艦娘恋物語   作:青色3号

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加賀の場合

その日の午後、青い袴に身を包んだ美女が書類の束を胸に執務室を訪れる。

 

 

「提督、失礼いたします。第一機動艦隊全艦、先の作戦で受けた損傷の修復を終えました。」

 

 

妙齢の女性には似合わない硬質な言葉、しかしここではこれが日常なのだ。艦娘運用専門施設・横須賀鎮守府、今簡単な報告を終えた女性も対深海棲艦戦の最前線に立つ正規空母艦娘・加賀。

 

 

加賀の短い報告に黙って提督は頷き「ご苦労」と簡単に応えると、急に落ち着かない表情を見せて机の隣に立つ秘書官・愛宕を意識しながらも加賀に問う。

 

 

「その~…加賀、明日お前は公休日だったよな。」

 

「はい。改めて、ありがとうございます。」

 

「いや礼には及ばないが…その、なんだ、予定はあるのか?」

 

「赤城さんと外出する予定です。」

 

 

いつもと変わらぬ感情見せぬ表情で加賀は提督の問いに即答する。「そうか、」と一言呟いたきり情けない表情を隠そうとしてか下を向く提督に、加賀は変わらぬ無表情を向けるだけだったが、すぐにピシリ!ときれいな敬礼を捧げ「失礼します」とだけ告げ執務室を後にする。加賀がその場を去ってのちも、提督はしばらく顔を上げないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室を離れ廊下をいくばくも歩かないうちに加賀は愛宕に後ろから声をかけられる。

 

 

「はぁ、はぁ、加賀さん脚速~い。待って~。」

 

 

その声に振り向き足を止める。ようやく愛宕は加賀に追いつくと息を整えてから加賀に問う。

 

 

「加賀さん、あんなに簡単に提督のお誘いをソデにしちゃっていいの?」

 

「お誘い?」

 

「そう、あれはゼッタイ加賀さんをデートに誘うつもりだったのよ!」

 

 

まるでデートに誘われたのが自分であるかのように顔を紅潮させ嬉しそうな顔見せる愛宕を、まるでデートに誘われたのが知らぬ他人と告げられたかのようななんの感慨も見せない顔で加賀は見つめ返すが、やがて簡単に答える。

 

 

「それはわからないわ。提督として艦娘の行動を把握しておきたかっただけかもしれないし。」

 

「え~、そんなことないわよぅ~…」

 

「いずれにしても、」

 

 

愛宕から身体を反転させてその場を去ろうとしながら加賀は背後の愛宕に声だけ向ける。

 

 

「私達は艦娘よ。デートだの恋愛だのそんなことにうつつを抜かしている余裕はないわ…深海棲艦はまだまだいくらでも湧いて出るのよ。」

 

 

それだけ言い残して立ち去る加賀に愛宕は不満げな顔してのける。「同性とのデートならいいわけ?」とでも言いたげに。しかしその無言の問いに加賀が答えるはずもなく、加賀の立ち去った鎮守府本館の廊下には腰に手を当てて頬を膨らませる愛宕だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空母艦娘の生活拠点である空母寮、そこに帰ってきて廊下を歩いていたところで加賀は向こうから歩いてくるふたりの正規空母娘に行き違う。

 

 

「五航戦、」

 

「あら、加賀さん。いつも妹がお世話になっています。」

 

「げ、一航戦。」

 

 

丁寧に頭を下げる翔鶴には見向きもせず、露骨に身構え顔をしかめる瑞鶴に加賀は単刀直入に厳しい口調向ける。

 

 

「この前、また敵の哨戒機に後れを取ったそうね。」

 

「…それが?」

 

「先手必勝が航空戦の定石、その航空戦で索敵で後れをとることは即、死につながるわ。己の未熟を恥じなさい。」

 

 

それだけきつい目で告げると加賀はあとはふたりに目もくれず今来た廊下を歩きだす。その背中を瑞鶴は歯を食いしばって見つめていたが、やがて廊下の角を加賀が曲がると地団駄踏んで悔しがる。

 

 

「キィー!なによ、口を開けば嫌味説教ばかりー!」

 

「まあまあ瑞鶴、加賀さんの言っていることは正論よ。」

 

「それだけに腹が立つのよ、あの冷血女―!」

 

 

ジタバタと腕やら脚やら振り回す瑞鶴を翔鶴はいつもの微笑み浮かべてあやす。いつも通りの鎮守府風景、加賀は今日も通常運転だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから幾日、弓道場で赤城とともに鍛錬を終えた加賀は少し散歩しようとふたり足を延ばした本館の前庭で、若い女性に声をかけられる。

 

 

「あの~…すいません。提督執務室は、どこですか?」

 

 

およそ軍事施設にはそぐわない淡い水色のワンピース姿の女性に声をかけられてさすがの加賀も一瞬面食らう。しかしすぐに平常心を取り戻すと、女性に向かっていつもより心なしか穏やかな声を返す。

 

 

「提督執務室ならこの目の前の建物の…」

 

 

答えながら加賀は相手の女性を観察する。一般人がむやみに入り込めない鎮守府に、それでも存在するロングヘアを風に揺らす美女。提督執務室を目指すといった、そのことがなぜか加賀の心をざわめかせる。「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言ってその場を後にする女性を目で追うことはなぜかできぬまま、立ち尽くす加賀の傍らで赤城はこれは女性の後ろ姿に目を向けて指を頬にあて小さく呟く。

 

 

「提督も隅に置けないわね…カノジョを、鎮守府に呼ぶなんて。」

 

 

カノジョ、という赤城らしからぬ言葉にぐさりと胸を貫かれた、一気に前身の血の気が引く思いがした。

 

 

「…加賀さん?」

 

 

心配そうなその声にようやく自分を取り戻す。はっとして顔を上げると、そこに赤城の何かを初めて知ったというような顔が目に入った。

 

 

「加賀さん、あなた…」

 

「なんでもないわ。行きましょう、赤城さん。」

 

 

言いながら足を進めその場を離れようとする。自分に嫉妬する権利なんてないのにと知りながら、それでも拳を固め歯を食いしばらないと涙が零れてしまう予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空母寮の自室の机に陣取り、戦略書を広げる。でも中身は頭に入ってこない。ため息をつき本を閉じると背後から同室の赤城に声をかけられる。

 

 

「…加賀さん。」

 

「………」

 

「あなた、好きだったの?提督のことが。」

 

「…気づいたのは、つい昨日だけどね。」

 

 

そう、手が届かなくなって初めて気づいた。自分の中に、確かに提督がいた。その提督のたぶんお誘いを袖にして幾日、その間に何があったのだろう。知りたいような、決して知りたくないようなそんな気持ちに捕らわれながら加賀はひとり呟く。

 

 

「私は間違ってなかったわ…なのに、後悔している。」

 

 

泣く代わりに自虐するような小さな笑み浮かべ、加賀はひとこと付け足す。

 

 

「この私が、ね。」

 

 

なんと言葉をかけていいのか赤城は分らぬまましばらく胸を片手で押さえ加賀の小さく見える背中を見ていたが、やがて微笑み浮かべ加賀に語りかける。

 

 

「ねえ、加賀さん…あなた、その想いをこのまま諦めようとしていない?封じ込めようとしていない?」

 

「…それ以外に…」

 

「伝えるべきよ…提督に。」

 

 

その言葉に振り向く。多分、今自分は頼りない表情をしているだろう。そんなことをどこかで思う加賀に赤城は微笑み浮かべたまま穏やかに告げる。

 

 

「だって…いつ、会えなくなるかもしれない私たちだもの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を冷やそうと部屋を離れる。部屋を出たところで、見知った顔に出くわす。その相手、瑞鶴は加賀の姿を認めると大仰に身構え表情を強張らせる。

 

 

「げ、一航戦。」

 

 

反射的に身構える瑞鶴に、しかし加賀は一瞥をくれることもなくすれ違う。無言で自分の横を歩き過ぎる加賀のことを瑞鶴は構えを解き不思議そうな表情で見送るが、眉を寄せ厳しい表情作り、腕を組むと廊下の壁に背中預け加賀に言葉投げる。

 

 

「なにしょぼくれてんのよ…なんかあったの?」

 

 

その言葉に加賀はぼんやりと振り向き、ようやく瑞鶴と目を合わせる。

 

 

「いいけどさ、なんかあったなら言ってみなさいよ。聞くくらいはできるから。」

 

 

その言葉に加賀は瑞鶴に身体向けると、加賀にしては珍しいことに穏やかな微笑み浮かべ問う。

 

 

「励ましてくれてるの?」

 

「まさか…ただ、あなたが景気悪い顔してるとこっちまで調子狂うのよ。何があったか知らないけど、シャキッとしなさいよね。」

 

 

それだけぶっきらぼうに言い放つと瑞鶴は身体起こし背中越しに片手上げその場を去る。その背中を見送りながら、加賀はもう一度表情引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間もなく、加賀は提督執務室を訪れる。ノックに答える「入れ」の一言に鼓動高め、加賀は扉を押し開ける。きれいな敬礼を机の向こうの提督に捧げ、この場に愛宕がいないことを心の奥で感謝しながら、決意が乱れぬうちにと加賀はいつもの硬い口調で口開く。

 

 

「提督、少しお話が。」

 

「おう、加賀。昨日はありがとうな、妹を案内してくれて。」

 

「いえ、そんなことよりお話が…妹?」

 

 

目を見開きポカンと口を半開きにする加賀の呆けた姿は珍しい。その珍しい加賀の様子に気がついているのかいないのか、提督は手元の書類に目を落としたまま加賀に話す。

 

 

「会いたいから鎮守府の入場許可とれっていうから何かと思えば結婚の報告だとよ、そんなこと電話した時に伝えてくれればいいのに。」

 

 

そんな言葉を放ちつつも提督はどこか嬉しそうだ。「アイツもそんな年かぁ~」と感慨深げに呟く提督に加賀はまだ放心したような表情向ける。そんな加賀にようやく提督は顔を上げて視線向けると簡単に問う。

 

 

「すまん、話があるんだったな。どうした?」

 

 

その一言にもともとの用件を思い出す。誤解は解けたが、それでも今から告げる言葉を放つのに勇気が必要なことに変わりはない。表情を引き締め鼓動押さえ、加賀は一言にして万感の言葉を提督に告げる。

 

 

「提督、あなたをお慕いしております。」

 

 

今度は提督の口が半開きになる。ぽかんと加賀の顔を見つめ、今の言葉が何かの加賀にしては考えられない冗談か何かかと考える。

 

 

その加賀の無言の表情が雄弁に加賀の本気を示す。染まった頬、決意を湛えながらもうるんだ瞳、きゅっと結ばれた唇―――

 

 

 

 

 

―――提督は思わず机から腰を浮かせ、加賀に近づきながら心定まらぬといった感じの声を出す。

 

 

「加賀…その…」

 

 

そこで提督は加賀の一歩前で立ち止まり、気まずそうに加賀から目線逸らし呟く。

 

 

「スマン。」

 

 

見えぬ鋭い矢が加賀の胸を射抜く。思わず身じろぎし、衝撃に耐える。目尻熱くなるのを堪えますます歯を食いしばる加賀の前で、提督は目を加賀から逸らしたまま続ける。

 

 

「俺、不調法者で、自分から告白することしか考えてなかったから…だから、こんな時どんなセリフを言えばいいのかわからない。」

 

 

提督の言葉の意味計りかねる加賀をまっすぐ見つめなおし、提督は告げる。

 

 

「だから、態度で示す。」

 

 

その言葉を引き金に提督は加賀の手首掴む。そのまま自分に向かって勢いよく引き寄せる。軽い、あまりに軽い加賀の身体があっさりと提督の胸に収まる。

 

 

 

 

そのまま幾ばくかの時が流れる。抱きしめられている、そのことだけ感じる。そのことが意味するところがようやく加賀に理解できたところで、加賀の頭上からおどおどとした提督の声が降る。

 

 

「…返事、伝わったか?」

 

「伝わりすぎですよ…もう」

 

 

自分を包み込む逞しい感触に加賀は酔う。今までになかった高揚感、幸福感に酔いしれる。自分の高鳴る鼓動感じながら加賀は両手を提督の背中に伸ばしそのまま提督を包み返す。

 

 

 

 

 

ますます加賀を強く抱きしめる。離すものかと心に誓う。加賀の両頬に雫伝う。ふたり、時を忘れて抱きしめあう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――加賀の身体は、戦う者とは思えないくらい、華奢で、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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