

 

秘書艦の姿はなく、今は執務室に提督ひとりのようだ。机の前まで歩み寄り書類の入った大判の封筒を差し出すと提督が中身を取り出し目を落とす。なんとはなしに初霜はその様子を机の前から眺めていたが、ふと提督に問いかける。

 

 

「提督は、恋愛ごとに興味とかございます?好きな人がいる、とか……」

 

「ん?」

 

 

生真面目で堅物な初霜から発せられる意外な問い、その問いに提督は顔を上げる。

 

 

「なんだ、珍しい質問だな。どうした?」

 

「いえ、なんとなく……先ほど、八駆の面々とそんな会話になりまして」

 

「ふむ」

 

 

書類を机に置いて背もたれに身を預け、指を組み合わせて提督は応える。

 

 

「今は戦時中だ。それどころではない、というのが正直な気持ちだな」

 

「そうですね」

 

 

実直な提督に期待していた台詞、その台詞が聞けて初霜は安堵を覚える。その安堵の隅に微かな寂しさが混じっているのを感じるのはなぜだろう、と初霜は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室を後にして鎮守府本館の廊下を歩く。向こうから睦月型駆逐艦娘ふたりが並んで歩いてくる。

 

 

「それホント、卯月?」

 

「ホントだぴょん、司令官、舞鶴に行っちゃうぴょん」

 

 

言葉が、胸を凍り付かせた。卯月に駆け寄り、その肩を掴んで初霜は大声で問う。

 

 

「それほんとなの!?」

 

「は、初霜、どうしたっぴょん」

 

「いいから答えて!それ、ほんとなの!?」

 

 

がっしり両肩を押さえつけられて卯月はしどろもどろに答える。

 

 

「ほ、ほんとだっぴょん……司令官が舞鶴に行くって、うーちゃんそう聞いたっぴょん」

 

 

目の前が暗くなった。いつまでもここにいると思っていた提督がいなくなってしまう。いつまでも続くと思っていた日常が終わってしまう―――

 

 

 

―――そう、提督は日常だった。初霜にとって、日常だった。だから気がつかなかった、自分の中で提督がこんなにも大きな存在になっていたことに。だけど気がついてしまった、自分にとって提督がかけがえのない存在であることを。

 

 

 

 

 

 

 

執務室に取って返し、ノックも忘れて扉を押し開ける。部屋の中央に提督と並んで立つ秘書艦の妙高の言葉が耳に入ってくる。

 

 

「では舞鶴への出立は予定通りに」

 

「ああ、来週の月曜だな」

 

 

そんなに早く―――頭がくらっとする。立ち尽くす初霜に気がついた提督が声をかけてくる。

 

 

「ん?初霜、どうした。忘れ物か?」

 

「て、提督……今、舞鶴って……」

 

「ああ、四日間の出張でな。留守の間、よろしく頼むよ」

 

 

提督の言葉に力が抜けた。ぼへっとする初霜のことを、妙高が不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岸壁に海を望んで膝を抱えて座り込む。この嵐のような時間でわかってしまったことがある。

 

 

 

自分は、提督が好き。

 

 

 

でも―――

 

 

 

提督は、自分に興味がない。恋愛に、興味がない。

 

 

 

気がつくと同時に終わっていた初恋、その滑稽さに涙も出ない。ぎゅっと膝を抱いて海風から身を守るように身を縮こませる。

 

 

隣に、誰かが腰を下ろす気配を感じる。そちらに目をやると傍らで水平線に目をやるのは白露型二番艦の時雨。

 

 

「……駆逐艦時雨?」

 

「どうしたんだい、こんなところでしょぼくれて」

 

 

海に目を向けたまま時雨が問うてくる。どう答えようか躊躇して、初霜は顔を俯かせこんな言葉を口にする。

 

 

「自分の恋にまったく望みがない場合……どうする?」

 

 

その言葉に驚いたような顔を時雨は向けてくる。それでも余計な質問をするでもなく、時雨は視線を元通りに戻すと簡潔に言う。

 

 

「そうだな……それでも、想いは伝えるかな」

 

 

頼りない目を初霜は時雨の横顔に向ける。その初霜の視線を頬のあたりに受けながら時雨は語る。

 

 

「望みがないまま、その想いを封じてしまったら“悲しみ”しか残らないけれど……」

 

 

そこで一度言葉を切り、続ける。

 

 

「想いを伝えることができたら、“記憶”は残る」

 

 

そこでへらっと表情を崩し初霜に照れたような顔を時雨は見せる。

 

 

「……そんな気がする。なんて、ね。僕にもよくわからないけれどね」

 

 

それでも時雨の言葉が自分に指針を与えてくれた。時雨に微笑み返して、初霜は小さく頷いた。久しぶりに笑顔を顔に浮かべられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督執務室に初霜は引き返す。決意を胸に、ノックをして扉を開ける。沈むために挑む、そんなことがあってもいい。“記憶”が残るなら、それでいい。

 

 

「初霜か、今度はどうした?」

 

 

机の向こうから提督が声をかけてくる。どうやら、妙高は席を外しているらしい。この機会を逃すまいと、大股に初霜は提督に近づき大きくひとつ息を吸って告げる。

 

 

「提督、私は貴方が好きです」

 

 

告げた、あとは轟沈を待つだけ―――そう覚悟を決める初霜のことを提督は黙って見つめていたが、やがて不思議な言葉を口にする。

 

 

「許されると、思うか?」

 

 

何がですか、という思いで初霜は軽く首を傾げる。告白の反動で激しく高鳴る鼓動に身体を揺らされる初霜に提督は言葉続ける。

 

 

「初霜は、恋愛に興味がないと思ってた。だから想っても無駄だと思い、自分も恋愛に興味がないことにしようと思ってた。それでも―――」

 

 

初霜のことを見つめながら椅子から腰を浮かせ、提督は問う。

 

 

「初霜が俺のことを好きだと言ってくれるなら―――俺も、初霜が好きだと伝えていいのか?」

 

 

初霜の瞳が大きく見開かれる。涙が、その大きな瞳に浮かび上がる。必死に何度も頷きながら初霜は返事をしようとするが、しゃくりあげるばかりで言葉が出ない。こんな時に、言葉が出ない。

 

 

だから、机を回り込んできた提督の胸に飛び込む。その大きな身体に抱き着く。頬を伝う涙の感触覚えながら、初霜は全身で提督に思いのたけをぶつける。

 

 

 

 

 

恋になんて、興味ないと思っていた。でも、自分はとっくに恋に落ちていた。

 

 

 

 

だから、この想いを伝えようと思った。伝えなきゃだめだと、教わった。

 

 

 

 

想い伝わった今、初霜は思う

 

 

 

 

この記憶を、忘れることはない、と。

 

 

 

 

 

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