艦娘恋物語   作:青色3号

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秋雲の場合

深夜の駆逐艦娘寮、少女の叫びが響き渡る。

 

 

「あーっ!描けない描けない描けない描けない!あーっ!まーにーあーわーなーいーっ!!!」

 

 

椅子にのけぞり頭上で腕をぶんぶんさせて秋雲は描きかけの原稿を前に嘆きわめく。秋雲の後ろでちゃぶ台に鎮座しぺたぺたトーンを貼る巻雲がごもっともなツッコミ入れる。

 

 

「叫んでるヒマがあったら手を動かしたら?叫んだって原稿は進まないよ?」

 

「そんなこと言ったって思うように描けないのよー!」

 

「いっつもそんなこと言ってるじゃない…うーわ、このコマえぐぅー…」

 

 

えろビームがページから飛び出してきそうなコマを見て巻雲の顔がしかめられる。気を取り直してトーンを貼りながら巻雲は声だけ秋雲に向ける。

 

 

「それにしても片っ端から駆逐艦娘をえろ同人のネタにするのもうやめたら?こないだの本、荒潮本だったでしょ。荒潮、アレひょんなことから読んじゃってギャン泣きしてたよ?」

 

 

途端、秋雲がそれまでの叫びを引っ込めてくるっと椅子の上で反転し、背もたれに抱き着く格好で巻雲に向かって華やいだ声出す。

 

 

「え、ウソ、あの荒潮がギャン泣き?うわー、見たかったなぁー、ギャップ萌えだわそれ」

 

「…秋雲、あなたいつか刺されるよ?」

 

 

はあ、とため息つきながらそれでも巻雲はトーン貼り作業続ける。作業する手は止めぬまま巻雲はごもっともなツッコミまた秋雲に入れる。

 

 

「それより原稿いいの?時計の針は進んでるよ?」

 

「あーっ!そうだった!うーわー!まーにーあーわーなーいー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんないつもの修羅場も無事通り越し秋雲はめでたく脱稿の日を迎える。データを印刷所に送って、とりあえず手元のプリンタで印刷した新作を胸に抱え秋雲はご機嫌で鎮守府の廊下を歩く。いかがわしい表紙の薄い本隠そうともせず持ち歩いてりゃトラブルの元になりそうなもので、案の定向こうから歩いてきた駆逐艦娘がひきつった笑顔で秋雲に声をかけてきた。

 

 

「秋雲ちゃん」

 

「おーっす如月!今日もいい天気だねえ~」

 

「なんで、睦月ちゃんと如月が半裸で抱き合ってる表紙の本を持っているのかしら?」

 

 

笑顔絶やさずいつもより半オクターブ低い声で問うてくる如月の姿に秋雲の笑顔もひきつる。徹夜の朦朧とした状態で自分がいかなる爆弾を抱え持っていたか意識から飛んでいたのだ。思わず一歩後ずさる秋雲に如月は詰め寄り低い声向ける。

 

 

「ふ~ん、今度の新作は睦月ちゃんと如月の百合本なんだぁ~…それって、如月たちの許可取ってたかしらねえ~…」

 

「と、取ろうとしたら許してくれた?」

 

「許すわけないでしょーがっっっ!!!」

 

 

深海棲艦すらビビって逃げ出すような形相浮かべ如月は一喝する。その声に弾かれたように秋雲は如月に背を向け今来た道を走り出す。

 

 

「如月、ごめぇん!このお詫びはいずれ必ず!!」

 

「あっ、待ちなさあ~い!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如月から逃げおおせ壁に腕をつき荒い息つきながら、それでも胸に抱えた新作は離さぬまま秋雲はひとり呟く。

 

 

「あ、危なかった…あやうく記念すべき新作を没収されるトコだった…」

 

 

まあデータは印刷所にもう送っちゃったけどね、と秋雲はペロリと舌を出す。この期に及んで己の身より新作の心配を優先するとはさすがというべきかなんというべきか。姿勢を直したところで秋雲はこちらに歩いてくる提督の姿に気がつく。

 

 

「あ、提督―!」

 

「…相変わらずなんつーもの持ってるんだ秋雲…」

 

 

どう見ても13歳そこそこの見かけの秋雲が18禁のえろ同人誌抱えている姿に提督は嘆息する。へへっ、と照れ笑い浮かべながら秋雲は可愛らしく肩を竦め提督に話しかける。

 

 

「今度のは結構自信作なんだよ?特別に提督に先行公開してあげよっか?」

 

「やめとく。今後歪んだ目で睦月と如月を見ることになりそうだ。」

 

 

苦笑しながら断りの言葉を口にする提督に秋雲はちょっと残念そうに肩を竦める。笑顔のままの秋雲に提督は更に言葉向ける。

 

 

「いやしかし秋雲ももう少しまっとうな恋愛でもした方がいいんじゃないかな」

 

「え?」

 

「彼氏のひとりでも作った方がいいんじゃないか?そうすれば、エロばかりに目が向くこともなくなるだろう」

 

 

秋雲の笑顔が強張ったのに果たして提督は気がついただろうか。胸を刺す痛みに秋雲は身を固くする。そんな微かな変化を見せる秋雲の態度には何も言わぬまま、提督は軽く手を振って秋雲と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スケッチブックを手に秋雲は鎮守府の中庭を歩く。落ち込む心抱きしめながら。さっき、提督は秋雲に、彼氏のひとりでも作れと言った。

 

 

 

…それって、秋雲が彼氏を作ってもかまわないってことだよね。

 

 

 

…それって、秋雲のことなんとも思ってないってことだよね。

 

 

 

じわりと涙が瞳に浮かぶ。もともと無謀な恋だったのかもしれない。それでも、心のどこかで叶うといいな、と思っていた。この恋が叶ったらステキだろうな、と思っていた。

 

 

「…らしく、ないよね」

 

 

自虐するような微笑み浮かべ秋雲は立ち止まる。そのまま傍らのベンチに座り手にしたスケッチブックを開く。もう、この秘蔵のスケッチブックもいらないのかもしれない。いつもの同人用スケッチブックとは別にしていた特別なスケッチブック。

 

 

そこに描かれた自分作の絵に微かに笑みが浮かぶ。知らぬ間にこんなに描き溜めていたんだとちょっと自分に呆れてしまう。このスケッチブックも処分しよう。思い出と一緒に、片付けてしまおう。

 

 

「何見てるんだ?」

 

 

自分を想念から呼び戻す声、その声に反応するより先に提督が秋雲のスケッチブックを取り上げる。いつの間にそこにいたのか、突然のことに驚いた秋雲は声を上げることしかできなかった。

 

 

「ちょ、提督!そのスケブはダメ!」

 

「まーたえろい絵でも描き溜めてたのか?個人の趣味に干渉する気はないが…」

 

 

言いかけた提督の言葉が止まる。開いたスケッチブックからまず提督の視界に飛び込んできたのは、笑顔の提督。

 

 

 

 

怒り顔の提督、弱り顔の提督、執務室で仕事に没頭する提督

 

 

 

スケッチブックをめくるごとに、新しい提督の姿が目に広がる。秋雲がこっそり描き溜めた秋雲の秘密の宝物。提督のことしか描いていない、提督のためだけのスケッチブック。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後のページまで目を通し、提督はスケッチブックをぱたんと閉じる。自分の心を丸裸にされてしまった秋雲は真っ赤な顔で身をすぼませる。目に涙浮かべながら審判の言葉待つ秋雲に提督は穏やかな声向ける。

 

 

「…諦めて、いたんだ」

 

 

不思議な言葉を向けられて秋雲は提督を見上げる。吸い込まれそうな静かな微笑み浮かべながら提督は秋雲に更なる言葉紡ぐ。

 

 

「秋雲と俺とは、歳も違うだろうし…いつか、秋雲にお似合いの男が秋雲を連れて行ってしまうんだろうな、と諦めていたんだ」

 

 

言葉の意味がまだよくわからない。わからないけれど、予感がする。なにか、とても大切な何かが今動き出そうとしているという予感が。

 

 

「それでも…このスケッチブックは…」

 

 

スケッチブックをまた開いて目を落とし、もう一度秋雲を正面から見つめ提督はひとこと秋雲に問う。

 

 

「俺に、期待していいって告げてるってことなのかな?」

 

 

さあ、と風が中庭を吹き抜け秋雲の長い髪を揺らす。胸に手を当て鼓動を抑えるようにしながら、決壊した涙止めようともせずしゃくりあげながら、秋雲は提督に問い返す。

 

 

「秋雲も…期待して、いいの?」

 

 

スケッチブックを小脇に抱え提督は返事の代わりに秋雲に手を伸ばす。秋雲の白い小さな横顔を片手で覆う。頬を撫でられる優しい感触秋雲の心を散り散りに揺らす。

 

 

 

 

風が、また吹いた。新しい恋人たちを祝福するように、ふたりを包んで吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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