艦娘恋物語   作:青色3号

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鈴谷の場合

秋の街角のハンバーガーショップ、ふたりの少女が向かい合って座る。明るい暖色系のセーターにパンツルックのストレートロングの少女と秋色のカーディガンにロングスカート姿で長い髪を後ろでまとめた少女。お喋りのネタも尽きたのだろう、ふたりドリンクのストローに口を運ぶ。と、ナンパにしては固い表情と声で見知らぬ青年が少女たちに声をかける。

 

 

「あのう…艦娘の、鈴谷さんですか?そちらは熊野さん?」

 

 

艦娘の存在は喧伝されていない代わりに秘匿されてもいない。鎮守府のあるこの街では、情報も耳に入りやすくなる。この青年も大方、マニアの類かそのマニアから情報を仕入れた口だろう―――鈴谷はそう見当をつけると、うるさそうに青年を手で払いながらぶっきらぼうに告げる。

 

 

「人違いだよ。」

 

「え、でも…」

 

「ヒ・ト・チ・ガ・イ。」

 

 

あえなくそう言われてしまっては青年にこれ以上粘る勇気もない。すごすごと青年が立ち去ると、鈴谷は腕をテーブルの上に伸ばし上半身を突っ伏し、向かいの熊野に大げさに嘆いて見せる。

 

 

「あ~いうのウザ~い…」

 

「しかたありませんわね…最近、私たちのことも知られてきたみたいですし。」

 

「お休みの日くらい、艦娘ってこと忘れさせてほしかったなぁ~…」

 

「あら、おかしなことをおっしゃいますのね…艦娘であることが、重荷なの?」

 

「ん~…そういうのとも違うんだけどさぁ~…」

 

 

歯切れ悪く呟き、伸ばした腕を折りたたんで組むと顎を乗せ、目を閉じ鈴谷はまた呟く。

 

 

「そういうのから解放されたいときも、あるってコト。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海原を鈴谷は駆け抜ける。すい、と左舷に身を転じる。一瞬後、それまで鈴谷のいた場所に高い水柱が立ち上がる。転舵が一瞬遅れていればチ級の放った砲弾は鈴谷を直撃していただろう。しかし鈴谷は顔色を変えることもなく20.3㎝砲を構え直す。

 

 

「うりゃあ!」

 

 

20.3㎝砲が炸裂音を立てる。放たれた砲弾は宙を駆け抜け、チ級の装甲を裂き内部で炸裂する。炎に包まれたチ級はやがて波間に姿を消してゆく。

 

 

 

 

 

 

煙だけが残る海面を見つめながら鈴谷は思う。

 

 

 

 

 

 

こんな時、自分の“本質”を思い知らされる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…鈴谷たちってさあ、やっぱ“兵器”だよねぇ…」

 

 

寮の自室のベッドの上、うつぶせになって枕を抱え鈴谷は呟く。自分に向けてともひとり言とも分からないその一言に、机に向かって本を読んでいたルームメイトの熊野は振り返ると本を畳み鈴谷に身体を向けて応えを返す。

 

 

「イヤなことをおっしゃいますのね…それはまあ、深海棲艦と戦うことは私たちの使命ですけれど。」

 

「生まれたときからこの姿で、そのあとずっとこの生活だもんねぇ…フツーじゃないんだろうなあ…」

 

「何が普通かも分からない世の中ですけれどね…なにか、最近ありまして?」

 

「別に改めて思ったワケじゃないんだけどさぁ~…」

 

 

枕の上で首を傾げ、鈴谷は眼を閉じ最後に付け加える。

 

 

「考えようによっちゃ、そう思ってた方がキラクかな、って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、自分が“兵器”だと自覚していた方が気楽なこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸にあるこの想いに、蓋ができるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の午後、鈴谷は提督の執務室を訪ねる。別段何か用事があったわけではないが、何となく顔を出したくなったのだ。部屋の主の提督は留守で、部屋の真ん中で書類片手に鈴谷を出迎えたのは秘書艦の大鳳。

 

 

「あら、鈴谷さん。提督なら留守よ?」

 

「そうみたいだね…まあ、別に用事があったわけじゃないけどさ。」

 

 

じゃあなんで、とツッコまれたら返事できないなと一瞬後思うが、大鳳はそんな無粋なツッコミを入れるつもりはないらしい。手を後ろ手に組みキョロキョロと所在なげに鈴谷は部屋を見回しながら何となく大鳳に聞いてみる。

 

 

「ねえ、秘書艦っていつも提督と食事するんだよね。」

 

「え?ええ、そうね。そういうことが多いわね。」

 

「いいなあ~…」

 

 

自分が何を言ったかその瞬間悟り、鈴谷は顔を真っ赤にすると片手で口を覆いもう片手をぱたぱたさせながら必死に言い訳する。

 

 

「あ、今のは何かヘンな意味があったわけじゃなくて!提督ってイイモン食べてそうだから、それが羨ましいかな、って…」

 

 

聞いてない言い訳を必死にする鈴谷をぽかんと大鳳は見つめるが、やがてクスクスと口を押さえ小さな笑い声をあげる。その笑顔にすべてを見透かされている気がして鈴谷は居心地が悪くなる。これ以上執務室にいる気もしなくて鈴谷はそそくさと扉に向かう。

 

 

「じゃあ、テートクにヨロシクって言っといて…お邪魔しましたあ!」

 

 

逃げるように執務室を離れる鈴谷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室の扉のノブに手をかけたまま、俯いて鈴谷はひとり呟く。

 

 

「…やっぱり、出ちゃうなあ…」

 

 

自分の身の程を知らぬ想い、兵器の自分には無縁なはずの想い。目を閉じ首を振り廊下に向き直る。と、ちょうど向こうからその想い人が歩いてくる。

 

 

「あ、テートクじゃん。チーッス!」

 

 

とっさにこみ上げる思いに蓋をして明るさを演じて見せる。演技が功を奏したか、提督は別段鈴谷の様子に不審なものを感じるでもなく言葉を返す。

 

 

「鈴谷か。昨日の作戦ではご苦労だったな。」

 

「いいっていいって、鈴谷さんにお任せ♪]

 

「なにはともあれ怪我もなくてよかった。どうしても心配するからな。」

 

 

ツクン、と胸の奥を突かれ思わず片手で胸を押さえる。優しさが、痛みを運ぶ。提督から目を逸らし、知らず鈴谷は呟く。

 

 

「そんな心配しなくていいよ…だって鈴谷は、“兵器”だもん。」

 

「何?」

 

「だから鈴谷は“兵器”なんだから…中大破くらい、どーってことないってコト。」

 

 

自分の言葉になぜか少し悲しくなり、鈴谷は大げさに両手をひらひらさせておどけて見せる。

 

 

「だから、心配しなくても鈴谷はヘーキだよっ!…あ、今のはシャレじゃなくて…」

 

 

つかつかと大足で歩み寄られる。いきなり、手首を掴まれる。そのまま廊下の壁に勢いよく押し付けられる。艤装をつけていなければただの少女に過ぎない鈴谷はあっけなく壁に縫い付けられる。掴まれた手首が、壁に押し付けられた背中が、軋んで痛む。

 

 

「つ、っ…!」

 

「兵器がそんな顔をするか?兵器が、痛がったりするか?」

 

 

それだけ言うと提督は鈴谷を開放する。手首を押さえ身を折る鈴谷に頭上から提督は言葉を降らせる。

 

 

「見損なうな…俺は、そんな風にお前らのことを思ったことはない。」

 

 

厳しさの中にも何か温かさを感じさせる口調、その口調で提督は付け加える。

 

 

「お前は、間違いなく“人”だ。」

 

 

言葉が鈴谷の心の蓋を外す。封じ込めていた想いが勢いを得て、言葉となって鈴谷の口から迸る。

 

 

「でも…だって…!」

 

 

兵器だから、と封印していた想い。告げるつもりなどなかった想い。幾度も葬ろうとして、でも葬ることなどできなかった想い。

 

 

「…だからって、この気持ちが、届くわけじゃないじゃん!?提督を好きだって気持ちが、伝わるわけじゃないじゃん!?」

 

 

涙に姿を変えた想いが眼尻から零れ落ちるのを目を閉じ耐えようとしながら、鈴谷は身を折り叫ぶ。最悪だ。こんな形で知られることになろうとは。そして鈴谷は同時に悟る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵器だなんだと自分を納得させようとしていたのは、ただの言い訳だったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この想いが届くことに自信が持てなくて、自分を納得させようとしていただけのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を閉じたまま提督から顔をそらし、溢れる涙を拭うことも忘れ鈴谷は呻くように言葉続ける。

 

 

「何度も諦めようとしたけど…でも…」

 

「なぜ、諦める必要がある?」

 

 

いつもと変わらぬ静かな口調で提督は続ける。

 

 

 

「俺も、鈴谷のことはずっと見てたぞ。」

 

 

 

眼を開く。顔を上げる。涙で濡れた頬のまま、鈴谷は立ち去ろうとする提督の背中に言葉向ける。

 

 

「それ、どういう…?」

 

「さあな。」

 

「…期待しちゃうよ!?」

 

「軍人だからな、期待には答えるさ。」

 

 

それだけ短く言うと提督は背中を向けたまま片手をあげて見せる。そのまま歩み去る提督のことを、鈴谷はいつまでも見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわとした足取りで部屋に戻る。ぽすんとベッドにうつぶせになる。真っ赤に染まった顔を隠すように、枕を抱きしめ顔を埋める。

 

 

「あら、帰ってきたんですのね…どうしまして?なにかありまして?」

 

「エヘヘヘヘヘ…」

 

 

不思議そうな顔をする熊野にはお返事せず、鈴谷はベッドの上で枕を抱いたまま身を捩りながら思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“艦娘”だとか“人間”だとか、“兵器”だとか“人”だとかもうどうでもいい―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――私は今、世界一幸せな“オンナノコ”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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