艦娘恋物語   作:青色3号

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敷波の場合

綾波型駆逐艦二番艦・敷波が姉妹艦の綾波と鎮守府本館の廊下を歩いていると、向こうから涙を瞳に湛えた荒潮が駆けてきた。

 

 

荒潮は敷波と綾波とすれ違うと、後ろを歩いていた朝潮にがばっと抱きつく。

 

 

「朝潮ちゃ~ん!うわ~ん!告白、成功した成功したあ~!!」

 

「お、おめでとうございます荒潮!」

 

「うわ~ん!よかったよぉ!」

 

 

首を振り向かせてその光景を見つめ、綾波は感慨深そうな声を出す。

 

 

「荒潮、うまくいったのかあ……ずいぶん長いこと参謀士官に片思いしていたものね」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 

興味のないふりをして敷波は相槌を打つが、声に好奇心が含まれるのは隠せない。そんな敷波に綾波は顔を向け、なにげなく問う。

 

 

「敷波は、好きな人とかいないの?」

 

「え?」

 

 

曖昧に微笑んで、敷波は応える。

 

 

「あたしはいいよ、そーゆーのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

恋に興味がないわけじゃない。好きな人だって、ちゃんといる。だけど、その恋に自信が持てないだけ。

 

 

告白なんて考えたこともない。地味な自分に、そんなの似合わない。だから、興味のないふりをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の午後、提督執務室。敷波は落ち着いた声で演習報告を終える。

 

 

「……以上が、演習の報告です」

 

「ご苦労」

 

 

バインダーを下ろし、敷波は目線を提督に向ける。その唇からためらいがちな言葉が漏れる。

 

 

「あのさー、司令官はさー」

 

「ん?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

 

好きな人はいるのか、と訊こうとして言葉が続かない。いる、と答えられたときどんな反応をしていいのかわからない。それが自分だったらと期待し、そんなわけはないと失望し、そんな風に滑稽に揺れる自分が想像できるから問いかけられない。

 

 

結局今日も想い人の心中に近づけないまま敷波は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の廊下を敷波は歩く。すれ違う卯月と弥生の会話がなんとなく耳に入ってくる。

 

 

「それホント?卯月」

 

「ホントだっぴょん。しれーかん、好きな子がいるっぴょん」

 

 

その言葉が背筋を伸ばさせた。自分でも何をしているのか把握してないままに敷波は卯月の肩を掴んで振り向かせる。

 

 

「それほんと、卯月!?」

 

「ど、どうしたっぴょん敷波……」

 

「いいから答えて!それほんと、卯月!?」

 

「え?なんのことだっぴょん?」

 

 

瞳を震わせる卯月の声に少し落ち着きを取り戻す。同時に取り乱した自分が恥ずかしくなって、敷波は小声で卯月に問う。

 

 

「その……司令官に、好きな人がいるって……」

 

「あ、ああ……ホントだっぴょん。しれーかん、執務室に行ったら写真を見つめて微笑んでいたっぴょん……卯月が部屋に入ったら慌てて隠したけれど、あれは絶対好きな子の写真だっぴょん」

 

 

鼓動が、激しくなる。提督に、好きな人がいる。その事実は敷波の心を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室のベッドの上で膝を抱えて座り込む。提督に好きな人がいる、と聞いて心を満たすのは1割の期待と9割の失望。

 

 

自分かもしれない、という淡い期待。そんなはずはない、というどす黒い失望。自分みたいな地味な子が選ばれるわけない、という重苦しい感情が敷波の胸の奥に沈殿する。

 

 

膝に顔を埋めて敷波は小さく鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日。顔を出すのが怖い提督執務室。それでも演習報告のためには行かなければならない。落ち込む気持ちを奮い立たせようとして上手くいかないまま、敷波は執務室に足を踏み入れる。

 

 

いつも通りの演習報告、いつも通りの提督の態度。そのまま、いつも通りに部屋を後にすればなにもなかったことにできるのかもしれない。それでも卯月から聞いた言葉が敷波の中で駆け巡る。

 

 

バインダーを抱きかかえ立ち竦む敷波に、提督が声をかける。

 

 

「どうかしたのか、敷波?」

 

 

その言葉にひとつ身体が揺れる。乾いた唇を動かして、敷波は提督に問う。

 

 

「……司令官、好きな人がいるってほんと?」

 

 

その問いに提督が表情を変える。威厳ある海軍指揮官から動揺するひとりの青年へと。その姿が言葉よりも雄弁に敷波に問いの答えを伝えてくれる。

 

 

「そう……きっと、かわいい子でしょうね」

 

 

俯き、小さく呟く。そのまま動かなくなる敷波のことをしばらく提督は見つめていたが、やがて椅子から立ち上がると机を回り敷波に近づきながらためらいがちに口を開く。

 

 

「ああ、かわいい子だな」

 

 

敷波が、ひとつ身体を揺らす。その敷波の前に立つと提督は落ち着いた口調で続ける。

 

 

「敷波、っていう名前の子なんだけど」

 

 

言葉は耳より早く心臓に届いた。頭が言葉の意味を理解する前に、鼓動がひとつ大きく響いた。顔を上げ、目に映る提督の真剣な表情に今の言葉が嘘ではないと知る。

 

 

「……本当に?」

 

 

提督が、大きく頷く。その姿が敷波の視界の中でぼやけていく。涙一筋頬を伝わせ、敷波はしゃくりあげながら伝えようとする。

 

 

「あたし……あたしも、司令官が……」

 

 

それ以上、言葉にならない。代わりに、提督の胸に身を寄せる。

 

 

 

提督が、敷波を優しく抱きすくめる。敷波の小さな身体が提督の胸に収まる。

 

 

 

提督の胸の中で、敷波は小さく呟く。

 

 

 

好きです、と。

 

 

 

 

 

 

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