艦娘恋物語   作:青色3号

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神風の場合

鎮守府の廊下で、金光りを放つずしりと重い鋼鉄の艤装を手渡された。

 

 

「…これを、私に?」

 

 

ぽかん、として見える表情浮かべ神風は両手で抱えるように持つ試製61cm六連装酸素魚雷を見つめる。まだ事態を飲み込めていない、というかのような顔をする神風に提督は穏やかな声向ける。

 

 

「ああ、君の初期装備の53㎝連装魚雷じゃ心もとないだろうと思ってね。それにしても軽々と持つもんだな…俺がそれをここまで持ってくるのはひと苦労だったのに。」

 

「あ、私たち艦娘は艤装の重さだけはあまり感じないから…」

 

 

まだ心半ばここにあらずの体で提督の言葉に答えながら、神風は顔を上げ提督の目を見つめもう一度問う。

 

 

「…これを、本当に私に?」

 

 

笑顔浮かべ提督はひとつだけ頷く。その様子にようやく実感芽生えたか、神風は武骨な鋼鉄の兵器をまるでぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめ華やいだ声上げた。

 

 

「嬉しい!私、大事にするね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な新装備を兵器庫に収め、神風は鼻歌交じりに廊下を歩く。隠そうとしても隠せない笑顔を後ろから追いついた旗風が目ざとく見つける。

 

 

「神姉さん、なにかあったのですか?そんなご機嫌で。」

 

「あ、旗風!そう、いいことあったのよ!司令官にステキなもの頂いちゃった!」

 

「そう、それはそれは…貰ったというと、花束かなにか、ですか?」

 

「試製61cm六連装酸素魚雷!」

 

 

それはそれは、と旗風は曖昧な微笑み顔に浮かべる。花の乙女がウキウキと喜ぶ贈り物としてはどうかと思わないでもないが、本人が喜んでいるのならそれでいい。賢くも慎重に言葉閉ざし笑顔だけ浮かべる旗風の前で神風はにこにこ笑顔しばらく浮かべていたが、ふと笑顔引っ込めると何かを考えるような顔になり顎に人差し指あてて旗風に問う。

 

 

「ねえ、旗風…なんで司令官はこんなに私によくしてくれるのかな?」

 

「司令は皆に優しい人ですから…神姉さんが頑張っていることを評価してくれたのでしょう。」

 

「そっかあ~…」

 

 

頑張りを評価されるのは悪い気はしない、けどなぜかそれだけでは満たされない何かを感じて神風はちょっとだけ眉を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦娘寮の一角の小さな台所で神風は高い声上げる。

 

 

「…作ってしまった!私特製のチョコケーキ…」

 

 

優に10人前分くらいはあるであろう巨大チョコケーキをラッピングしながら神風はちょっとだけ不安そうな表情浮かべる。

 

 

「司令官喜んでくれるかな?大丈夫だよね?」

 

 

新鋭装備のお礼…にしては気合の入りすぎているそれを神風は抱え持つ。実際、「お礼」というのは便利な方便だ。なにか贈り物をするときの恰好の口実になるから。そんなことをどこまで自覚しているのか、巨大な包みをよっこらせっと持ち上げてよたよたと台所を出ようとしたところで、入ってきた駆逐艦娘・曙に声をかけられた。

 

 

「ああ、いたいた…神風、クソ提督から伝言。大至急出撃準備よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波間を少女たちが駆け抜けてゆく。栄光の第七駆逐隊、いつもと違うのは亜麻色のボブカットのセーラー服少女の代わりに今日は袴姿の小柄な少女が最後列についているところ。その最後列の神風に向かい潮が振り向き声をかける。

 

 

「ごめんなさい、神風さん…出撃直前に、朧の機関に不具合が見つかって。」

 

「そ、それはいいんだけど…」

 

 

 

 

速い。

 

 

 

 

ついていくのがやっとだ。

 

 

 

 

機関をフル燃焼させ、最大出力でついていっているのに余裕しゃくしゃくの三人に置いて行かれそうだ。いつも同型艦で隊列を組んでいるから気が付かないが、こんなとき、他の艦娘と隊列を組むとき、思い知らされる。

 

 

 

自分はやっぱり――――

 

 

 

神風が自分の想念に沈み込みそうになった瞬間、漣の甲高い声が響き渡る。

 

 

「敵哨戒戦隊キタコレ!」

 

 

緊迫感に少々欠ける漣の敵発見の報に第七駆逐隊が船速を上げる。神風も、もう目いっぱいの機関を酷使してなんとか隊列についていく。無理な姿勢でそれでも射線を確保し、入手したばかりの、大切な司令官から頂いたばかりの六連装魚雷を発射位置に構えた瞬間、曙の悲鳴にも似た声が波間に響いた。

 

 

「敵魚雷、探知!」

 

 

海面を滑る白い禍々しい雷跡、それが潮に伸びてゆく。寸前、舵を右に鋭く切り潮は敵の魚雷を躱す。それに続こうと舵を切った神風の行動は、しかしほんの一瞬遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、医務室の白いベッドの上だった。身体の節々が痛むが、大きな怪我をしている様子はない。してみると入渠はもう済んで修復は終わっているのだろう。寝間着姿で身体を起こし神風は自分をかばうように上半身を自分で抱きしめ、ぽつりと呟く。

 

 

「やっぱりなあ…」

 

 

 

 

旧型艦。

 

 

 

 

性能不足。

 

 

 

 

「駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ?」なんて日頃は息巻いて見せるものの、こんなことがあると思い知らされる。自分はやっぱり旧型艦で、ポンコツだ。最新鋭の艦娘たちには及ぶべくもない。最新の装備を貰ったって、変わらない。

 

 

「やっぱり、なあ…」

 

 

もう一度呟いてぎゅっと自分を抱きしめる。やがて、小さくしゃくりあげる音が医務室に響く。神風の閉じた瞳から涙ひと粒零れ落ち、ベッドの上に落ちて小さな染みとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桟橋にひとり座り込む。チョコケーキの包み抱きかかえながら。海に捨ててしまおうと持ってきたはいいものの、その踏ん切りもつかぬまま、神風は大きな包み両腕で支え座り込む。

 

 

「私も、最新鋭艦に生まれてきてたらなあ…」

 

 

呟いたところで詮無き想い、そもそもなぜ自分は艦娘に生まれてきたのだろう。ただの人間として生を受けたなら、こんな思いもしなかっただろうに。今まで考えたことのないことを考えながら、神風はひとり波間を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゃり、と小さな足音が響く。波音に消えそうなその音それでも捉え、神風はゆっくりと振り向く。そこにいたのは、白い軍服に身を包む、自分の上官。

 

 

「司令官…」

 

 

呟きながら立ち上がろうとする神風の動きを、提督は差し出した掌で止める。そのまま神風の隣に腰を下ろし、提督は神風ではなく波の方角に顔を向けながら謝罪の言葉を口にする。

 

 

「すまなかったな、神風…無理な出撃をさせた。」

 

「いえ、損傷は自分の実力不足からだから…」

 

 

無理に欠員を埋めなくても、いっそあの三人で出撃したほうがよかったのではないか。後詰めの第六駆逐隊が神風の救援と遭遇した敵哨戒戦隊の撃破を果たしてくれたとはいえ、第七駆逐隊の戦績としては負け戦だ。同僚駆逐隊の顔に泥を塗った格好になってしまったこと改めて思い知り、神風は目頭熱くなるのをまた感じる。

 

 

「どうして、私によくしてくれるの?私なんて、やっぱり旧式で司令官のお役には…」

 

「そんなことはない。」

 

 

俯きそうになる神風の動き止めるかのような提督の言葉、その言葉の主に神風は顔を向ける。神風の視線横顔で受け止めながら提督は言葉の続きを潮風に乗せる。

 

 

「みんな、この鎮守府にいるみんな、大切な仲間だ。誰ひとり、役に立たないなんてことはない。」

 

「………。」

 

「いや、これじゃキレイごと過ぎるな…」

 

 

そこで一度言葉を切り、姿勢を正して神風に顔を向けると提督は神風の大きな瞳まっすぐに見つめ言葉に力を籠め言い放つ。

 

 

「ここにいるみんな、大切な仲間だ。そして神風、君は―――」

 

「え…」

 

「―――俺の、大切な人だ。」

 

 

言葉が、視線が、神風を打つ。先ほどとは違う理由の涙が瞳満たし、それと同時に神風は悟る。

 

 

 

 

自分が、艦娘に生まれてきた訳は―――

 

 

 

 

自分が、この世に生を授かった訳は―――

 

 

 

 

―――この人に、会うためだと。

 

 

 

 

そして、護るためだと。この人を、この人の住む世界を。

 

 

 

 

旧式でも、ポンコツでも、それでもこの人を、この世界を護りたい。駆逐艦の実力は、スペックじゃない。きっと、この想いだけはどんな最新鋭艦にも深海棲艦にも負けない。それは、かけがえのない、決して負けない、たったひとつの想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザ…と波音が耳に響く。知らぬ間に、ふたり立ち上がっている。いつしか沈みかけた夕陽がふたりの姿桟橋に浮かび上がらせる。

 

 

「ところで神風…その包みは?」

 

「あ…」

 

 

言われてようやく思い出した。海に捨ててしまおうと思っていたチョコケーキ。その大きな包みを提督に差し出しだしながら、神風は少し目を伏せ小さく、しかしはっきりと口にする。

 

 

「司令官、これ、私からです。六連装発射管のお礼と…」

 

「わざわざ?そのお礼にしてはえらく大げさな…」

 

「…残りは、私の気持ちです。」

 

 

言い放ち、顔を上げ、うるんだ瞳をまっすぐに提督に向ける。少しぽかんとして見える提督の姿が愛おしい。言葉をどうつないでいいものかわからぬ様子の提督に代わり、神風が小さな言葉続ける。

 

 

「受け取ってくれますか?私の気持ちを…私、を」

 

 

提督の手が包みに伸びる。そのまま、包みを素通りする。大きく腕を広げ提督は、小さな神風を大きな包みごと抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの桟橋に波音が響く。海風がふたりの姿を撫でる。冷たい海風から庇うように神風の身体を抱きしめる。神風の、暖かな身体を抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ふたりの鼓動が、波音に重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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