艦娘恋物語   作:青色3号

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卯月の場合

四月の春風がそよぐ季節、窓を開け放った提督執務室にも爽やかな風が通りゆく。その提督執務室の机の上に肘をつき顎を乗せ、艶やかなロングヘアを持つ紺のセーラー服姿の少女が歌うような声を出す。

 

 

「しれいかぁ~ん…今日もいちだんとステキ~~…」

 

 

少女の正面に座る青年のペン先が止まる。が、予想に反して青年の表情にはうれしそうな色は浮かばない。その代わりに頬を引きつらせる青年の前で少女・卯月はバンザイの格好に両腕をあげおどけた声を部屋中に響かせる。

 

 

「なぁ~んてウッソぴょ~ん!や~い!ひっかかったひっかかった~♪」

 

 

引っかかってねえよ、と内心で毒づく。そんな提督の口角を強張らせながら上げた表情には気づかずのまま卯月は「ひっかかったひっかかった~♪」とリズムよく繰り返す。その時扉が音もなく開き、書類を胸に抱えた細身の青い髪の駆逐艦娘が姿を現す。

 

 

「司令官、演習の報告を…あ、卯月、今日もいたんだ。」

 

「あ、弥生!今ねえ、司令官がうーちゃんのイタズラにひっかかったとこ!」

 

 

だから引っかかってねえよ、と心の中だけで提督は抗議する。そんな提督の心うちを少しは慮ったか弥生は卯月に近づき少しばかりたしなめるような声をかける。

 

 

「卯月、あまり司令官のジャマしちゃだめだよ?」

 

「え~、いいじゃ~ん、どーせしれーかんもヒマっぴょん!」

 

 

もはや心の中だけでも毒づく気にもなれない。それでもこれ以上提督をからかうのもかわいそうと思ったか、それとも単に飽きたか卯月は両手を頭の後ろに回した格好でハミングしながら執務室を離れる。パタンと扉が閉まると提督は大げさにため息をつき、弥生にようやく目を向ける。

 

 

「すまん、弥生。演習報告だったな…で、俺なにかお前を怒らせるようなことしたっけか?」

 

「いえ、別に怒ってませんけど…」

 

 

感情の読めない無表情ゆえそう言われてしまうことはよくあるが、弥生もこれにはなかなか慣れない。はあ、とひとつ息をつき弥生はようやく胸に抱えていた報告書に目を向ける。しかし弥生が報告を始める前に提督が独り言のような言葉を出す。

 

 

「卯月も何を考えているのかな…俺、そんなに威厳ないか?」

 

「あの子は威厳のあるなし関係なさそうですから。司令官、不愉快ですか?」

 

「正直な。一度バシッと言ってやらんととは思ってる。」

 

 

そこまで口にして背もたれに身を預け提督は目を閉じ言葉を閉じる。報告に移るはずの弥生はしかし、口を開かぬまま提督を考えるように見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも報告を終え、弥生は駆逐艦寮に戻ってくる。潮風にあてられた身体をシャワーで洗い流して少し羽根を伸ばしたい、そんなことを考えながら弥生は寮の廊下を歩く。と、寮の一角の共用台所から棒アイスをくわえた格好の卯月が姿を現す。

 

 

「ん、弥生」

 

「卯月、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど…」

 

「ち、違うっぴょん!これは誰かのを盗ったわけじゃないっぴょん!正真正銘うーちゃんのアイスだっぴょん!」

 

「いえ、その棒アイスのことではなくて…」

 

 

棒アイス片手に焦りまくる卯月に弥生は落ち着かせるような声を向ける。どう言おうか悩んだ挙句弥生はもっともストレートな言葉を卯月に投げる。

 

 

「卯月、なんで司令官にちょっかいを出すの?」

 

「ん?おもしろいから。」

 

 

きょとんとした表情で悪びれもなく言ってのける卯月の姿に思わず脱力感を覚える。続く言葉を探す弥生に卯月は深く考えるでもなく棒アイス片手にへらっとした笑顔浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「なんか司令官ってちょっかいかけたくなるっぴょん。司令官がムキになるととっても楽しいっぴょん。」

 

 

ああ、そういうことか―――考えていることを表に出さぬ無表情の下で弥生はひとり納得する。さて、この自分の想いに無自覚な友人をどう導いてやるべきか、と思考を巡らす弥生の耳にいつもの色香忘れたような甲高い声が届いてくる。

 

 

「ちょっとだ~れ~!?如月のアイス持ってっちゃたのは~~~!!」

 

「まずいっぴょん!」

 

 

顔色を変え卯月はその場を走り出す。どたどたと聞こえる足音が遠ざかっていくのを感じながら弥生は「予想していたことではあるけれど」と額に指をあて首を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドに甘味処「間宮」になぜか入渠ドックに開発工廠にと、卯月は部屋でじっとしていることがない。その日も酒保で手に入れたちょっと高級なお菓子の包みを手に、卯月は鎮守府本館の廊下をニコニコしながら歩く。弥生や他の睦月型といっしょにお菓子タイムと洒落込むか、それとも独り占めしてしまおうかと思案を巡らせながら歩く卯月の視界に向うから近づいてくる提督の姿が入り込む。

 

 

「しれーかん!しれーかん!」

 

 

パタパタと足音を立て卯月は提督のもとに駆け寄る。手にした包みを差し出して卯月は満開の笑みを浮かべる。

 

 

「はい、司令官にプレゼントぴょん!」

 

 

提督が反応するより早く卯月は包みを持った両手を頭の上に掲げお菓子を提督から遠ざけながらさっきより笑顔広げておどけた声を出す。

 

 

「なぁ~んてウソぴょ~ん!や~い、引っかかった引っか…」

 

「いい加減にしろ。」

 

 

短い、それだけに空気を打つように響くひと声。その声に卯月は笑顔のまま身体を硬直させる。阿呆のように笑ったまま凍り付く卯月に冷たい目線向け提督は簡単な言葉卯月に向ける。

 

 

「俺は、いつまでもお前につきあえるほどヒマじゃない。」

 

 

それだけ言うと提督はようやく腕を下におろした卯月とすれ違う。表情をなくした卯月はその場を動くことができなかった。どう、動けばいいのかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の廊下を卯月はのろのろ歩く。丸めた両手でぐしぐし涙を拭きながら。誰も通りがからなくてよかった、とまだ頭の隅で考えられる。でも、それ以上のことは考えられない。お菓子の包みはどこに落としたのかもわからない。探す気力も、もはやない。

 

 

「卯月?」

 

 

聞き慣れた声に泣きはらした顔をあげる。そこにこちらを窺う弥生の姿を見つける。どう説明しようか考えるより前にふにゃっと卯月の顔が歪み、涙声が唇から漏れる。

 

 

「弥生…うーちゃん、司令官に嫌われちゃったぴょん…」

 

 

それだけ言うのがやっとだった。弥生の胸に飛びついた。弥生を抱きしめ、弥生に抱きしめられるのを感じながら、卯月はわんわんと声をあげて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事務方の用事から解放され、提督は執務室を離れる。扉を閉じて顔を廊下に向けたところで提督はそこに立つ弥生の姿に気づく。

 

 

「どうした弥生、そんなに怒った顔して…いや、別に怒ってはいないのか。」

 

「いえ、怒ってます。」

 

 

いつもより心なしか硬い声を出し弥生は提督を見据える。ひるむこともなく弥生を見つめ返す提督に向け弥生は言葉を続ける。

 

 

「姉妹艦が…大切なお友達が泣かされたとあっては怒らないわけにはいきません。」

 

 

なんのことか、と問うほど提督も愚鈍ではない。それでも内心にさざなみも立てていないかのような様子で提督は弥生を見下ろす。そのままふたり睨みあい、いくばくの時が過ぎたか、提督が呻くような声唇の隙間から絞り出す。

 

 

「……俺の身にもなってくれ」

 

 

どういう意味か、どう言葉が続くのか測りかねて眉を寄せる弥生の前で、胸のつかえが押し流されたかのように提督は言葉荒げる。

 

 

「ひとまわり以上年下だろう艦娘に惹かれているだけでも自己嫌悪に陥りたくなるのに、その娘に相手にもされずからかわれ続ける俺の身にもなってくれ!何度も諦めようと思ったさ、でもそう簡単に割り切れるものじゃないだろう!」

 

 

いきなりの告白にさすがの弥生も身を引いてちょっと驚いたような顔を見せる。が、いつもの何を考えているのかわからない無表情に戻ると目線をずらし廊下の後ろのほうに声を向ける。

 

 

「だって、卯月。どうする?」

 

 

流石に動揺した表情を見せて顔を弥生から廊下の向こうへと向ける提督の視線の先に見えるのは、廊下の角から顔だけを見せて少し怯えたような表情を見せる卯月の姿。

 

 

「え、と…卯月、今のは…」

 

 

誤魔化しようもないとわかって、それでも誤魔化す言葉を探して立ち尽くす提督に向けて卯月は一歩一歩近づいてくる。俯いたまま提督の顔をみようとせず、提督の手の届く少し前で卯月は足を止め、提督に向けてというよりは自分に向けてとでもいうかのように呟く。

 

 

「司令官…うーちゃん、おかしいっぴょん…」

 

「…え?」

 

「胸がどきどきするぴょん、ふわふわするぴょん…なんだか少し、怖いのに…なんだかとても、しあわせぴょん…」

 

 

手を伸ばしかけて思いとどまる。触れたら、壊れてしまいそうで。いつの間にかいなくなっていた弥生のことには気づかぬまま、提督は差し伸べかけた手を空中で彷徨わせていたが、やがてようやく意を決して卯月のロングヘアにその手をおろした。

 

 

卯月の髪は、柔らかく暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて提督執務室、提督執務室の机の上に肘をつき顎を乗せ、艶やかなロングヘアを持つ紺のセーラー服姿の少女が歌うような声を出す。

 

 

「しれいかぁ~ん…今日もいちだんとステキ~~…」

 

 

少女の正面に座る青年のペン先が止まる。が、予想に反して青年の表情にはうれしそうな色は浮かばない。さあ来るぞ来るぞ、と頬を引きつらせる提督の耳に、しかし続く言葉は届かない。

 

 

 

 

 

怪訝に思い顔をあげる提督の目に映ったのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

頬を赤らめ瞳潤ませうっとりとした表情でこちらを見る卯月の姿

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿はとてもかわいらしくて

 

 

 

 

 

 

 

 

反則だ、と提督は思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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