艦娘恋物語   作:青色3号

122 / 124
扶桑の場合

山城が血相を変えて寮の居室に飛び込んできたとき、同室の扶桑は窓際の机で書籍を開いているところだった。

 

 

「あら、山城。そんなに慌ててどうしたの?」

 

 

ゆっくりとこちらに顔を向けて落ち着いた声を向けてくる扶桑の姿がかえって山城の苛立ちをつのらせる。苛立つ心のまま山城は扶桑に荒ぶった声ぶつける。

 

 

「扶桑姉さま!今回の作戦、あれは……」

 

「ああ、山城も聞いたのね」

 

 

敵泊地への突入作戦、その際に扶桑と山城が命じられたのは付近の海峡での敵機動部隊誘引。

 

 

「つまり……囮じゃないの!」

 

 

囮作戦。本隊とは別に敵艦隊を引き付ける役目を負い本隊の作戦を支援する作戦。自然、損害率は高い。そのこと冷静に受け止め、扶桑は山城に静かな声を向ける。

 

 

「どのような作戦であろうと私達は力を尽くすのみよ。山城、落ち着いて」

 

 

山城の表情が変わったのは落ち着いたからではなく諦観に支配されたから。顔を俯かせ目を閉じ、拳を身体の横で握りしめ山城は呻く。

 

 

「あの時に引き続き今回も……」

 

 

西村艦隊としてスリガヤ海峡に突入し最期を迎えた前世、その記憶が山城を捉える。うっすらと目を開き山城は呟く。

 

 

「……不幸だわ」

 

 

黙って山城の様子を見つめていた扶桑の視線が窓の外に向けられる。

 

 

「空はこんなに青いのに……」

 

 

扶桑の呟きは、窓の外に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

扶桑が執務室を訪れたとき、提督は立った姿勢で机に屈み込んで広げた海図を見つめているところだった。

 

 

「あ、作戦の検討中でしたか?なら私はあらためて……」

 

「いや、構わん。お前も出撃する作戦だ」

 

 

顔を上げぬまま提督は応え、また海図に没頭する。その姿に足を近づけさせながら扶桑は思う。

 

 

敵邂逅海域では強力な敵機動部隊の存在が示唆されている。いかな防御力のある戦艦といえども、ただではすまないだろう。

 

 

それがどうしたと言うのだ。どうせ一度は沈んだ身だ。人々の平和の礎になれるのなら、何を恐れることがある。

 

 

それを、愛する提督が望むのなら―――

 

 

殊勝にそんなことを思ってみても、微かな足の震えは止められない。そんな扶桑の様子には気づけぬまま、提督は海図に屈み込んだ姿勢を保ち扶桑にとも己にともつかぬ言葉を口にする。

 

 

「海峡に突入する囮艦隊は扶桑と山城を主力に……」

 

「…………」

 

 

「随伴艦として蒼龍・飛龍の二航戦。敵航空戦力の攻撃が激しいことが予想されることより秋月型防空駆逐艦を二隻投入する」

 

 

 

ぱちくりと扶桑は目を瞬かせる。浮かんだ疑問をそのままに扶桑は提督に問いかける。

 

 

「航空戦力を、投入するのですか?」

 

「そうだ」

 

「囮艦隊に?」

 

「そうだが?」

 

 

そこで初めて提督は扶桑に向けて顔を上げる。扶桑と同じくらい意外そうな顔をする提督に扶桑は進言する。

 

 

「機動部隊の投入は、運用コストが高いです。囮舞台に投入することは……」

 

「馬鹿なことを言うな。敵機動部隊相手に航空戦力がなければ被害が拡大するだろう」

 

 

顔をもう一度海図に下げ、提督は簡潔に宣言する。

 

 

「俺は、不必要な損害を自艦隊から出す気はない」

 

 

それきり、提督は言葉を閉じた。その姿を見つめながら、扶桑は初めて安堵感が胸に広がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦は、成功した。泊地に集結していた敵艦隊は一掃された。囮として出撃した艦隊も、敵機動部隊を誘引し逆にこれを壊滅させた。自軍の損害は軽微だった。

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の中庭のベンチに扶桑は座る。青空を見上げ、扶桑は呟く。

 

 

「空は、こんなに青いのね……」

 

 

隣に誰かが腰を下ろす気配を感じて扶桑は顔を向ける。そこにいたのは、純白の海軍将校制服に身を包んだ提督。

 

 

「提督……」

 

「今日は、鎮守府の中か?」

 

 

作戦終了後の艦娘はまとまった休暇を与えられる。しかし街に出る気がしなくて鎮守府内にその日は留まった扶桑はそのままを提督に言う。

 

 

「ええ、今日は鎮守府で過ごそうかと」

 

 

そうか、と簡単に提督は応える。ふたり、しばらく無言で空を見上げる。静かな時が流れた後、提督が扶桑に問いかける。

 

 

「先の作戦で少し損傷を受けたようだな。もう、具合はいいのか?」

 

「ええ、もともと大した損傷ではありませんでしたから」

 

「そうか」

 

「二航戦の方々の支援のおかげです」

 

 

また沈黙が場を覆う。しかし、決して不快ではない。このゆったりとした時間を自分の言葉で切ることが少し惜しい気もしながら扶桑は口を開く。

 

 

「提督が、航空戦力の投入を決めてくれたからです。ありがとうございました」

 

 

 

頭を深く下げる扶桑に横顔を向けたまま提督は言葉紡ぐ。

 

 

「礼を言われることじゃない……俺自身の、ためでもある」

 

 

扶桑が首を傾げる。言葉の意味を掴みかねて。その扶桑がなにか問いかける前に提督はベンチから腰を上げる。

 

 

 

「ゆっくりしているところを邪魔したな。まあしばらくはのんびりしてくれ」

 

 

 

遠ざかっていく背中から扶桑は目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

岸壁を、扶桑は歩く。海風に長い黒髪遊ばせながら。ふと目をやった埠頭の突端に、提督の姿を認める。

 

 

「提督」

 

「扶桑か」

 

 

近づく扶桑に振り向いて提督は微笑み見せる。再び海の方角を向く提督の隣に立ちながら扶桑は先ほどの疑問を口にする。

 

 

「提督、私たちに航空戦力をつけたのが『自分のため』というのは……」

 

「余計なことを口にしたかな……まあ、言葉通りの意味だ」

 

 

笑みを横顔に浮かべて提督は答えを言う。

 

 

「多少の運用コストを度外視しても艦隊の損害を防ぎたい……それは、俺のエゴだろう?」

 

「そんなことは……」

 

「ましてや、個人的な感情で特定の艦娘を傷つけたくないと思っていては」

 

 

言葉の意味をまた測りかね、それでも扶桑の鼓動はひとつ激しく脈打つ。その鼓動に押し出されるように扶桑は俯き呟く。

 

 

「それは……」

 

「お前だけは、守りたいと思っているってことだよ扶桑」

 

 

言葉に心臓が反応する。身体を揺らすように鼓動が高鳴る。熱くなる頬を持て余す扶桑に提督は顔を向ける。

 

 

「お前らを戦地に送り出している俺が言うのも変だが……お前のことだけは、守りたいと思っている」

 

 

涙一筋、扶桑の頬を伝う。しゃくりあげる声がうまく発声しないのをもどかしく思いながら扶桑は提督に応える。

 

 

「私も……提督のことをお守りしたい……」

 

 

そうか、と提督がひとつ頷く。そのまま提督は海を見つめる。海風が、ふたりを優しく包む。カモメの声が、空に響く。

 

 

 

 

 

暖かな胸両手で抑えながら扶桑は想う。

 

 

 

 

 

私を守ってくれたこの人を、私はずっと守りたい。

 

 

 

 

 

 

了 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。