艦娘恋物語   作:青色3号

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荒潮の場合

夜の帳降りるその時間の提督執務室、踏み台の上に登って戸棚に書類のファイルを戻しながら駆逐艦娘・荒潮は机に向かう提督に話しかける。

 

 

「それにしても荒潮みたいな駆逐艦娘が秘書艦なんて珍しいわねぇ~。」

 

「なんだ今更改まって…別に珍しくはないさ、今までだってあっただろう?」

 

「まあねぇ~…でもそれは、艦隊がまだ充実してない頃で、最近はずっと戦艦の人か正規空母の人が秘書艦だったじゃない?」

 

 

そこまで言って何か思いついたか、荒潮は艶やかなロングヘア揺らして振り向き、妖艶な微笑み浮かべて提督に問う。

 

 

「そんなに荒潮をおそばに置きたかったのかしらぁ?」

 

 

ギクリ、と身体を強張らせて提督のペンの動きが止まる。その提督の反応見逃すこともなく、荒潮は踏み台から降りると追い打ちかける。

 

 

「あらあら、図星だったかしらぁ?荒潮みたいなちっちゃいコが好みだなんて、提督ってもしかしてロリコンなのかしらぁ~?」

 

 

言いながら踏み台に座り脚を組む。足を組み合わせる瞬間ジャンパースカートの奥が提督から見えそうになり、提督は思わず目を逸らす。そんな提督の様子を面白がるように荒潮は「ふふっ」と怪しげな笑み浮かべる。このままじゃいかんと提督は、絞り出すような声ようやく荒潮に向ける。

 

 

「荒潮、そろそろ上がっていいぞ。もういい時間だからな。」

 

「はぁ~い。」

 

 

言われて素直に立ち上がり、扉を目指す。ぱたんと音を立て扉が閉まり荒潮が部屋からいなくなると提督はようやく冷や汗をふきふき安堵の息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日昼前その時間、提督の陣取る机に直角に提督のものよりひとまわり小ぶりな机を置いて荒潮は書類仕事と格闘する。うん、と背筋を伸ばし手を止めて荒潮はひと息入れるが、ふと立ち上がると提督の近くに寄り提督の手元の書類をのぞき込む。

 

 

「提督はなんのお仕事ですかぁ?」

 

「ああ、これか?これは資材の補給手配の…」

 

 

言いかけた提督の言葉が止まる。荒潮がぐっと身を寄せてきたのだ。シャンプーの香りが届くまで顔を提督に近づけて荒潮は提督の耳元に囁きかける。

 

 

「あらあら、手が止まってますよぉ?提督、どうしたのかしらぁ?」

 

「いや、俺は別に…」

 

「ふふっ、荒潮のこと、そんなに気になりますかぁ?そんなに意識してるとお仕事になりませんよぉ?」

 

 

まだまだ幼さ残す外観とはアンバランスな蠱惑的なその響き、その声に提督は心揺さぶられる。荒潮が更なるからかい文句提督に向けようとしたその時に、提督はふぅと息をつき姿勢を正すと独り言つ。

 

 

「確かに、荒潮の言うとおりだな。」

 

「え?」

 

「すまんな、荒潮…荒潮の言う通り、お前を秘書艦に据えたのに下心があったのは認める。しかしまあ荒潮にしてみれば迷惑な話だよな。」

 

「そ、そんな、荒潮は迷惑なんてことはぁ…」

 

「それに俺も荒潮みたいなまだ少女の身分の相手に下心を持つ歳でもないわな。わかった、秘書艦もちょっと早いが交代しよう。短い間だったが、ご苦労だったな。」

 

 

言いながら提督は席から立ち上がり「事務局に行ってくる」と言い残して部屋を離れる。ぱたんと音を立てて扉が閉まると、荒潮は閉じた扉を見据えたまま片手を胸にあてた格好でただその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前でとんかつ定食が湯気を上げている。でも、箸を伸ばす気にはなれない。アツアツのとんかつ目の前にしながら、荒潮はぼんやりと食堂の席に座り込む。

 

 

「あら、荒潮?あなた司令官と食事してるんじゃなかったの?」

 

 

お盆に乗せた唐揚げ定食を手に通りがかった満潮が荒潮の姿を見つけて立ち止まる。その通り、秘書艦は提督執務室の隣の専用食堂で提督と食事をとるのが習わしだが、ぼんやりしていた荒潮はつい前の習慣で艦娘寮の食堂に来てしまっていたのだ。いつの間に、どうやってとんかつ定食を頼んだかも覚えていないしとんかつ定食を前にどれだけの時間ぼっとしていたのかも覚えていない。そんな荒潮のおかしな様子を見とがめて満潮は荒潮の前の席に座る。

 

 

「いったいどうしたって言うのよ、ぼんやりして。」

 

 

その言葉に導かれたかのように目を伏せたまま荒潮は今まであったことを語りだす。提督に気を持たれているんじゃないかと思ったこと、その提督に秘書艦交代を告げられたこと。ひと通り聞いたところで満潮は食事を再開しながら口を開く。

 

 

「ふ~ん、でもまあよかったじゃない。」

 

 

唐揚げを口に運びながら満潮は荒潮に言葉を向ける。

 

 

「実際、好きでもない相手に気を持たれても困るしねぇ。さっさと諦めてもらってよかったじゃない。それにしても司令官も結構ろりこ…」

 

 

言いかけた満潮の言葉が止まる。荒潮の様子に気がついたのだ。とんかつ定食目の前にしてもじもじと身を揺すり、顔を赤らめて唇を噛む荒潮の初々しいその姿。

 

 

「荒潮、もしかしてあなた司令官のこと…」

 

「………」

 

「…バッカじゃないの!?」

 

 

バン!と両手のひらでテーブルを叩き満潮は怖い顔して荒潮に舌鋒向ける。

 

 

「針にかけて手元まで手繰り寄せたところで、引っ張り上げる直前で自分から糸切ったって言うの!?」

 

「み、満潮ちゃん、声大きい…」

 

「大きくもなるわよ!いったいあなた何考えて…」

 

 

言いかけた満潮の言葉が止まる。荒潮がきゅっと身をすぼませながら目を閉じぽろぽろと涙を零し始めたのだ。あまりに意外な荒潮の姿に言葉を失くす満潮の目の前で荒潮は呟くように言葉絞り出す。

 

 

「バカなことしたのは分ってるわよぅ…でも、今更、どうすればいいの…?」

 

 

くすんくすんと鼻を鳴らす荒潮を見つめながら満潮はしばらく言葉失ったままだったが、やがて腕と足を組み椅子にふんぞり返ると荒潮に向かって言い放つ。

 

 

「荒潮、ここまで来たらあなた自分から告りなさい。」

 

「…え?」

 

「今からならまだ間に合うわ。まだ交代する秘書艦候補も見つかってないだろうし。」

 

 

当たり前と言えば当たり前な満潮の言葉、その言葉聞くと荒潮は顔を赤らめ身を左右に捩りながら囁くような声絞り出す。

 

 

「恥ずかしい…」

 

「は?」

 

「恥ずかしすぎるわぁ、そんなの…告白なんかしたら、荒潮心臓マヒ起こしちゃう…」

 

 

ぽかんとする満潮の前で荒潮は身を捩り続ける。この期に及んで、と満潮は盛大な溜息ひとつつくと荒潮に向かって身を乗り出してツッコミを入れる。

 

 

「あなた補給の時とか何とかにしょっちゅう『好きよ』とか言ってるじゃない。」

 

「あ、あれは冗談だから言えるのよ…本気で告白なんてしたら、荒潮死んじゃう…」

 

「あなたねえ…」

 

 

もはやあきれ果てて言葉を失くしかける満潮だったが、気を取り直すと荒潮に問いかける。

 

 

「このままじゃみすみす司令官を失うわよ。」

 

「それはやだ…」

 

「じゃあ、腹を括って告白なさい。オンナは度胸よ。」

 

 

逃げ道を探すように荒潮は目線を泳がせ不安げな表情浮かべていたが、しばらくして意を決したか俯き膝に両手を突っ張ると小さな声で呟く。

 

 

「わかった…やってみる…」

 

「よし!」

 

 

その声を合図にとでもいうかのように満潮は再び唐揚げを口に運ぶ。それに倣って荒潮もとんかつをなんとか口にするが、正直何を食べているのかそれすら今の荒潮にははっきりしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの朱の光が桟橋を染め上げる。その桟橋に、荒潮はひとり立つ。どれだけ鼓動を早める時間が過ぎたか、もうひとりの人影が桟橋に姿を現す。

 

 

「荒潮、どうしたんだ、こんなところに呼び出して…というか、お前昼前からいったいどこにいたんだ?」

 

 

ポケットに手を突っ込みながら近づいてくるその姿に荒潮の早鐘を打つような鼓動がもうひと段階勢いを増す。口から心臓が飛び出るんじゃないかというような気分の荒潮の目の前まで近づくと、提督は荒潮に穏やかな声向ける。

 

 

「秘書艦交代の件な、二、三日待ってくれ。大規模作戦が近いもんで艦娘のスケジュール調整に難航しててな。」

 

「………」

 

「なーに、ほんの二、三日だ。そうしたらお前を解放して…」

 

「いやっ!」

 

 

突然荒潮が身を折って叫ぶ。あまりに予想しなかった荒潮の反応にぽかんとして言葉切る提督の目をまっすぐ見つめながら荒潮は大きな瞳から涙ぽろぽろ零し必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「秘書艦交代なんていやよぉ…まだなにも、なにも伝えてないのに…」

 

「え…」

 

「好きなの…提督が、本気で好きなの…」

 

 

伝え終えた瞬間意識が遠のくような気がするが、必死で心を持ちこたえさせる。目の前にある提督の姿が涙に滲む。荒潮の告白受け止めながらも、まだすぐには信じられないというかのように提督はしばし呆けていたが、必死に涙にぬれた瞳で自分を見上げる荒潮の姿に吸い寄せられるように動き出す。

 

 

提督の手が荒潮に伸ばされる。届く一瞬前に躊躇するようにその手は宙で彷徨うが、また荒潮に伸びるとその肩に触れる。

 

 

荒潮の小さな身体を抱き寄せる。華奢な肢体が、提督の胸に収まる。抱きしめられている、その事実が荒潮の胸をかき乱す。

 

 

「…俺で、いいのか?」

 

「いいの?いいの?荒潮で、いいの?」

 

 

返事の代わりに荒潮を抱く腕に力をこめる。その力強さに息苦しさを覚える。荒潮が苦しげなのに気がついた提督が腕の力を緩めた瞬間、荒潮は急に恥ずかしくなって身を捩ると提督の腕の中からするりと逃げ出す。

 

 

そのまま、桟橋を荒潮は駆け出す。なにかの衝動に追いかけられるように。あまりの変わり身にぽかんとする提督に笑顔だけを振り向かせて荒潮は歌うような言葉奏でる。

 

 

「勝利の女神はここよ~、早く捕まえて~。」

 

 

もう一度前を向き駆け続ける。提督が追いかけてくるのが気配でわかる。多分すぐに追いつかれる。もし、今度捕まったら―――

 

 

 

 

今度は逃げ出さない、離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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