艦娘恋物語   作:青色3号

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秋月の場合

小腹がすいたな、と廊下を歩きながら思った。なので提督は仕事がひと段落したこともあって鎮守府本館の片隅にある酒保へ向かって足を進める。廊下を歩く途中、向こうから歩いてくるすらりとした姿勢の駆逐艦娘の少女に行き当たった。

 

 

「おう秋月、演習明けか?」

 

「ハイ、司令はどちらに?」

 

「なに、小腹が減ったんでな。酒保で何か見繕おうかと思ってたところだ。」

 

 

そうですか、と秋月は微笑み浮かべて答える。と、何を思いついたか秋月はポンと両手を軽く合わせると提督に向かって明るい声を向ける。

 

 

「司令、ちょっと待っててくださいね。秋月、いいもの持ってるんです!」

 

 

言うが早いか秋月は振り向いて廊下を駆けだす。なんだろう?と提督が思う間もなく秋月はどこから持ってきたか何か小さなものを両手で抱え持つようにして提督の元に戻ってくる。秋月は手にしていた小さな缶を両手で差し出し笑顔浮かべる。

 

 

「はい、牛缶です。美味しいんですよ♪」

 

「なあ秋月…他の奴らと同じ俸給もらってて、なんでお前だけいつもそんなに貧乏くさいんだ?」

 

 

呆れたような提督の声に秋月は頭にはてなマーク浮かべた笑顔で答える。はぁ、と提督はため息ひとつ吐き秋月に向かって簡単に命ずる。

 

 

「秋月、昼飯時になったら提督室まで来い。」

 

 

言うことだけ言うと提督はその場を後にする。あとにはきょとんと立ち尽くす秋月の姿だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に真っ白な皿に乗せられた見たこともない料理が置かれる。どんな食材を使ってどんな味付けをしているのか皆目見当がつかない。しかもこれで三品目だ。最初「少し少なめのおかず」と思っていた海産物のなにものかは「あぺたいざぁ」とかいう前座だと後から聞いた。食欲より緊張感に押されてごくりと生唾を飲み込みながら秋月は恐る恐るナイフとフォークを持ち上げる。しかし、持ち上げられたナイフとフォークは料理に向けられることなく空中に静止する。

 

 

「どうした秋月、止まってるぞ?」

 

「いえ…」

 

 

言われた通り昼食時に提督執務室を訪れてみれば何が何やらわからぬうちに隣室で提督とお昼ご飯を一緒にすることになっていた。

 

 

美味しい、確かに美味しい…ような気がする。正直場の空気に飲まれてか半分味がわからない。すべて承知の様子で落ち着き払った姿で黙々と食事を進める秘書艦・妙高の慣れた様子が秋月の緊張感をいや増してくれる。そういえば今自分が食べているのはお肉だっけ、お魚だっけとそんなことを秋月は考える。

 

 

結局、提督との会食が終わったころには秋月は長期作戦終了後なみにぐってりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦娘寮の和室の一室、秋月と照月の相部屋。炬燵の天板に上半身を預け秋月は大げさに息をつく。

 

 

「はあ~ぁ、疲れた~~~~~~~…」

 

「お疲れ様。お昼ご飯食べるだけでそんなに疲れるのもどうかと思うけれど。」

 

 

ミカンを口に放り込みながらの容赦ない妹艦のツッコミに秋月は恨みがましい目線を向けて上半身を突っ伏したまま抗議してみせる。

 

 

「だって食べたこともないような名前も知らないような料理がぽんぽん出てくるのよ?緊張疲れもするわよ。」

 

「緊張疲れしたのはお料理のせいかしらねえ…」

 

 

何か含むような照月の一言に秋月は意味が分からないまま「ハイ?」と顔をあげて問い直す。しかし照月はそれ以上の言葉を秋月に与えることもせずミカンをもぐもぐとほおばるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶がとぎれとぎれの昨日の昼の会食の中で、提督が最後に「明日も来い」といったのは覚えている。いっそその辺の記憶がぶっ飛んでいてくれれば忘れていたで済むものを、なまじ覚えているだけに上官の命令に背くわけにもいかない。

 

 

なので秋月は今日もまた緊張感に軋む胃に豪華な昼食を押し込むことになる。昨日と違って今日は和食だ、とそのくらいのことは秋月にもわかる。しかし豪華な重箱に詰められた食材はどれも秋月の見たことない、味わったことのないものばかりだ。私がいま口に押し込んだどうやら魚のすり身の団子らしきもののお値段でいったい牛缶がいくつ買えるだろー?と秋月は思わず考える。

 

 

「どうだ、秋月。美味いか?」

 

「は、はい!おいしいです!」

 

「そうか、味わって食え。」

 

 

そんな難易度の高い要求を―――と思わず提督を恨みたくなる。今日も静々と箸を進める妙高をちらりと見ながら、秋月は提督の真意を測りかねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督から解放され、秋月は俯きがちに廊下を歩く。明日も来るよう約束させられたが正直言って気が重い。

 

 

でもなぜだろう?と秋月は思う。秘書艦が提督と食事を共にすることは以前からの習いだが、妙高がいることからもはっきりしている通り秋月は秘書艦になったわけではない。それなのにどうして?と歩きながら考える秋月の足がぴたりと止まり、その唇から知らず小さな呟きが漏れる。

 

 

「……同情?」

 

 

思わず天井を見上げる。その答えが一番しっくりする気がする。貧乏性の自分に提督は同情したのだろうか、哀れだと思ったのだろうか。

 

 

「……だったら、ヤダな。」

 

 

また気づかぬうちにひとり呟く。その呟きに答える者はない。ただ、窓から差し込む秋の陽光だけが秋月の横顔を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦娘寮の食堂でひとり食事をとる。結局、その日提督の部屋にはいかなかった。

 

 

本来だったら食べていたであろう今日も豪華だろうフルコース料理の代わりに秋月の手元にあるのは質素な焼魚定食。その定食に、しかしなかなか箸が進まないままの秋月の前の席に、お盆を手にした妹艦が腰を下ろす。

 

 

「姉さん、今日は提督と食事しないの?」

 

「ああ、初月…うん、ちょっとね。」

 

 

ふうん、と半ば興味なさげに答え初月は自分の食事を始める。献立はこれまた質素なメザシ主体の定食だ。その質素な昼食を黙々と口に運ぶ初月を自身は食事の進まないままなんとなく箸を遊ばせて見つめながら秋月は思わずと言った感じで独り言つ。

 

 

「こんな地味な食事ばっかり毎回とってるから同情されちゃうのかな…」

 

「ん?誰に?」

 

「司令に」

 

 

はぁ、と思わずため息が出る。自分の言葉に思ったよりダメージを受ける。首を振りようやく食事を再開しようとする秋月の耳に初月の言葉が届く。

 

 

「提督は同情で艦娘に接するような人じゃないよ、それは姉さんもホントは分かってるだろ?」

 

「でも、じゃあ、なんで?」

 

「さあ、それは僕は提督じゃないからわからないよ。姉さんが直接提督に聞くべきじゃないかい?」

 

 

何か問いたげな秋月の目の前で、それでも初月はそれ以上の言葉を秋月に与えることなく食事を再開する。仕方なく渋々といった感じで自分の箸を動かす秋月に、付け足すような初月の呟きが届いた。

 

 

「そんな、提督の心うちがわからないくらいでそこまで沈んだ顔をするくらいなら、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンチに背中を預けて晴天の秋空を見上げる。昼食時に初月がひとり言のように呟いた言葉の意味を考える。考えても意味の分からぬままぼんやりと思考を巡らせる秋月の耳に、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

「秋月さん?」

 

「……妙高さん。」

 

 

声の方角に顔を向けて声の主の名前を口にする。自然なしぐさで妙高は秋月の隣に腰を下ろすと、なんでもない世間話のような口調で秋月に話かける。

 

 

「今日はなんでお食事にこなかったの?提督、残念がってたわよ。」

 

「あ、いろいろとあって…」

 

 

歯切れの悪い誤魔化しを口にして妙高から顔を逸らす。妙高の顔は見られぬまま秋月は両足を少しお行儀悪くベンチの上にあげ、膝を両手で抱えて呟くようにその疑問を口にする。

 

 

「……なんで、司令はご飯をご馳走してくれるんでしょう。同情なのかな?」

 

「そう思うの?」

 

「だったら、イヤだなって。」

 

 

すねたような秋月の口調がおかしかったのか妙高はクスリと小さく笑う。

 

 

「なんで、イヤだって思うの?」

 

「え、だって同情されるなんてやっぱりイヤじゃないですか。ましてや―――」

 

 

 

 

―――ましてや、なに?

 

 

 

 

ましてや、司令には同情されたくない?

 

 

 

 

なぜ、自分はそう思うのだろう―――

 

 

 

 

 

秋月の心の中に浮かんだ疑問には答えぬまま、秋風がふたりの艦娘の髪を揺らす。風が自分の長い髪をそよがせるのを感じながら、秋月は自分の心も揺れるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙高が事務局の居室に向かったのを確かめて、つまり提督執務室に提督がひとりっきりだろうことを知って、なぜそんなことが大事なのか分からないまま秋月はその提督執務室を訪れる。遠慮がちなノックの後に扉を小さく開き中を覗くと、部屋の真ん中で書類片手に立った姿の提督が目に入る。

 

 

「おう、秋月。どうした?」

 

 

昼食の約束をすっぽかした秋月を、しかし提督は責めることもなくいつもの穏やかな口調で迎える。その口調に誘われるかのように部屋に足を踏み入れる秋月の目の前で提督は戸棚に歩み寄り、小さな細長い包みを取り出して秋月に声をかける。

 

 

「ちょうどよかった。羊羹があるんだが、一緒にどうだ?」

 

 

提督と一緒に昼食をとっていた時に感じていた緊張感が秋月を覆う。今は豪華な食事など目の前になく、目の前にあるのは羊羹の包みを手にこちらに静かな微笑み向ける提督の姿だけなのに、だ。

 

 

 

 

開け放った窓からカーテン揺らし秋風そよぎ、秋月を撫でた瞬間秋月は悟る。

 

 

 

 

ああ、そうか―――

 

 

 

 

司令に同情されたくないと思ったのは―――

 

 

 

 

いっしょにお食事したとき、あんなに緊張したのは―――

 

 

 

 

今、司令の笑顔がこんなにまぶしく感じるのは―――

 

 

 

 

 

 

 

―――いつのまにか部屋備え付けの小刀で器用に羊羹を切り分け、提督はその羊羹を小皿に乗せて秋月に差し出す。受け取る代わりに秋月は、どうしようもなく心に浮かんだその疑問を提督に問いかける。

 

 

「……司令、どうして私にお昼をごちそうしてくれたのですか?」

 

「え?うーん……」

 

 

言われて初めてその答えを考えたという感じで、提督は秋月に羊羹を差し出したまま顔を逸らして鼻先を空いたほうの手で掻きながら答える。

 

 

「まあ最初はロクなモン日頃食ってないならたまにはマトモなモン食わせてやるかと思ったって程度だけど…」

 

「…………」

 

「正直言うとな、一度、秋月と一緒にメシが食いたかったんだ。」

 

 

照れくさそうに放たれるその言葉に、照れくさそうにニカッと笑う提督の表情に、心の中に熱い何かが満ちる。その何かの正体を知るのが少し怖くて、でも否応なくその何かの正体を知って、秋月の頬が紅潮する。胸を片手で抑え、今しがた気づいたばかりの心うちの高まりを、激しく高鳴る鼓動とともに押さえつけようとする秋月に提督はもう一度手にした小皿を差し出す。

 

 

「羊羹、食わないか?」

 

「……いただきます。」

 

 

伸ばした指先がふと相手の指先に触れたとき、

 

 

 

 

 

 

心臓がまた一段、トクンと波打った。

 

 

 

 

 

 

 

―――恋の響きだ、と秋月は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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