艦娘恋物語   作:青色3号

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Jonstonの場合

私は、かつてここの人たちに、砲口を向けたことがある。

 

 

駆逐艦娘寮の食堂の一角でジョンストンはお盆を両手に立ちすくむ。朝食にはちょっと早い時間、席の埋まり具合はまばら。でもジョンストンはどこに座ればいいのか分からない。少し身をもじもじと揺すっていると、その姿に気がついた姉妹艦が声をかけてくる。

 

 

「ジョンストン、どうしたの?座らないの?」

 

「フレッチャー……うん、今座るところ」

 

 

ほっとした様子を隠そうともせずにジョンストンはフレッチャーと向かい合わせに席を取る。まだ慣れぬ箸を使って焼き鮭をほぐすジョンストンに、彼女より少し先にこの鎮守府に着任していたフレッチャーが声をかける。

 

 

「どう、ジョンストン。少しはここに慣れた?」

 

「……うん。順調よ」

 

 

内心を押し隠してそんな返事をする。姉妹艦に心配はかけたくない。もうこの鎮守府にだいぶ馴染んだ感じのするフレッチャーのなにか問いたげな視線を受けながらジョンストンは焼き鮭を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の昼食時、鎮守府本館の食堂でまたもジョンストンはお盆両手に立ち尽くす。いつも一緒に食事をとってくれるフレッチャーの姿は、今日に限って見当たらない。他の姉妹艦のヘイウッドやリアリーの姿も、それどころか連合国仲間の他の艦娘の姿も、食堂にない。

 

 

どこか空いているところに適当に座ろうか、と思うが正直怖い。日本の艦娘の誰かが同じ席に着くのが。かつて戦火を交えた旧敵が、自分をどんな目で見ているのかが。

 

 

「ジョンストン?」

 

 

声をかけられはっとする。声の方に顔を向けるとこちらを不思議そうな表情で見つめているのは陽炎型駆逐艦八番艦・雪風。

 

 

「……ユキカゼ」

 

「どうしたの、ぼーっとして。食べないの?」

 

 

自然な仕草で雪風はジョンストンを誘い席に着く。釣られるようにジョンストンも雪風の向かいに腰を下ろす。唐揚げを箸で摘みながら雪風は自然な口調で口にする。

 

 

「いつもジョンストンは、海外艦の子とお食事してるね」

 

 

それは軽く放たれた言葉だったが、ジョンストンの胸を射抜いた。別段その理由を聞くでもなく、追及するでもなく、雪風は唐揚げを口に運ぶ。かえってそのことに何か言わなきゃいけない気にさせられて、ジョンストンはポークソテーに手をつけることなく囁くような声で語りだす。

 

 

「……怖いのよ」

 

「なにが?」

 

「かつて敵同士だった私が、みんなにどんな目で見られているかが」

 

 

その言葉に雪風は箸を止め、大きな目でジョンストンを見つめる。

 

 

「そんなこと?」

 

「そんなことって……」

 

「誰も、そんなこと気にしてないと思うけどなあ」

 

 

言いながら再び雪風は大きな唐揚げの一片を口にする。もぐもぐと口を動かしながら雪風はジョンストンに言う。

 

 

「まあそーゆーことは、ちゃんとしれえに相談しといたほうがいいと思うよ、うん」

 

「Admiral?」

 

「うん。チームワークが艦隊内で取れないと、大変だからね」

 

 

頷き、ジョンストンはポークソテーにナイフを入れる。ひとりで抱え込まなくてもいいのだと思って、少し気が晴れるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

食後、ジョンストンは提督執務室を訪れる。言われたことをすぐに実行するフットワークの軽さはジョンストンの美徳だ。いきなり現れたジョンストンを、それでも提督は歓迎する。

 

 

「ジョンストン、よく来てくれたな。まあソファにでも座ってくれ」

 

「あ、ううん。用件はすぐ済むから」

 

 

そう言いながらも執務机の前でジョンストンはなかなか口をそれ以上開こうとしない。辛抱強くジョンストンの言葉を待つ提督に向かい、ようやくジョンストンは言葉紡ぐ。

 

 

「あなたは……私たち、連合国の艦娘をどう思っている?」

 

「ん?」

 

「かつて、戦った相手の艦娘たちを」

 

 

不安げにこちらを見つめるジョンストンの前で提督はぽかんとする。連合国、という表現自体が提督にとっては教科書の中の表現でしかない。今まで考えたこともなかった概念にジョンストンが囚われていることを知って、提督は彼女たちが先の大戦に生きた艦船の生まれ変わりであることを思い知る。

 

 

慎重に提督は言葉を選ぶ。

 

 

「大事なのは今だろう……ジョンストンたちは、俺たちと戦ってくれている仲間だ」

 

「でも……」

 

「逆だったら悲しいが……かつて、敵同士だった相手と今は肩を並べられる。それは素晴らしいことじゃないか?深海棲艦とも、そんな日がいつか来るといいな」

 

 

その言葉にジョンストンは目を見開く。和解など考えたこともない相手との講和、そのことを提督は語っている。驚いた表情を見せるジョンストンに提督は照れたような顔見せる。

 

 

「なんて、な。それはいくらなんでも望み過ぎか。ハハハ……」

 

 

頭を掻いて照れ笑い浮かべる提督を見つめながら、ジョンストンは新鮮な感覚が胸に広がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、その時芽生えた感情の正体がジョンストンにはしばらくわからなかった。わかったのは、最近慣れてきてハマってきた日本式の寮の大浴場に身を浸していたとき。

 

 

「でね、あの人ったら……」

 

「深海棲艦とも仲良く、でしょ?最近そのお話しばかりね」

 

 

湯船に並んで漬かるフレッチャーの一言が、ジョンストンの続く言葉を止めた。フレッチャーの方に顔を向けジョンストンは不思議そうな声を出す。

 

 

「そんなに何回も話したかな?」

 

「なにかあればそのお話しばかりよ。よほど、印象的だったのね」

 

 

優し気に微笑みフレッチャーは続ける。

 

 

「印象に残ったのはお話しの中身かしら?それとも、提督?」

 

 

その言葉に湯の暑さのせいじゃなく顔がぼっと赤くなった。提督の顔が、脳裏をよぎった。あの時見せてくれた照れたような笑顔、それが胸の中で大きく広がってくのを感じながらジョンストンは慌てて音を立てて顔を洗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一度自覚した想いは掠れてくれることはなく、それでもこの想いをどうすればいいのかわからない。わからないままジョンストンは、その日鎮守府本館の廊下を歩く。俯き加減に歩くジョンストンの名前を呼ぶ声がする。

 

 

「ジョンストン」

 

 

その声に振り向いてみればそこにいたのは雪風、と並んで初風、天津風、時津風――第十六駆逐隊の面々。少なからず威圧感を感じてちょっと身を引きながらジョンストンは微かに震える声で問う。

 

 

「ど、どうしたの?私に、用?」

 

「うん、ジョンストンに用」

 

 

言いながら雪風が微笑浮かべジョンストンの方に足を進める。あとからぞろぞろ第十六駆逐隊を引き連れながら雪風はジョンストンに言葉向ける。

 

 

「私たちに、どう思われているかわからないって言ってたでしょ?それは、言葉が足りないからだよ」

 

 

ジョンストンに笑顔広げ雪風は言葉続ける。

 

 

「だから、言葉を増やそうと思ったの。せっかく、言葉を交わせる身体に生まれ変わったんだからね」

 

 

その言葉を合図に時津風がジョンストンの背中をぐいぐいと押して廊下を突き進む。

 

 

「おはなしおはなしー!ジョンストンちゃんとおはなしだー!」

 

「ちょっと時津風、ジョンストンがびっくりしちゃってるわよ」

 

「ほっときなさい、天津風。こうなったら時津風は止まらないんだから」

 

「初風は相変わらず厳しいなあ……」

 

 

第十六駆逐隊に囲まれて、ジョンストンは会議室へと連行される。なにか、素敵なことが待っているとそんな予感がジョンストンにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、埠頭の先端にジョンストンの姿があった。

 

 

「ジョンストン、どうした?こんなところに呼び出して」

 

 

想い人の登場に、ジョンストンの鼓動が跳ね上がる。それでも平静を保とうとジョンストンはなんでもない顔をする。

 

 

「そういえばさっき、第十六駆逐隊の面々とどこかに行ったって見たやつが……」

 

「ええ、ティーパーティーにお誘いを受けてね」

 

 

賑やかだった時間を思い出し、ジョンストンの顔がほころぶ。と、何か思い出したかその表情がなんともいえないやるせなさを湛える。

 

 

「いろいろ私のこと訊かれたわ……仕舞いには、スリーサイズや体重まで」

 

「そりゃ……なんというかご愁傷様」

 

 

バストサイズを告げたときの四人の凄い表情を思い出す。くすっと笑ってジョンストンは提督を見つめ直す。

 

 

「でも、素敵な時間だった」

 

 

そうか、と提督も笑顔見せる。その笑顔に向かいジョンストンは言葉紡ぐ。

 

 

「言葉にしなきゃわからないことってあるわね……言葉にしなきゃいけないことって、あるわね。せっかく言葉を交わせる身体に生まれ変わったのだから、言葉を大切にしなくちゃね」

 

 

胸の前で両手を組み合わせ、ジョンストンは提督に告白する。

 

 

「だから、言葉にしようと思ったの……あなたが、好きですって」

 

 

海風がジョンストンの長髪を靡かせる。海鳥の鳴き声が、遠くに響く。ジョンストンの眼差しまっすぐに受け止め、提督はジョンストンの想いに応える。

 

 

「ジョンストン」

 

「はい」

 

「俺は、まだ君のことをよく知らない」

 

 

ジョンストンが頷く。その澄んだ瞳見つめ提督は続ける。

 

 

「だから、ジョンストンの言葉をもっと聞かせてくれないか?ジョンストンを知るために、ジョンストンと歩むために……これから、時間をかけて」

 

 

もう一度ジョンストンが頷く。その髪に提督が手を伸ばす。さらりとジョンストンの髪を撫で、提督はジョンストンと視線交わす。

 

 

 

 

 

ふたり、これからも言葉を紡いでいこう。ふたり、これから一緒に歩むために。

 

 

 

 

 

 

 

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