艦娘恋物語   作:青色3号

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迅鯨の場合

酒保には大勢の者たちが訪れる。提督はもう少しそのことに自覚的になるべきだった。

 

 

「提督ぅ、何読んでるんですかぁ〜?」

 

「わっ!長鯨!」

 

 

雑誌をぱらぱらめくっていたところに肩越しに長鯨に覗き込まれ提督は大げさに狼狽する。ちょうど今見ていたページが水着グラビアのページだったから間が悪い。

 

 

「へー、水着グラビア。提督もこんなの見るんですねぇ」

 

「いや、これはたまたま……」

 

「ん?なんか、このモデル迅鯨姉さんに似てません?」

 

 

迅鯨の肩がピクッと動く。ふたりに背を向けてお菓子の棚を物色するふりをしながら迅鯨はふたりの会話に耳をそばだたせる。

 

 

「そ、そうか?」

 

「提督、こういう女性が好みなんですか?迅鯨姉さんみたいなのが」

 

「お前、その質問どう答えてもセクハラ……」

 

 

迅鯨の肩がピクピクッと動く。チョコレート菓子の箱を手にしながら迅鯨はもう箱の装飾など見ていない。

 

 

「うん、まあ……迅鯨みたいなのはわりとタイプだぞ、うん」

 

 

ぽわわ……と迅鯨の頬が赤くなる。思わずニヤニヤしそうになる。表情を無理に引き締めて迅鯨は振り返り長鯨の背中に声をかける。

 

 

「長鯨、ダメよ?提督のお邪魔をしては」

 

「おわっ!迅鯨、いたのか!」

 

 

驚く提督の隣で長鯨は「は〜い」とお返事する。ぺこりと頭を下げ長鯨を連れ出し迅鯨は酒保を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迅鯨と長鯨、ふたり鎮守府本館の廊下を歩く。

 

 

「よかったね〜、姉さん。提督、姉さんみたいなのが好きだって」

 

「もう、長鯨……」

 

 

長鯨をたしなめるが思わず緩む頬は止められない。恋する相手にはっきりそう言われれば心もふわふわと舞い上がる。足元が浮き上がりそうな感覚で迅鯨は熱くなる頬の感触を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長鯨と別れ、迅鯨はひとり廊下を歩く。角の方から女性二人組の会話が聞こえる。

 

 

「は〜、やっぱり雲龍姉さんのスタイルが羨ましいわぁ〜」

 

「そうかしら……?私は、葛城のすらっとしたスタイルが羨ましいけれど」

 

「ボンキュッボンで出るとこ出てたほうが魅力的なのよ。提督もそう思わない?」

 

「お前、その質問どう答えてもセクハラ……」

 

 

最後に交じる提督の声で迅鯨はそこに提督もいるのだと知る。思わず足を止める迅鯨の耳に続く提督の言葉が入ってくる。

 

 

「うん、まあ……雲龍みたいなのはわりとタイプだぞ、うん」

 

 

その言葉が胸に刺さった。踵を返して迅鯨は急ぎ足でその場を離れた。急ぎ足だった歩幅は、やがて駆け足になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば岸壁まで駆け出していた。足元の波を見つめ歯を食いしばり迅鯨は呻く。

 

 

「……私のこと、好きっていったのに!」

 

 

言ってない。

 

 

長鯨に合わせ、「迅鯨みたいなのはわりとタイプだ」と抽象的に言っただけだ。それだって、姉妹艦の長鯨に気を使っただけかもしれない。それなのに浮かれて、舞い上がって。

 

 

「…………バカだ、私」

 

 

じんわりと涙が瞳に浮かんだ。溢れ出た涙がひと粒、足元にぽたりと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのままどのくらいそうしていただろう、岸壁に佇む迅鯨を提督が見とがめる。

 

 

「迅鯨?」

 

 

その声の方角にぼんやりと迅鯨は目を向ける。呆けたようなその表情に提督は声を向ける。

 

 

「どうした?元気がないな」

 

 

近づいてくる提督のその言葉には答えず、迅鯨は再び足元に視線を落とす。傍らに立って無言で水平線に目を凝らす提督に迅鯨は呟く。

 

 

「提督、さっき私みたいなのがタイプだって言いましたよね」

 

「え?あー……言ったな、うん。確かに言った、確かに」

 

「それって、別に私本人のことを好きだって意味ではないですよね」

 

 

なぜか浮かぶ微笑みを湛え自虐気味に迅鯨は口にする。なにを私は確かめようとしているんだろう、そんな疑問がぼんやりと頭に浮かぶ。迅鯨の言葉は聞こえたはずなのにそのまま提督は無言で海を見つめていたが、やがてぽつりと言葉紡ぐ。

 

 

「そういう、意味だよ」

 

 

迅鯨の瞳が見開かれる。鼓動がうるさいくらいに高鳴る。その迅鯨の姿は見ないまま、提督は海に向かって告白する。

 

 

「俺は、迅鯨が、好きだ」

 

 

言葉が迅鯨の胸の中で広がってゆく。新たな温かい涙、迅鯨の瞳を満たす。しゃくりあげ、両手の甲で涙を拭いながら迅鯨はなんとか口にしようとする。

 

 

「私……私も、提督が……」

 

 

声は涙に邪魔され言葉にならない。それ以上の言葉は、もういらない。だから、提督は迅鯨の肩に手を回す。そのまま、自分の方に引き寄せる。

 

 

 

 

お互いの温もりが身体に伝わる。お互いの想いが、胸に伝わる。

 

 

 

 

空に舞うような幸福感の中、迅鯨は改めて提督の言葉抱きしめる。

 

 

 

 

私のこと、好きだって言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

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