夕暮れ時、埠頭に佇むその少女を見つけた。
「リアリー」
提督の呼びかけにR.P.リアリーはゆっくりと振り向く。短めの外跳ねの栗毛、大きな琥珀の瞳。リスを思わせる容貌のその少女は提督が近づいてくるのを微笑んで待つ。
「海を、見てたのか?」
「うん。この時間帯は好き」
再び海に身体を転じてリアリーは囁く。
「夕暮れ時……私の、もうひとつの名前。『ゆうぐれ』」
提督が傍らのリアリーを見下ろす。海を見つめたままリアリーは続ける。
「前の戦いが終わった後、この国に来てその名を与えられて……そしてまた、生まれ変わってこの国に来ることになって」
くるりと身体を回し提督の方に向き直り、リアリーは大きな笑顔見せる。
「だから、またこの国に骨を埋めるつもりよ。この戦いが終わっても」
手を後ろ手に組み、そんな言葉をリアリーは告げる。リアリーに横顔向けたまま提督は微笑む。
「無理しなくていい」
「え?」
「なにも、前世の縁に縛られることはない。せっかく生まれ変わったんだ……今度は、リアリーの好きにしなさい。祖国に帰るのも、いいだろう」
ぽけっとリアリーの表情が変わる。少しの間、音のない時間が流れる。肩を落とし、リアリーは提督に背中を向けその場を離れる。
「なんだか疲れちゃった……お部屋に戻るね。バイバイ」
「お?おお」
小さく見えるリアリーの背中を提督は見送る。いつのまにか陽は落ち、一番星が光っていた。
提督執務室でひとり書類仕事に打ち込む提督のところを、ヘイウッド・L・Eが訪れる。敬礼ひとつ捧げ挨拶の代わりにヘイウッドは開口一番提督に問う。
「提督、リアリーにさっき何かいいましたか?」
「ん?いや、大した会話はしてないが」
「泣いてました」
その言葉に提督も少しばかりならず驚く。先ほどの会話を反芻し、思い当たる節を探す。
「リアリーが戦後も日本に残ると聞いて……無理せずとも、祖国に帰ってもいいと言って……」
「……そんなことを言ったのですか?」
首を捻っていた提督はその言葉に顔を上げる。その目を直視しヘイウッドは少し眉を上げて言う。
「リアリーは、覚悟のもとこの国に残ると決めたのです。その想いを受け止めてあげなくてどうするのですか」
叱責と言うには穏やかな響きの、ヘイウッドのその言葉。しかしそれがかえって提督の胸に刺さった。腰を椅子から上げ、提督はヘイウッドとすれ違うようにして執務室を後にした。
その少し後、再び埠頭にふたりの姿があった。
「提督、どうしたの?呼び出したりして」
提督と並び、暗闇に溶ける水平線に目を向けてリアリーは問う。その顔は見ぬまま自身も海に顔を向けて提督は口を開く。
「さっきは、悪かった」
その言葉にリアリーは顔を提督に向ける。リアリーの視線を頬のあたりに感じながら提督は続ける。
「リアリーの覚悟を軽く見ていた……そんなに、この国のことを考えてくれているとは思わなかった。この国に、残ってくれ。この国には君が必要だ」
その言葉をリアリーはぽけっとした顔で受け止める。と、顔をうつむかせ可笑しそうに微笑みリアリーは呟く。
「鈍感」
その呟きは微かに、しかしはっきりと提督に届いた。リアリーを見下ろし、提督は問う。
「リアリー?今のはどういう……」
「これからも頑張って、この国のために尽くします。それじゃあ明日ね。バイバイ」
また不思議な消化不良な感覚に囚われながら、提督はリアリーの背中を見送った。
翌日、提督執務室。そろそろ鳥たちも巣に帰るだろうその時間、ヘイウッドが訪れる。
「提督、開発工廠より書類をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとう」
大判の書類封筒を机の上に置き、ヘイウッドはその場を離れようとする。「ヘイウッド」とその背中を呼び止め、振り向くヘイウッドに提督は昨日の疑問をぶつける。その時の会話を再現し、最後に提督は締めくくる。
「……というわけで鈍感呼ばわりされてしまってな。俺、またなにかドジったか?」
ちょっとばかり情けない表情見せる提督にヘイウッドは不思議な言葉向ける。
「提督は、リアリーがこの国に残ると最初に聞いたとき素直にどう思いましたか?」
「ん?」
少し考え、提督はヘイウッドに率直な言葉返す。
目を閉じ、ヘイウッドは小さく笑う。
「その言葉を、リアリーに伝えてあげてください」
橙のおとなしい陽光が空を包んでいた。夕暮れ時、埠頭に姿を現してリアリーは提督に声をかける。
「また呼び出し?珍しいね、2日連続で」
「ああ、すまんな」
提督に近づき一歩前でリアリーは立ち止まり提督を見上げる。その大きな瞳見つめながら提督は口を開く。
「最初に、君がこの国に残ってくれると聞いたとき……」
まっすぐに自分を見上げてくるリアリーを見つめ返しながら提督は続ける。
「本当は、嬉しかった。ほっとした」
海風がさあ、と埠頭を流れる。リアリーの栗毛が微かに揺れる。自分を見上げて目を離さないリアリーに提督は素直な言葉捧げる。
「君のためだと思って、祖国に帰ってもいいと言った。でも、本当は残ってほしかった。だから、君が残ると決めてくれて嬉しかった。俺の近くにいてくれるのだと」
そこで一度言葉を切り、提督は気まずそうに顔を逸らす。
「まあ、そうは言ってもこの国も広い。戦後、君がこの国のどこへ行くかは……」
「私は、どこにもいかないよ?」
その言葉に提督は視線をリアリーに戻す。変わらず提督をまっすぐ見つめリアリーは笑顔浮かべ瞳潤ませ提督に告げる。
「ずっと、提督の近くにいる」
リアリーの身体が一歩分進む。ぽすん、とおでこを提督の胸に押し付ける。
「私がこの国に残る決心をしたのは……あなたが、この国にいるから。この国にも尽くしたいけれど、それ以上にこの人の傍にいたいと願ったから」
言葉が、提督の胸に沁みる。リアリーの小さな細い身体を抱きしめる。夕暮れの橙の空が、ふたりを包む。どこかで、汽笛が鳴いている。
ゆうぐれの暖かさが、伝わってくる。
了