艦娘恋物語   作:青色3号

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朝潮の場合

水柱が波間に何本も立つ。炸裂音が大気を震わす。敵の集中砲火の中、砲撃の手を止めた荒潮が朝潮に振り向き叫ぶ。

 

 

「朝潮ちゃん、撤退命令が出たわ!撤退よ!」

 

 

それほど大規模でない敵哨戒部隊の迎撃戦、そのはずだった。しかし味方の偵察部隊はその背後に控える水上打撃部隊を見落としていた。数も戦力も比べ物にならない敵との絶望的な戦闘に、しかし朝潮は果敢に立ち向かい手にした12.7㎝連装砲を吠えさせる。

 

 

「朝潮ちゃん!」

 

 

しかしここが潮時だ。荒潮に振り向き、退路を断たたれないうちにと機関を増速させる。と、敵魚雷の雷跡が自分に迫ってくるのが見えた。爆発音と衝撃、朝潮の世界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、医務室のベッドの上だった。

 

 

「朝潮!」

 

「しれいかん…」

 

 

自分をのぞき込む司令官の切羽詰まった表情につられるように朝潮は身体を起こそうとする。上半身を起こしたところで眩暈がして思わず頭を手で押さえる。

 

 

「ああ、無理はするな…今目を覚ましたばかりなんだ。」

 

「司令官、ごめんなさい…朝潮、一生の不覚です。」

 

「謝る必要はない。」

 

 

と、朝潮は下半身の違和感に気づく。左脚のあるはずのところの毛布が頼りなげに沈んでいる。毛布をめくり、朝潮は自分の左脚の膝から下が切断されていることを知る。

 

 

「すまない、朝潮…損傷が酷く、そうするしかなかった。」

 

「そうですか…大丈夫ですよ、入渠を繰り返せばまた元に戻ります。」

 

「…そうなのか?なぜ、わかる?」

 

「わかるんです、なんとなく。」

 

 

人に似て人に非ざる自分の身、そのことを改めて自覚して朝潮は寂しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝潮の乗る車椅子を荒潮が押す。ゆっくりと車椅子が鎮守府の中庭を進む。桜の花びら舞う中を、朝潮と荒潮はゆっくりと進む。

 

 

「朝潮、荒潮。」

 

「司令官。」

 

「あら~、提督。」

 

 

前から姿を現し自分たちに声をかける提督にふたりはそろった返事を返す。車椅子の上でピシリ!と敬礼を返す朝潮と見かけのわりに妖艶な微笑み向ける荒潮。そのふたりに軽く頷くと提督は制服姿で車椅子に座る朝潮の脚に目をやる。ふくらはぎの半分くらいまで再生した朝潮の脚を。

 

 

「驚いたな…本当に戻ってきた。」

 

「はい、もうしばらくすれば元通りですよ。」

 

 

複雑な表情を提督は見せるが、朝潮たちに近づくと荒潮をそっとのけて車椅子のハンドルを握る。

 

 

「そうはいってもしばらくは不自由だろう…なにかあったら遠慮なく言うといい。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 

朝潮の返事に頷き提督は車椅子を押す。キィ、と音を立てて車椅子が動き出す。桜の舞い散る中を進みだすふたりを荒潮はそっと見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はらはらと花びらの舞う中を、朝潮を乗せた車椅子は進む。自分の力でなく進む自分の身体を感じながら朝潮は頭上の桜を見やる。

 

 

「…こんな時間を過ごすのは初めてのような気がします。」

 

「ああ、朝潮も忙しかったからな。」

 

「私たち艦娘も、こんな時間を過ごすことができるのですね。」

 

 

車椅子を押していた提督の歩みが止まる。朝潮の背後から提督が声をかける。提督自身、何を言っていいのかわからぬまま。

 

 

「なあ、朝潮…」

 

「司令官!」

 

 

ぱっと顔を振り向かせ朝潮は笑顔を提督に向ける。

 

 

「そんな声、出さないでください!朝潮は、司令官のお役に立てるのが嬉しいんです!だから、この脚もすぐに治してしまいますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからひと月、朝潮は自分の脚で提督執務室の床にすっくと立つ。誇らしげに幾分胸を張りながら。

 

 

「司令官、朝潮、戦線復帰です!リハビリの結果も上々です!」

 

 

ああ、と生返事を返しながら提督は改めて艦娘の回復力に舌を巻く。きれいな敬礼を自分に向ける朝潮に提督は少し戸惑いながら朝潮に向けて下命する。

 

 

「そうはいってもまずは慣らし運転からだな…しばらくは、遠征任務を中心に頼む。」

 

「はい!この朝潮、遠征でも輸送でも司令官のご命令に従う覚悟です!」

 

 

桜の下で浮かべた笑顔、その笑顔をまたも顔に広げながら朝潮は勢い込む。その朝潮の様子にようやく提督の顔にも微笑みが戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラム缶をいくつも引っ張りながら海上を進む荒潮がぼやく。

 

 

「精鋭第八駆逐隊がドラム缶輸送なんてねぇ~…荒潮、ちょっとすねちゃう。」

 

「まあまあ、たまにはこんな任務も気楽でいいじゃない。」

 

 

満潮になだめられながらも荒潮の膨らんだほっぺたは戻らない。一方ふたりの後を追う大潮は「ドラム缶輸送でも、アゲアゲです!」といつも通りの元気さだ。その隊列の先頭で朝潮は周囲に気を配る。その視線が、波間の一点に集中する。

 

「敵水雷戦隊、捕捉。」

 

 

朝潮の短くもはっきりとした報告に残る三人の視線も動く。波間をこちらとすれ違う形で進むのは、ヘ級を旗艦とした小規模な深海棲艦の戦列。

 

 

「深海棲艦の哨戒艦隊ね~…でもこちらには気づいていないみたいだし、無視していいんじゃない?」

 

 

荒潮の言葉に満潮が頷く。と、その表情が強張る。哨戒艦隊と思ったのは前衛艦隊、水平線の向こうから禍々しいオーラを放ちながら戦艦タ級を中軸とした敵水上打撃艦隊が近づいてくる。

 

 

「まずい…反転、この海域を離れるわよ。」

 

 

満潮の言葉に、しかし朝潮は反応しない。と、朝潮の機関が増速する音が響く。何を思ったか朝潮は、敵主力艦隊に向けて舵を取る。

 

 

「ちょ、朝潮!」

 

 

大潮が一番早く反応した。朝潮に追いつき、朝潮の腕を掴みその動きを止める。「どうしちゃったんですか、朝潮ちゃん!」と叫ぶ大潮の声は、しかし朝潮には届いていないらしく、朝潮は海域を離れていく敵主力艦隊を目で追いかけるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ!」

 

 

提督の怒声が提督執務室に響く。その剣幕に、秘書艦の陸奥もさすがに身を竦める。朝潮の方はというと、哀れにも全身を震わせながらきゅっと目をつぶって提督の爆撃に耐えようとしている。

 

 

「遠征用の装備で、それも駆逐隊だけで敵主力水上打撃艦隊に立ち向かうつもりだったのか!?暴挙の一言で言い表せるようなことじゃないぞ!」

 

 

ダン!、と机を拳で叩きつけ提督は滅多に見せない激情を表す。しかし朝潮は目をつぶり身体を固くしたまま無言のままだ。提督は怒りを表情からひっこめると、困ったような顔をして背もたれに一度身を預け先ほどよりはだいぶ柔らかい声で朝潮に問いかける。

 

 

「なあ、朝潮…お前なら、お前の取ろうとした行動がいかに無謀かわかるだろ?どうしたんだ、お前らしくもない。」

 

「司令官に…」

 

 

ようやく漏れた囁きに提督は「ん?」と首を傾げ先を促す。ようやく開いた目を床に向けながら朝潮は涙声で小さく囁く。

 

 

「また、怪我したら…司令官に、優しくしてもらえるかと…お慕いする司令官に…そんなことを、思ってしまって…」

 

 

あらあら、と陸奥が口に手を当てて呟く。提督はどんな顔をしていいものかわからず椅子に座りなおす。しばらく提督は言葉を探していたが、なにも思いつかないまま朝潮から目を逸らして簡単に言う。

 

 

「もういい…退出しなさい。」

 

「はい、失礼いたします。」

 

 

敬礼ひとつ残して朝潮は執務室を離れる。敬礼を捧げたとき、その頬に涙が伝っていたのを提督も陸奥も知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭にひとり、朝潮は立つ。潮風を髪に受けながら。海からの風が自分の髪をなびかせるのを感じながら朝潮はひとり埠頭に立つ。

 

 

 

後ろから人の近づく気配がする。でも、朝潮は振り向かない。振り向いたらその人がいなくなってしまう気がして、朝潮はその場から振り向けない。

 

 

 

提督はそっと朝潮の後ろに立つ。その手が、朝潮の頭に乗せられる。ゆっくりと朝潮の頭を撫でながら提督は朝潮に穏やかな言葉を向ける。

 

 

「別に、怪我なんかしなくても優しくはしてやれるさ…こんな感じじゃ、不満か?」

 

「いえ、十分です…」

 

「すまないな、朝潮も女の子なのにな。気遣いが、足りなかったようだ。」

 

「謝らないでください。」

 

 

勢いよく朝潮が振り向く。その弾みで、提督の手が朝潮の頭から離れる。所在なげに片手を空中で彷徨わせる提督に朝潮は切羽詰まった声を向ける。

 

 

「司令官は、いつも優しいです…いつも、朝潮たちに優しいです。悪いのは朝潮なんです…もっともっとと、より多くを望んでしまう朝潮が。」

 

 

言葉は涙に姿を変え、朝潮の頬を流れる。その涙の筋を指で掬いながら提督は静かな目を朝潮に向けて語る。

 

 

「俺も、もっともっと朝潮に優しくしてやりたいと思ってるよ。」

 

「………」

 

「当然じゃないか、好きな子に優しくしてやりたいと思うのは。」

 

 

朝潮の瞳が大きく見開かれる。心臓がうるさく鳴り始める。頬を赤く染める朝潮に向けて提督はさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「だから、無茶はしないでくれ…沈まないで、くれ。そう約束してくれれば、いつも優しくするから。いつまでも、朝潮の隣にいるから。」

 

「約束…はい!約束は…」

 

 

片手を胸に当て、提督をまっすぐに見上げながら朝潮は涙に濡れる笑顔を咲かせ提督に告げる。

 

 

「司令官との大切な約束、必ず守り通す覚悟です!」

 

 

一陣の潮風が吹いた。風が、朝潮の長い髪を大きく靡かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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