艦娘恋物語   作:青色3号

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如月の場合

鎮守府本館の長い廊下、その廊下を歩いていた提督は駆逐艦娘と行き会う。

 

 

「如月、今演習帰りか?」

 

「ええ、司令官。今、秘書艦に報告が終わったところ。」

 

 

白いセーラー服に緑のスカート、紺のパーカーのあどけない少女。つややかなロングヘアを飾る髪飾りはいつもつけているお気に入り。

 

 

「今日はもうオフか?」

 

「ええ、潮風にあたったからお風呂に入りたいわ…髪が痛んじゃう。」

 

 

髪先をくるくると指に巻き付け如月は髪を心配して見せる。提督は軽くうなづくと足を進め如月とすれ違う。如月も歩き始めるが、すれ違いざま提督に振り向き艶っぽい声でこうのたまう。

 

 

 

「あなたも、一緒に入る?」

 

 

 

不覚にも足が硬直する。苦虫を噛み潰したような顔で振り返り何とかこれだけ口にする。

 

 

「バカなこと言ってないでとっとと行け。」

 

「はぁ~い♪」

 

 

軽やかにお返事し両腕を広げてターンする。そのままぱたぱたと廊下を駆けだす如月の背中を見送って提督は知らず苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜更け、秘書艦の長門を先に上がらせ提督は執務室の机に向かう。静かな執務室にペン先の走る音だけがする。と、扉が開く音がして提督が顔を上げると扉の隙間からこちらを覗う如月と目が合う。

 

 

「如月、どうしたんだこんな夜更けに。」

 

「司令官、まだお仕事終わらないの?」

 

 

提督の質問には直接答えず如月は逆に問い返す。扉を開けて執務室に足を踏み入れ如月は提督の前に立つ。そんな如月に提督は言葉を返す。

 

 

「そろそろあがるよ、キリがない…如月も、早く寝ろよ。」

 

「うん、わかった。」

 

 

素直にお返事し如月は扉に向かう。書類仕事を再開させる提督の耳に、扉を開きかけたところで振り返った如月の囁き声が届いた。

 

 

 

「添い寝してあげましょうか?」

 

 

 

ぴたり、とペン先の動きが止まる。眉を寄せて提督は何とか返す。

 

 

「とっとと寝ろ。」

 

「はぁ~い♪」

 

 

軽やかにお返事し扉を潜る。後には眉を寄せたままの提督の姿だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客のいなくなった執務室で提督は両肘を机に乗せ指を組んでひとり考える。

 

 

「一度ビシッと言ってやらなきゃいけないかな~…」

 

 

軍人というより女子校教師、そんな塩梅の提督であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、間宮の甘味処の暖簾を提督は潜る。いつもより客の少ない店内で提督を迎えたのは奥の席に座る如月の姿。

 

 

「あら提督、珍しいわね。」

 

「ああ、頭を使ってたら甘いものがほしくなってな…ひとりか?そっちこそ珍しいな。」

 

「みんな捕まらなくて。」

 

 

頷いてなんとなく如月の向かいに座る。ガラス容器に盛り付けされたアイスクリームを口に運ぶ如月は本当に幸せそうだ。知らず頬を緩めお品書きを手にする提督に如月の甘ったるい声が届く。

 

 

「提督、如月のアイスひと口食べる?」

 

「人のもらわなくていいよ、自分で食べなさい。」

 

「ああん、遠慮しないで。」

 

 

何か言おうとして顔を上げる。と、目に入ったのはスプーンにアイスを乗せこちらに差し出す如月の笑顔。

 

 

「はい、あ~ん♪」

 

 

今がいうべき時だな、と提督は思う。固い声をわざと作り、提督はぶっきらぼうに一言だけ告げる。

 

 

「如月、」

 

「え?」

 

「大人をからかうもんじゃない。」

 

 

笑顔を浮かべスプーンを差し出したまま如月は固まる。スプーンが宙で所在なげに止まる。やがて、ゆるゆるとスプーンを器に戻し如月はふらりと席を立つ。

 

 

「ごめんなさい…先に、出るわね…」

 

「お?おう。」

 

 

自分の言葉が少女に与えた衝撃には気づかぬまま提督は如月の背中を見送る。と、何かに気づいて立ち上がり、もう手遅れだと気づきつつも提督は思わず口にする。

 

 

「…てか、ここの勘定俺持ちかよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドを見下ろす回廊を如月は歩く。ぐしぐし涙をパーカーの裾で拭きながら。向こうから青い衣の艦娘が近づいてくるが、涙を拭きながらなのでそれに気づかない。

 

 

「如月ちゃん?」

 

 

名前を呼ばれ始めて気づき、真っ赤になった目をあげる。不思議そうな顔でこちらを見つめる愛宕を如月はぼんやりと見つめる。そんなほけっとした様子の如月に愛宕は屈みこみ優しい声を向ける。

 

 

「どうしたの?なにかあったの?私でよければ相談に乗るわよ?」

 

 

その優しい響きに如月は改めて愛宕を見つめ返し、その長身と―――見事な、胸部装甲に目を引き付けられる。

 

 

 

くるりと身を転じてその場を離れながら如月は背後の愛宕に言う。

 

 

 

「遠慮しときます。愛宕さんにはわからない悩みだし。」

 

「ああん、そんなこと言わないで。お姉ちゃんに何でも相談して?」

 

 

すがるような声に思わず振り向く。何かを求めるかのような表情の如月に愛宕は笑顔で「ね?」と声を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドに向かって降りてゆく傾斜の芝生、その上に如月と愛宕は並んで腰かける。とっかえつっかえではあるが如月に一部始終を聞くと、愛宕は空を見上げ穏やかな声を出す。

 

 

「そんなこと言われちゃったんだ…」

 

「はい…」

 

「悲しいわよね、好きな人にコドモ扱いされるのは。」

 

「…はい。」

 

 

好きな人、と射抜かれた瞬間鼓動がどきんと跳ね上がるが、素直に認め如月はお返事する。しばらくふたりともそよ風に身を任せ黙っていたが、やがて愛宕が含むように如月に言葉をかける。

 

 

「如月ちゃんは背伸びすることないのよ、そのままの如月ちゃんでいいの。」

 

「……。」

 

「素直な気持ちで、提督を見ていればいいのよ?」

 

 

膝を抱え顔を埋め、目を愛宕から逸らして如月は呟く。

 

 

「でも見ているだけじゃ気づいてもらえない…」

 

「そんなことないわ、想いは届くのよ。」

 

 

続く言葉を如月は待つが、それだけ言うと愛宕は裾を払いながら立ち上がる。最後に如月にウインクして見せ愛宕はその場を立ちさった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛宕の去ったあとをしばらく如月は見つめていたが、膝を抱えた腕に顔を埋め直すと誰にともなく独り言つ。

 

 

「…ホントに、届くのかな…」

 

「およ?如月ちゃん?」

 

 

聞きなれたその声に振り向くと、高くなった回廊から自分を見下ろしているのは姉妹艦の睦月。如月が何か言う前に睦月はたったっと如月に駆け寄ると、如月の隣に腰を下ろす。睦月には視線を向けずグラウンドを見つめたまま如月は知らず睦月に問う。

 

 

「ねえ睦月ちゃん。司令官のこと、好き?」

 

「およ?うん、好きだよ?」

 

 

何気ない質問の招いた言葉に如月は驚いた顔を睦月に向ける。その如月に笑顔を向けながら睦月はのたまう。

 

 

「提督、優しいし、睦月が頑張るとほめてくれるから好き♪」

 

 

無邪気な睦月の声に如月は睦月の真意を知る。睦月が提督を慕うのは、父親を慕うような感情だと悟る。ほっとして肩の力を抜く如月に、睦月は悪戯っぽい表情で告げる。

 

 

「でも如月ちゃんの”好き”は、睦月の”好き”とは違うんだよね?」

 

 

思わずまた驚いた顔を如月は睦月に向ける。その如月の視線受け止め睦月は穏やかな笑み浮かべ静かな声を如月に向ける。

 

 

「わかるよ…睦月は、如月ちゃんのことならわかるの。」

 

 

それだけ言うと睦月はグラウンドに目線を転じて言葉を続ける。

 

 

「ちょっと羨ましいにゃあ…睦月、まだそういうのわからないから。」

 

「…わかっても、あまりいいことないわよ。」

 

「それでも羨ましい。」

 

 

風がグラウンドを駆け抜ける。風が、ふたりの駆逐艦娘の髪を靡かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工廠の様子を見ようと、提督は執務室を離れる。扉を閉じて廊下に身を転じたところで執務室を尋ねに来た様子の愛宕に気づく。

 

 

「愛宕、何か用か?」

 

「提督、いえたいした用事ではないのですが。」

 

 

そのまま無言で愛宕の言葉を提督は促す。一拍あけて愛宕は眼を閉じいつも通りの甘さ感じさせる声で提督を刺す。

 

 

「女の子を泣かせるのは、感心しませんね。」

 

 

なんのことかわからない、というほど提督も愚鈍な男ではない。泣かせちまったかと思い胸にチクンと痛みが走る。そんな提督の微妙な表情の変化にどこまで気がついているのか、愛宕は足を進め提督とすれ違いながら言葉を続ける。

 

 

「子ども扱いも、感心しません。」

 

「子供だろう、アイツは。」

 

「いつまでも子供じゃありません…あのコは、キレイになりますよ?」

 

 

最後に足を止め背中越しに愛宕は提督にトドメを指す。

 

 

「その時にもういないことを嘆いても、手遅れですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水平線を染める夕焼けが岸壁に届く。潮風が、如月の髪を靡かせる。沈む夕陽見つめながら、如月は風に乗せるように呟く。

 

 

「…こうやって、あの人とぼんやり海を眺めたかっただけ、なんだけどな…」

 

 

じゃりっと岸壁のコンクリを踏む足音がする。如月が振り向くとそこにいたのは今しがたまで心の中にいた想い人。その提督は如月には目を向けず、眼前の海を見つめながら、如月の方に足を進める。

 

 

 

 

ふたり、夕凪の海を見つめる。空と海の朱がふたりの姿を染める。どれだけたったか、如月が静かな声を提督に向ける。

 

 

「…司令官、どうしてここに?」

 

「如月を探してた。愛宕に、お前が泣いてたって聞いてな。」

 

 

それだけ言うと提督はまた黙る。続く言葉を急かしもせず、如月はただ提督の横顔見つめ次の言葉を待つ。その如月に横顔向けたまま提督は秘めていた想い解き放つ。愛宕に気づかせられた想い、愛宕に気づかせてもらった想い。

 

 

 

「好きな女を泣かせたまんまじゃ、男が廃るってもんだろう。」

 

 

 

言葉は耳より心に届く。胸に熱いなにかが満ちる。何か言おうとして、でも言葉の見つからない如月の前で、提督はボラードに腰かけ頭を抱え大げさに嘆く。

 

 

「俺、ロリコンのつもりはなかったんだけどなあ~…」

 

「ヒドいわね…如月をロリータ扱いするつもり?」

 

「だって子供だろが、お前は。」

 

 

頬を膨らませてもよかったのだが、代わりに目を閉じクスリと微笑む。一歩、海の方に足を進める。海からの風が如月の髪をそよがせる。海からの朱が如月の姿を染め上げる――――

 

 

 

 

 

 

―――提督の視線に気づき如月は振り向き、髪を靡かせたまま言葉を奏でる。

 

 

 

「見とれていたら、やっちゃうわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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