艦娘恋物語   作:青色3号

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阿武隈の場合

提督の机に両肘をついて顎を支えながら阿武隈は提督に悪戯っぽく問う。

 

 

「阿武隈の漢字、覚えてくれました?」

 

 

しゃちほこばった表情を作って提督は頷く。ならば、と阿武隈は机に置いてあったメモ帳と万年筆を提督の前に滑らせて言う。

 

 

「書いてみて?」

 

 

万年筆を持ちすらすらと筆を走らせる。流れるような文字がメモ帳に浮かぶ。

 

 

【阿武熊】

 

 

「んんっ!違います!」

 

 

ぷくっとほっぺたを膨らませて阿武隈はむくれる。提督の手から万年筆を奪うと、提督の文字の隣に書きなぐる。

 

 

「こうです、こう!」

 

 

阿武隈、と記された少女らしい丸っこい筆跡が提督の書いた武骨な阿武熊という文字に並ぶ。そのふたつを見比べるようにして提督は少々わざとらしく頷く。

 

 

「そうだったな、この字か。」

 

「もーう、ちゃんと覚えてくださいよ。これで何回目ですか?」

 

 

手を後ろ手に組み提督の前に立ち、怒ったような困ったような瞳を阿武隈は提督に向ける。何度か繰り返されたことのある恒例行事、これもまた鎮守府のささやかな日常のひとつだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前を覚えてもらえない。

 

 

少なからずショックだ。自分の名前が簡単だとは思わないが、そんなに極端に難しいとも思わない。他にも名前の漢字が難しい艦娘はたくさんいるのに…開け放たれた鎮守府本館の廊下の窓に腕を乗せ秋空見上げながら、阿武隈はおおげさにため息を吐く。

 

 

「はあ~あ…」

 

「どうしたの、阿武隈?そんなおっきなため息ついて。」

 

 

その声に振り向くとそこにいたのは赤い髪を短くまとめた艦娘の姿。姉妹艦・鬼怒。書類を小脇に通りがかったらしい鬼怒の何かを問いかけるような表情に阿武隈は向き直ると素直に話す。

 

 

「提督に、あたしの名前の文字覚えてもらえなくて…」

 

「え?阿武隈の文字?」

 

 

そう、と小さく頷く。その答えに不思議そうな表情を鬼怒は浮かべる。小脇に抱えてた書類を一枚抜くと、鬼怒はその書類が阿武隈にも見えるよう阿武隈の隣に身体を寄せる。

 

 

「これ、今書いてもらった書類なんだけどね?」

 

 

そこには見慣れた提督の武骨な文字で『阿武隈』とはっきり書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バン!と勢いよく提督執務室の扉を開き阿武隈は声荒げる。

 

 

「てーとく!」

 

 

噛みつきそうな表情見せて現れ、つかつかと自分に近づく阿武隈の姿にさすがに虚を突かれたような表情提督は浮かべる。机についた提督の目の前まで歩み寄り、阿武隈は提督に食ってかかる。

 

 

「てーとく、阿武隈の漢字書けるんじゃないですか!なんなんですかなんなんですか、あたしをからかったんですかあ!?」

 

 

ちょっとオーバーリアクションにも思える阿武隈の姿を提督はぽかんと見つめていたが、やがてにやりと笑うと両手の上に顎を乗せ簡単に応える。

 

 

「うん、からかった。」

 

「ちょ、そんなはっきり…!」

 

「阿武隈の反応がかわいくて、つい、な。」

 

 

ボッ!と阿武隈の顔が紅潮する。バクバクいう心臓の訳もわからないまま阿武隈は言葉失う。「あう、あう」と意味不明な呻きともつかない声を漏らす阿武隈に提督はさらに言葉続ける。

 

 

「いやー、阿武隈ってかわいいからついついからかいたくなっちゃうんだよな。」

 

「あう…へ、ヘンなこと言わないでくださぁい!」

 

「本音だぞ?」

 

 

それ以上は限界だった。反撃の言葉を探そうとして口をぱくぱくさせ、そんなもの見つからず、D敗北した阿武隈はくるりと背中を提督に向けるとそのまま執務室を駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またも廊下の開け放たれた窓に組んだ腕を乗せ阿武隈は秋空を見上げる。「かわいい」といきなり言われたことに動揺してしまったが、少し落ち着いてみればそんなに驚くほどのことではないのかもしれない。ただ、慣れない言葉を聞いたからびっくりしてしまっただけなのだ。

 

 

「かわいい、なんて言われたことないからなあ…」

 

 

言っとくが阿武隈は美少女だ。確実に道行く殿方を振り向かせるだけの美少女だ。しかし美女美少女揃いの艦娘たち、とりたてて阿武隈だけを取り上げて美少女だなんだと騒ぐものもなく、阿武隈も自分の美貌には無自覚なままだった。

 

 

「ん?あぶぅ?」

 

 

謎の呼ばれ方をされてそちらに顔を向ける。三つ編みおさげの艦娘が明るいロングヘアの艦娘を伴ってこちらに歩いてくる。

 

 

「あ、北上さん…」

 

 

正直、ちょっと苦手な相手だ。それでも顔を見て逃げ出すほどでもない。そんな阿武隈に北上は近づくと、阿武隈の前髪をひと房つまんで声向ける。

 

 

「こんなところでなにやってるのさ、物思う秋?」

 

「ちょ、やめてください北上さん…」

 

 

前髪を北上に触られるのも苦手だが、もっと恐るべきは北上の隣で殺気ばしったオーラを迸らせる雷巡娘の存在だ。大井の心中どこまで察しているのか、北上は阿武隈の前髪を解放すると頭の後ろで腕を組んで笑い声上げる。

 

 

「あははー、なんかかわいいね、あぶぅは。」

 

 

「な!」とカエルが潰されたような声を大井があげる。わなわなと震えながら大井は震え声唇から漏らす。

 

 

「き、北上さんが他の女をかわいいって、かわいいって…」

 

「ん?なに震えてるの大井っち?大井っちもかわいいよ?」

 

「え、え?ほ、ほんとですか北上さん?エヘヘ、北上さんが私のことかわいいってかわいいって…」

 

 

頬を両手で覆いくねくねと身を捩らせる大井をぼんやり見つめながら阿武隈は別のことを思う。

 

 

 

…いまあたし、「かわいい」って言われたよね。

 

 

 

別に何も起こらない。

 

 

 

顔は爆発しそうにならない。

 

 

 

心臓はばくばくうるさく鳴らない。

 

 

 

自分は、驚くほど冷静だ。

 

 

 

さっき提督に「かわいい」と言われた時とはまるで違う、自分はなんでこんなに落ち着いているのだろう…いや、なんでさっき提督の前ではあんなに動揺したのだろう。その答えが胸の奥に潜んでいる気がして、それを知るのが怖い気がして、阿武隈は胸にそっと手を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭のベンチに腰を下ろし足元を見つめ、阿武隈はひとり物思いにふける。といっても考えていることはまとまらない。自分の想念持て余しながらつま先をぶらぶらさせる阿武隈に頭上から声が降る。

 

 

「阿武隈?」

 

「五十鈴、」

 

「どうしたの、こんなところで考え事?」

 

 

隣に腰を下ろす五十鈴に俯かせた横顔見せたまま阿武隈はぽつりぽつりと語りだす。

 

 

「さっきね、提督にいきなり『かわいい』って言われたの。」

 

「へ、へえ~、ストレートね。」

 

「うん、顔真っ赤になっちゃって心臓ドキドキしちゃって…でね?そのあと北上さんにも『かわいい』って言われたの。」

 

「ふーん…」

 

「でもね?提督の時と違って、ドキドキもバクバクもなかったの。なんでかな?」

 

 

唖然、という表情を五十鈴は浮かべる。そんな五十鈴に阿武隈は不安そうな顔向ける。この疑問の答えを知ることが、なにか大きな扉を開いて未知の感情を呼び起こしてしまう、そのこと感覚的に知りながら。それでも、この問いに答えを出さなければならないと思いながら。

 

 

じっとこちらを見つめる阿武隈に五十鈴は阿武隈には意味の分からない助言をする。

 

 

「阿武隈、今から私の言うとおりにやってみなさい。」

 

「え?五十鈴の言うとおりに?」

 

「あのね?…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、阿武隈は提督執務室を訪れる。秘書艦の姿はなく、机に向かう提督の姿があるだけだ。遠慮がちなノックの後で姿を現す阿武隈を見やる提督に向けて阿武隈は歩を進めながら、五十鈴に言われた通りの言葉提督に向ける。

 

 

「提督、あたしと握手してもらえませんか?」

 

「え?」

 

 

不思議なリクエストだが難しいことではない。提督は椅子から立ち上がると阿武隈の目の前に近づく。そのまま無造作に右手を差し出し阿武隈に答える。

 

 

「構わんぞ、ほら。」

 

「あ、はい…」

 

 

差し出された手を阿武隈は取ろうとして、

 

 

 

 

途端、激しい鼓動の響きに襲われる。

 

 

 

 

なにこれ!?と思っても一度上がった脈拍は治まらない。顔がかっかと熱くなる。足がガクガクと細かく震え、まっすぐ立っているのもやっとの有り様だ。

 

 

「阿武隈?」

 

「あ、あたし的にはOKです!」

 

 

大丈夫です、の代わりにそんな言葉が口をついて出る。ほてる頬を持て余しながら阿武隈はようやく悟る。

 

 

 

 

提督に「かわいい」と言われて動揺したのは――――

 

 

 

 

今、提督の手を握る勇気が出ないのは――――

 

 

 

 

それは、あたしがこの人を――――

 

 

 

 

提督の差し出された手に、不器用に半端に自分の手を伸ばしながら阿武隈は初恋の意味を知る。手を握り返してくるでもなく硬直してしまった阿武隈をしばらく提督は見つめていたが、いきなり手を伸ばすと阿武隈の白い手を包み込んでしまう。

 

 

「ひゃ!?」

 

「柔らかいな、阿武隈の手は。」

 

 

もう心臓は爆発寸前だ。握られた掌が身体の中心になってしまったかのようだ。ぎゅっと目をつぶって鼓動が早鐘を打つのをやり過ごす。急いで逃げ出したいような、このままずっと手を握っていてもらいたいような、相反する感情が阿武隈を襲う。

 

 

 

それでも、時は過ぎ去っていく。提督の手が阿武隈から離れる。ほっと息をつきながらも、寂しいような感覚も覚えて、ようやく阿武隈は目を開く。

 

 

 

瞳に映り込むのは見慣れた提督の笑顔。今しがた自覚した、自分の初恋相手。その姿をほうっと見上げる阿武隈に提督は穏やかな声向ける。

 

 

「阿武隈も、手を握られるとそんな顔するんだな…初めて知った、阿武隈の顔だ。」

 

「あ、あたしも…初めて知った…」

 

「もっとこれから、いろんな阿武隈を教えてくれるかな?とりあえず、名前の漢字から。」

 

 

悪戯っぽくそんなことを言う提督の顔をほけっと阿武隈は見つめる。やがて、阿武隈に満開の笑顔の花が咲く。

 

 

「あたし的には、ウルトラOKです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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