艦娘恋物語   作:青色3号

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夕張の場合

溶接機が青い炎を細く吐く。その炎が消える。フェイスガードを外して夕張は橙色のツナギを着た身体を起こすと明るい声あげる。

 

 

「よし、改修完了!」

 

 

後ろを振り向き夕張はそこにいるこれまた作業中の僚艦に声をかける。

 

 

「明石、そっちはどう?」

 

「ちょっと待って、もうちょっと…できた!」

 

 

作業台を前にして明石が華やいだ声を出す。その隣まで近づくと夕張は作業台の上の改修済みの20.3㎝連装砲3号を満足げに見つめる。その夕張に向けて明石は自慢げに改修の結果を伝える。

 

 

「命中精度は変わらぬままに威力を大幅向上したわ…我ながら、自信作!」

 

「こっちの6連装魚雷発射管もいい感じよ。」

 

 

工廠の一角でふたりの艦娘は顔を見合わせ笑顔見せる。およそ工具とは縁のなさそうなうら若き乙女たち、しかし彼女たちこそがこの鎮守府の戦力増強のひとつの要なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツナギの恰好のまま寮の自室に夕張は戻る。ドアを開けたところで夕張は部屋の一角のインクジェットプリンタの前でルームメイトの由良がごそごそ動いているのに気づく。

 

 

「由良、何してるの?」

 

「ああ、夕張…プリンタのインクが切れちゃって。買い置きしてなかったのよ、困ったな。」

 

「ふ~ん…明日まで待ってくれれば私明日公休日だから買ってくるわよ。」

 

「え、いいの?」

 

 

思わず声を高くして由良は夕張に顔を向けるがすぐに申し訳なさそうな顔をする。

 

 

「でもせっかくのお休みなのに悪いよ。」

 

「いいのよ、私も久々にいろいろ新商品見てみたいし。」

 

 

最新のIT機器や電化製品に目のない夕張、その夕張の期待するような表情に由良はここは素直に夕張の言葉に甘えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制服に着替えて夕張は鎮守府本館の廊下を歩く。装備の改修結果を秘書艦の長門に伝え終え、間宮で甘味でもお腹に入れようかと考えながら。と、廊下の向こうからこの鎮守府の最高司令官が近づいてくる。

 

 

「夕張か、入れ違いになったな。」

 

「提督、今長門さんに先ほど終えた装備回収の報告をしました。」

 

「ご苦労。」

 

 

会話を交わしながらお互い近づき、相手まであと一歩のところで立ち止まる。

 

 

「明日は君は公休日だったな。」

 

「ええ、由良にお買い物を頼まれてます。」

 

「外出か…俺も、つきあっていいかな?俺も明日公休なんだ。これと言って予定もなくてな。」

 

 

トクン、と心臓が跳ねる。「はい、もちろん」とお返事する。上がる鼓動の理由もわからぬまま夕張はその鼓動抑えようとするかのように握った手を胸にあてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紺の薄手のセーターにオレンジのショール、いつもと違う下ろした髪に大きめの帽子を乗せ夕張は鎮守府の正門に立つ。やがてほどなく紺のジャケットにベージュの綿パン姿の提督が現れる。初めて見る私服の提督の姿、その姿をほけっと眺める夕張に提督が声を向ける。

 

 

「私服の夕張は初めて見るな…新鮮だな。」

 

「あ、提督も…」

 

 

「お似合いですよ」とか何か気の利いた言葉でも言えればよかったのだが、夕張にはぼんやりと提督を見上げることしかできなかった。そのことに別段不満持つでもなく、提督は夕張を誘い歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の最寄り駅から2駅離れた家電量販店でのお買い物はすぐ済んだ。せっかくの提督とのお買い物があっさり終わってしまうのが残念な感じがする―――残念?なんで?

 

 

自分でもわからない感情を持て余しながら、隣を歩く提督を強く意識しながら、夕張は量販店の店内を歩く。その夕張には顔を向けぬまま提督は軽く口にする。

 

 

「せっかくのデートがこれで終わりじゃ味気ないな…どこか、寄るか?」

 

 

ドクン!と心臓が大きく跳ねる。思わずとっさに口にする。

 

 

「いえ、今日はまっすぐ…」

 

「そうか、残念。」

 

 

言った途端、後悔する。なぜ後悔するのかわからないまま後悔する。なにか大きな機会を逃してしまったのがわかって、夕張は言葉を取り戻す方法を探る。しかしそんなものは当然見つからず、唇をきつく噛み締める。そんな夕張の視界に、店の一角に並んだ電子ピアノが映り込む。

 

 

なんとなく近づき、指を鍵盤に置く。軽く押し込むとポーンと澄んだ音が響く。いつも兵器や工具を握ってばかりで楽器など扱うことのない自分の手、その指が二度、三度電子ピアノの鍵盤を叩く。電子の響きを耳にしながら提督が夕張に話しかける。

 

 

「ピアノか。」

 

「ええ、弾ける曲はないですけれどね…ピアノなんて初めて触るし。」

 

「戦争が終わったら、習ってみるのもいいんじゃないか?」

 

 

驚いたように提督を振り向く。あまりに意外な言葉を聞いたような気がして。今、提督はなんと言っただろう。

 

 

 

―――戦争が、終わったら。

 

 

 

その言葉がなんだかひどく重い言葉に感じられて夕張はそっと目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何日か後、夕張はいつもの制服姿で書類の束を小脇に鎮守府本館の廊下を歩く。廊下の向こうから妹分の駆逐艦娘がこちらに歩いてくるのが見える。

 

 

「五月雨ちゃん、」

 

「ああ、夕張さん。」

 

 

夕張の前で立ち止まり五月雨は素直な笑顔見せる。その無垢な笑顔に吸い寄せられるように、夕張はここ数日心の奥に澱のように溜まっていた問い発する。

 

 

「ねえ、五月雨ちゃん…この戦争がおわったら、どうする?」

 

「え?戦争が終わったら?…うーん、あまり考えたことないなぁ…でも早く終わるといいですね、戦争。」

 

 

笑顔を広げてそんな台詞を言う五月雨に虚を突かれ夕張は「そうね」とたどたどしく返事する。そう、戦争が終わるのは喜ばしいことのはずなのだ。なのになぜ、自分はこんなに不安になっているのだろう?その問いに答え見つけられぬまま夕張はそっと片手を胸にあてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月雨と別れて提督執務室の前まで来る。軽くノックをして扉を開ける。秘書艦の長門の姿はなく、執務机を前に書類に目を落としていた提督が顔を上げる。

 

 

「提督、この間の改修装備の性能試験の結果報告書です。」

 

「ああ、ご苦労。そこに置いておいてくれ。」

 

 

言われて机に近づきその上に書類の束を置く。そのまま立ち去ればいいだけだったが、なぜかその場を去りがたく、夕張はまた書類に目線を落とす提督に問いかける。

 

 

「提督、この戦争が終わったら私たち艦娘はどうなるのですか?」

 

「ん?はっきりと決まっているわけじゃないが…まあ、一般社会に合流するんだろうな。夕張なんかは高校あたりに通うことになるんじゃないか?」

 

 

言われてもピンとこない。高校に通う自分が想像できない。想像できないまま、広がる不安感に襲われて、その不安感の正体分らぬままに夕張は言葉続ける。

 

 

「…提督は?」

 

「俺?海軍に残るよ。他に、知らないしな。」

 

 

私も、と咄嗟に言いかける。言いかけて、言葉を封じ込める。それは口にしてはいけない言葉。自分の、わがままになってしまう言葉。

 

 

「…失礼します。」

 

 

敬礼して提督に背中を向ける。背を向けた途端、涙がひと粒頬を伝う。提督に見られなくてよかった、と思った。涙の理由を聞かれても、答えることができないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桟橋に座り込み、膝の間に顔を埋める。嗚咽が漏れぬよう、きつく膝の間に顔を埋める。戦争が終わったら―――その意味するところが、やっと分かった。戦争が終わったら、提督と離れ離れになってしまう。もう提督と会えなくなってしまう。

 

 

だからと言って、永遠の戦いを願うわけじゃない。そんなこと、願うわけがない。静かな海を取り戻したくて、そのために日々を戦いに捧げて、いつか平和な日々が戻ることを信じて―――

 

 

それなのに―――

 

 

「こんなのって、ないよ…」

 

 

戦いが終われば、待っているのは愛する人との別離。別れる宿命と知って、その時になって初めて自覚した自分の恋との別れ。皮肉にも別れの運命を悟ったときに気づいた。私は、提督が好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃり、と桟橋を踏む足音が響く。静かに夕張は顔を上げる。泣きはらした顔で振り向くと、近づいてくるのは自分の想い人。戦争が終われば、悲願が果たされれば、会えなくなってしまう想い人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督は夕張の隣に腰を下ろす。夕張の涙の理由は聞かぬまま。そのまま、幾何かの時が流れる。夕陽が水平線を橙に染める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけの時がたっただろう、水平線を見つめたまま提督が呟く。

 

 

「戦争が終わったら、か…改めて考えたことはなかったな。」

 

 

その横顔を膝を抱えながら夕張は見つめる。その夕張の視線頬のあたりに受け止めながら提督は言葉続ける。

 

 

「深海棲艦にうち勝って、君たち艦娘を無事に社会に送り出して…それで終わりだと思っていた。」

 

「それで終わりじゃ、いやです。」

 

 

提督の言葉にかぶせるように言い放つ。小さくも、はっきりとした響きで。その夕張に顔を向け、提督はさらに言葉をつなげる。

 

 

「うん、俺も困る…夕張が、隣にいてくれないのは困る。」

 

 

思わず目を大きく見開く。言葉が胸に直接届く。新たな涙瞳を濡らすのを感じながら夕張は提督に座ったまま向き直り言葉紡ぐ。

 

 

「隣にいさせてください…いつまでも、隣にいさせてください。私は、提督のそばにいたい…戦争が終わっても、この世界が終っても。」

 

 

ゆっくりと提督の手が夕張に伸びる。そのまま、掌が夕張の頭を包み込む。夕張の髪を撫でながら提督は夕張に問いかける。

 

 

「戦争が終わったら…ピアノ、習うのか?」

 

「ええ…戦争が、終わったら。」

 

 

もう不安感はない。戦争が終わっても、何が変わっても、一番大切なものは隣にいてくれると知ったから。自分の頭を優しく撫ぜる感触に身を任せながら夕張は提督をまっすぐに見つめる。自分の、隣にいてくれる人を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽が水平線の向こうに消えた。星空が、ふたりを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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