艦娘恋物語   作:青色3号

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矢矧の場合

護りたかった。

 

 

護れなかった。

 

 

だから、今度こそこの身に変えても―――

 

 

 

 

長い鎮守府本館の廊下を矢矧は歩く。黒髪のポニーテールを揺らしながら。向こうから、長身の戦艦娘が近づいてくるのが分かる。

 

 

「大和、こんにちは」

 

「矢矧、今度の作戦ではお願いしますね」

 

 

大和の微笑みながらの言葉にひとつ頷く。先の大戦では護り切れなかったこの人を、今度こそ護ってみせると矢矧は誓う。知らず固くなる表情に微笑みを乗せ、矢矧は軽く手を振って大和とすれ違った。

 

 

 

 

 

角を曲がったところで矢矧は提督と出くわす。綺麗な敬礼ひとつ捧げる矢矧に提督も返礼を返して近づく。

 

 

「矢矧、まもなく作戦実施だな」

 

「はい、提督。成功をお約束いたします」

 

「頼もしいな、期待しているよ」

 

 

提督の言葉に矢矧は穏やかな笑みを返す。その矢矧を見つめ直して提督は問う。

 

 

「今度の作戦は大和と一緒だが……」

 

「はい。彼女には、機銃弾一発とて当てさせません」

 

「いや、気を張るのは結構なんだが」

 

 

そこで言葉を止め、軽く首を傾げたのち提督は口にする。

 

 

「あまり、緊張しすぎるな。全員無事に帰ってこられることを優先しろ」

 

 

自分たちを気遣う提督の言葉、不覚にもその言葉に胸を打たれる。思わず片手を胸に当て、矢矧はなにか言葉を返そうとして結局押し黙る。

 

 

いつからだっただろうか、自分たち戦闘艦を分け隔てなく優しく扱ってくれるこの人に思慕の念を抱くようになったのは。でも、それは今の自分には無用の感情。今の自分には果たすべきことがある。護るべきを護り、この身に変えてでも、人々に平和を取り戻す任務が。

 

 

それ以上の余計な言葉は言わず提督はその場を離れる。その背中を目で追いながら、矢矧は提督を想う自分の心に蓋をした。

 

 

 

 

 

 

 

日は流れ、洋上に矢矧たちの姿があった。第四警戒航行序列を保ち、大和を旗艦に艦隊は洋上を滑るように航海する。

 

 

「戦闘予想海域に到達、各艦警戒を厳に」

 

 

大和の通信に皆無言で頷く。敵打撃艦隊との接敵はまもなくと予想される。果たして、艦隊先頭を航行していた霞の無線が急を告げる。

 

 

「敵艦隊、発見!」

 

 

水平線に黒く禍々しい敵影が姿を現す。その敵影から発砲音が轟き、一拍遅れて矢矧たちの周りの海面に水柱が何本も立ち上がる。大和の号令下、艦娘艦隊も砲撃を開始し洋上は硝煙と爆音に包まれる。

 

 

お互い接近しながらの反航戦、次第に敵戦艦レ級の表情まで確認できるようになる。歪んだ笑みを浮かべるレ級に大和の放った徹甲弾が突き刺さる。爆音をあげ炎に包まれ、海中に没するその一瞬前、打ち出した魚雷が真っ直ぐに大和を目指して疾走した。

 

 

考えるより先に身体が動いた。矢矧は、自らの身体を魚雷と大和の間に滑り込ませた。矢矧に直撃した魚雷はその設計思想通り作動し、矢矧を爆炎で包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

入渠には時間がかかった。矢矧の受けた損傷は深かった。それでも修復を終え、矢矧は傷の癒えた身体を提督執務室へと運ぶ。

 

 

「阿賀野型三番艦・矢矧、修復を終えました」

 

 

整った敬礼と共に告げられる言葉、その言葉に提督はひとつ頷く。椅子から立ち上がり机を回りながら提督は矢矧に問いかける。

 

 

「大和を庇い、魚雷を受けたそうだな」

 

「はい。無事、大和を護り抜きました」

 

「なぜ、そこまでする?」

 

 

自分の目前に立ちそんな質問をする提督に向かい矢矧は目を見開く。しばし言葉を失い、提督を見上げる矢矧に提督は言葉続ける。

 

 

「作戦報告を読んだが、あの距離からの魚雷であれば大和の回避能力なら十分に回避できるはずだった」

 

 

自分が責められているような感覚を覚え、押し黙る矢矧に提督は言葉続ける。

 

 

「なんだろう、お前を見ていると大和を護ることに必要以上に固執している気がする」

 

 

その言葉は思っていたより矢矧の心を穿った。提督から目を逸らし、庇うように自らを抱きしめるようにして矢矧は苦し気に口にする。

 

 

「前は、護れなかったから……」

 

 

先の大戦、そのことを言っているのだと提督にも分かった。目を閉じ、自らの思いと向き合うようにして矢矧は更に言葉紡ぐ。

 

 

「個人的な、感傷よ。どうしても、あの人は護りたい。たとえ、この身に変えてでも」

 

 

ふむ、と提督はひとつ声を上げ矢矧を見つめ直すようにする。

 

 

「俺も、個人的な感傷をひとつ口にしていいかな?」

 

 

その言葉に矢矧は目を開き不思議そうな顔で提督を見上げる。何を提督が話すつもりか予想できない矢矧に対し、提督は穏やかな声向ける。

 

 

「お前らの、誰ひとり失いたくない。みんなで、揃って終戦を迎えたい……特に矢矧、お前が傷つくところは見たくない」

 

 

大きく目を見開く矢矧に向けて提督は言葉続ける。

 

 

「個人的な感傷だ。お前らを戦場に送り出しているのは俺なんだからな。……それでも、好きな女を護りたいと思うのは自然な感情だろう?」

 

 

言葉が、矢矧の胸に広がっていく。温かな想いが、広がっていく。知らず瞳に涙浮かべ自分を見上げる矢矧の返事を提督は待つ。

 

 

「……私に、その言葉をくれるの?」

 

「受け取って、くれるかな」

 

「私も、自分のための生き方を選んでいいの?」

 

 

ひとつ、提督が頷く。涙一筋、矢矧の頬を伝う。その涙拭き取るようにして提督は矢矧の頬に手を添える。

 

 

 

 

 

提督を見つめ、矢矧は想う。

 

 

 

 

護りたい。

 

 

 

この人を、護りたい。

 

 

 

だから、この人の隣で生きていこう。

 

 

 

 

 

 

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