桃色のツインテールを靡かせて少女が鎮守府本館の中庭を駆ける。提督と秘書艦の日向を追い抜きざま少女は気軽な声をかける。
「提督ー、日向さーん、おっはよー」
「こら桃!敬礼をしないか!」
「ははは、構わん日向」
提督と日向の見守る先で桃は中庭の中心へと走り、腰に両手を当ててそこで待っていたらしい軽巡娘に挨拶する。
「ごめんなさーい那珂先輩!遅れましたあー」
「こらー、桃ちゃん遅刻だよ!アイドルは時間厳守!」
那珂の目の前で両手を膝について身を折り呼吸を整えてから桃は身を起こす。待ったなしで那珂のアイドルレッスンが始まる。
「では、今日のレッスン!アイドルはいつでも笑顔!」
「笑顔!」
「スマイル!」
「スマイルー!」
両人差し指を頬に当て首を傾げてみせ、桃は那珂と同じように満開の笑顔を浮かべる。歩きながらその光景を眺めていた日向が眉を寄せる。
「気楽なものだな……戦時中だというのに」
「ははは、いいじゃないか日向。戦時中とて楽しみは必要だ」
「君は艦娘たちに甘いな。特に、桃には」
「ん?そうか?」
自分の横顔を見上げる日向に提督は生返事を返す。那珂と桃のボイストレーニングが中庭に響くのを耳にしながらふたりは足を進めるのであった。
その日の午後、整備工廠に向けて岸壁を歩いていると提督は向こうから近づいてくる桃に気がついた。
「提督ー、桃、今日も頑張りましたー」
「演習帰りか?お疲れだったな、桃」
脚を止めて屈託ない笑顔見せる桃に提督は近づく。一歩前で立ち止まり桃を見下ろす形になる。
目の前の少女を見つめる。微かに漂う硝煙の匂い、頬についた煤煙の染み。
およそ、アイドルを自称する少女には似合わない戦場の残り香。そのギャップに切なさを微かに感じ提督は桃に漏らす。
「アイドル活動に、専念させてやりたいんだけどな」
「ほえ?」
「元々、桃はアイドルでいたいんだろう?そのお前に、戦いを強いるのが申し訳ない気がしてな」
「戦うのも、アイドルのお仕事だよ」
澄んだ微笑み見せて桃はそんな言葉を返す。首を傾ける提督に向かい桃は透き通るような言葉紡ぐ。
「アイドルは、みんなを笑顔にするのがお仕事なの。みんなの、笑顔を守るのがお仕事なの……だから、桃は戦うの。みんなの笑顔を守るために」
祈るように両手を組み合わせ目を閉じて桃はそんな言葉を口にする。自分の不明を恥じて提督は桃に謝罪する。
「すまなかった。俺は、お前らのことをまだわかっていないようだったな」
「え、え?やめてよぉ、提督。そんな頭下げないで」
慌てたような桃の声にようやく提督は顔をあげる。「へへっ」と弾けた笑い声をあげる桃の姿が提督には眩しかった。
しばらく後の作戦参加艦艇に、桃の姿があった。第四十三駆逐隊のひとりとして桃は北方に出撃していった。
そして、大破して戻ってきた。
鎮守府の艦娘専用の入院施設に提督は足を踏み入れる。六人部屋の扉を開けると、窓際のベッドにただひとり身を起こしてたたずむ桃の姿が目に入る。
「あ、提督。お見舞いに来てくれたの?」
「ああ、そんなところだ」
入渠を終えた桃の身体にはもはや損傷はない。それでも病院着でベッドに座る桃が痛々しく感じられる。ベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろし提督は桃に話しかける。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん、全然平気。明日には復帰できるよ」
窓からの陽光を逆光にして微笑む桃の姿が眩しい。その眩しさに目を細め、その目を桃から逸らしてから提督は呟く。
「傷つくのも仕事のうちとはいえ、辛いな」
「珍しく弱気だね、提督。桃は大丈夫だよ」
ちょっと不思議そうに応える桃をもう一度提督は見つめる。
「お詫びというわけでもないが……なにか、ひとつ桃の願いを叶えよう。なにがいい?」
「……なんで、桃にだけそんなに優しいの?」
願いの代わりに疑問を口にする桃から視線を外し提督は腰をあげる。桃に背中を向けて病室を離れざま提督は背中越しに言葉を投げる。
「なにか、考えておいてくれ」
提督が姿を消したドアの向こうを桃はずっと見つめ続けた。
数日後、いつか桃と言葉を交わした岸壁を提督は歩く。と、その耳に歌声が届いてくる。向こうに海に向かう立ち姿が見える。桃が、海に向かい歌っている。
邪魔しないようにと足を止めたが、桃がこちらに気がついた。
「あ、提督」
歌声を止めこちらに微笑む桃に向かい提督は足を進める。その姿が自分の一歩先に近づいて止まるのを待って桃は提督に囁くような言葉向ける。
「お願い事、考えてきたよ」
提督を正面から見つめ桃は言葉を海風に乗せる。
「桃の本心、聞いてほしいの……それだけでいいの」
提督を見上げる。頬が熱くなる。
「桃はね、艦娘でアイドルだけど……ひとりの、女の子でもあるの。その女の子がいつも言ってるの」
目を閉じ両手を祈るように組み合わせ、桃は告白する。
「提督のことが、好きですって」
はぁ、とひとつ息をつき雰囲気を変えて照れたように笑い桃はおどけた声を出す。
「あははー、言っちゃった。結構緊張するね、これ。あ、ホント、聞いてくれただけでいいから!」
「聞くだけで、いいのか?」
桃の言葉を受けての提督の問いに桃は腕を後ろに回し提督を見上げて微笑む。
「うん、聞いてくれただけで十分」
「そうか。それじゃあ、俺もひとつ俺の本音を聞いてもらうとするか」
提督の言葉に桃は首を傾げる。その瞳を見つめ提督は力強い声を向ける。
「前に、訊いてくれたな……『なぜ桃にだけ優しいのか』って」
海風に、提督はその答えを乗せる。
「桃のことが、好きだからだ」
桃の瞳が見開かれる。大きく見開かれた瞳が潤む。一筋、水滴が頬を伝うのを感じながら桃は提督を見つめ続ける。
岸壁に優しく波が打ち付ける。陽光が海面に反射する。
キラキラ、キラキラ。
了