うららかな陽光降り注ぐ鎮守府の中庭、ベンチにふんぞり返るように座る重巡洋艦娘とその前に正座して座る四人の駆逐艦娘たち。ちょこんと姿勢を正して第六駆逐隊の面々は摩耶の武勇伝に耳傾ける。
「で、あたしがいち早く敵機を見つけて艦隊に打電したわけだ。『敵機発見!』ってな。」
「「「「おおー…」」」」
「そして吠える20.3cm3号連装砲!敵編隊が次々とあたしの主砲の連射でコナゴナに!」
「「「「おおおー!」」」」
身振り手振りを交えて語る熱のこもった摩耶の言葉に第六駆逐隊は圧倒されながら聞き入る。隠せない称賛が駆逐艦娘たちの口から次々漏れる。
「レディよ!摩耶さんは、ホンモノの闘うレディだわ!」
「なのです!摩耶さんの闘志を見習わなくちゃなのです!」
「わ、わたしのことももっと頼っていいのよ…?」
「ハラショー」
第六駆逐隊の面々の尊敬のまなざし受けながら摩耶は「フフン」と鼻慣らしますますベンチにふんぞり返る。艦娘の中でも武闘派で知られる摩耶の面目躍如の時だった。
第六駆逐隊と別れ、摩耶は中庭をひとり歩く。と、別のベンチに座りなにやら手元の雑誌らしきものに目を落とす駆逐艦娘の姿が目に入る。
「荒潮、」
「あら~摩耶さん。こんにちわぁ~」
雑誌から目を上げ荒潮は摩耶に向けて笑顔見せる。「何読んでるんだ?」と問う摩耶に荒潮は手にしていた若い女性向け雑誌を広げたまま差し出す。荒潮の読んでいたページに目を落としながら摩耶は荒潮に声向ける。
「恋愛特集?お前も好きだなぁ、こーゆーの。」
「あらぁ~、恋は人生の大事なエッセンスよ~?」
「ふーん、お前にとっちゃそんなもんかね。あたしには無関係だな~…まあ恋の実戦の経験だったらあたしもお前もどっこいどっこいだと思うけど。」
「どーせ荒潮にも恋のアテなんてありませんよぉ~」
耳年増娘・荒潮がぷくっと頬を膨らませる。「ハハッ」と笑って荒潮をいなし、摩耶は荒潮に雑誌を返す。そのまま背中越しに手を振り荒潮と別れ、摩耶はまたひとり中庭を歩きながら独り言つ。
「恋、ねえ~…ひとりのオトコのことで頭がいっぱいになる、ってことだろ?」
頭の後ろで手を組みながら鎮守府にたくさんいる男性の顔を思い浮かべる。整備士、医官、警備兵、事務局員―――その中には摩耶の親しくしているものもいるが、どうもいまいちピンとこない。皆気のいい仲間ではあるが、「恋愛感情」とやらがそこに介在するかというと―――
「あとは…提督?」
呟いた途端、ボッ!と摩耶の顔が赤くなる。なんじゃこりゃ!?と思う間もなく鼓動が上がり顔がかっかと熱くなる。自分に起こった変化の正体見極められない摩耶の背後から落ち着いた声がかけられる。
「摩耶、」
「わあっ!?」
飛び上がりそうなほどに全身を突っ張らせて摩耶は振り向く。果たしてそこにいたのは、摩耶に正体不明の感情を湧き起らせた提督その人。
「お、お、お、お前か!いきなり声かけんじゃねえビックリするだろ!」
「上官をお前呼ばわりするなよ、相変わらず…ちょうどよかった、そろそろ会議だぞ。明日の作戦の。」
途端、摩耶の顔が引きしまる。口元に不敵な笑み浮かぶ。海戦、それこそが自分の存在意義。そう信じる摩耶の、早くも戦闘態勢に入った表情だった。
通商路に接近しつつある敵水上打撃艦隊の排除、それはスコールの中の壮絶な接近戦になった。両者機動力を最大限駆使し弾幕を避けながら一歩も引かなかった結果、相手の息がかかるような距離での撃ち合いとなった。ネ級の放つ砲弾頬を掠めるのを感じながら摩耶は艦列から飛び出しネ級に肉薄する。
怯むな。
怖気づくな。
相手の眼前に飛び出し20.3㎝連装砲を構える。ネ級の鼻先に砲身を突き出す摩耶の顔には鬼のような笑みが浮かんでいた。
傷だらけの艦隊が帰投したのはその日の夕暮れのことだった。コンクリの桟橋を歩きながら摩耶は満足げな声を出す。
「いや~きわどかったきわどかった、でもなんとか片付けたぜぇ~…」
「計算通りにはいかなかったわね…おもったより自軍の損害が大きかったわ。」
「ま、轟沈もなし、勝てばいいじゃん。」
ボロボロの制服と艤装身にまとい顔を硝煙ですすけさせながら、それでも摩耶は傍らの鳥海に言ってのける。ニヤニヤ笑いを浮かべながら歩き、さて艤装を外してもらって入渠すっかと伸びをしたところで後ろから声をかけられた。
「摩耶、」
「提督か…執務室にいるかと思った。ご覧の通り、摩耶様ただいま帰還したぜ。」
「隊列をひとり飛び出したそうだな。」
その厳しい口調と声に、どうも不愉快なことがこれから起きそうだと摩耶は顔をしかめる。果たして提督は摩耶に鋭い声で説教する。
「鳥海からそんな指示は出なかったはずだ。危険な作戦行動を独断でするな。」
「め、目の前に仕留められる敵がいたんだからそうするだろ普通!」
「自分の安全を第一に考えろ…お前ら艦娘は、人類の希望だ。人数も限られているし替えも効かん。ひとりたりとも失うわけにはいかんのだ。」
不貞腐れた表情浮かべる摩耶の言葉待つこともなく提督は身をひるがえしその場を離れる。遠ざかる背中睨みつける摩耶の唇から絞り出すような声漏れた。
「…クソが!」
その翌日、傷の癒えた身体で摩耶は鎮守府の廊下を歩く。この前のことが今でも納得いかない。「自分の安全を第一に」と提督は言うが、戦いの定めに生まれたものとしてそれでは示しがつかないではないか。己の身を投げ出してでも倒さねばならない相手があるというのに―――
―――考えながら廊下の角を曲がったとき、出合い頭に提督と遭遇した。
「あ。」
思わず声に出してからプイっと顔をそむける。分かりやすいリアクションをする摩耶に静かな表情変えぬまま提督は声をかける。
「なんだ、昨日のことを怒っているのか?」
「…あったり前だろ。」
顔をあげ、摩耶は拳握って提督に向かって食ってかかる。
「あたしは…あたしたちは艦娘だぜ!?生まれた時から闘うのが使命だ!自分の命を惜しんでたら、務まるものも務まらねえんだよ!」
顔を真っ赤にして怒る摩耶の姿に向けて提督はふぅ、と小さくため息ひとつつき、摩耶に向かって問いかける。
「摩耶、お前たち艦娘はなぜ娘の姿をもって生まれてきたんだと思う?」
「な…!し、知るかよ、そんなこと!おおかた神様の気まぐれか…」
「幸せになるためだ。」
提督の断定、その言葉に摩耶は続く言葉失う。握った拳から力抜いて提督をほけっと見つめる摩耶に提督は続く言葉向ける。
「そのためには、お前らは生き続けなければいけない、生き続けて、幸せにならなければいけない。」
「………。」
「そして、摩耶を幸せにできるのが自分だったらいいと俺は思っている。」
「……!」
朴念仁の摩耶でも意味を取り違えようのないその言葉、そう、これは愛の告白だ。いきなりの事態についていけず言葉を探す摩耶の顔が火照っていく。ドキドキと上がる鼓動の感触は、戦場での武者震いとは全く違う感覚で、でもそれは不快ではなくて、いやそれどころか―――
―――俯き、染まった顔を提督から隠すようにしながら摩耶は小さく呟く。
「…あたしを、幸せにしてくれるのか?」
「機会を与えてくれるなら、約束する。」
「約束だぞ?」
手を伸ばし、提督の制服をつまむ。提督の手が、摩耶の頭に乗せられる。暖かな感触感じながら摩耶は提督のつま先に向かってまた呟く。
「あー…やっぱ、いいや。先の約束なんて、しなくていい。」
呟きながら顔を上げ、提督の瞳を見つめ摩耶はひとこと添える。
「だって、あたしは今こんなに幸せだから。」
そう言いながら摩耶が浮かべた微笑みは、今まで摩耶が見せたことのない柔らかな笑みだった。
了