艦娘恋物語   作:青色3号

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荒潮の場合②

春うららかな海沿いの公園、その時計台の下にひとりの少女が人待ち顔で立っている。艶やかな栗毛のロングヘア、大きな琥珀色の瞳。薄紅のジャケットと濃いグレーの短めのフレアスカートを纏いすらりとしたカモシカのような脚をタイツで覆っている。少女がちらり、と腕時計を見たところでその少女を呼ぶ声がする。

 

 

「荒潮、」

 

「提督―、待ちくたびれたわあ~」

 

「スマン、時間通りだと思ったんだけどな」

 

「ウソウソ、そんなに待ってないわよ」

 

 

クスクスと提督をからかうような笑い声上げ少女・荒潮は紺のジャケットとベージュの綿パン姿の提督に歩み寄る。提督は改めて自分の恋人になったまだ年若い、幼さすら感じさせる美少女の姿を見つめる。腕を後ろ手に組み首を傾げ上目遣いにこちらを見上げる荒潮は、蠱惑的でもありあどけなくもある。

 

 

「どうしたのかしらぁ提督、荒潮に見とれちゃってるの?」

 

「よくわかったな」

 

「…提督ってこーゆーとき直球よね」

 

 

からかうつもりが逆に赤面させられ、荒潮は火照った顔をぷいっとそむける。そんな荒潮に笑顔向け、提督は荒潮を誘い歩き出す。

 

 

「さてと、行きたいところがあるんだろう?どこだ?」

 

「え~っとねぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがてふたりが辿り着いたのは駅にほど近いアミューズメントセンター。電子音が混じりあい響く店内で、提督は傍らの荒潮に声を向ける。

 

 

「ゲーセン?こんなところでいいのか?」

 

「こんなところだからいいのよぉ。女の子だけだと、入りづらくて」

 

「なにかやりたいゲームでもあるのか?」

 

「え~とねぇ…あ、あった!」

 

 

華やいだ声をあげながら荒潮が駆け寄ったのはクレーンゲーム機の大きな筐体。後ろから近づいた提督が見ると、なにかのアニメのマスコットキャラらしいぬいぐるみがガラスの向こうにうずたかく積みあがっている。提督の見守る前で荒潮は財布から千円札を抜き出すと筐体の隣の両替機に差し込む。ジャラジャラと取り出し口に落ちてくる100円硬貨を取り出すと次々と躊躇いなくクレーンゲームの硬貨投入口に入れてゆく。

 

 

「…気前いいな」

 

「こんなの一回で取れると思わないことよぉ~…さーて、行くわよぉ~」

 

 

ピロリロリと電子音によるメロディーが流れ始め、荒潮のボタン操作で玩具めいた見かけのクレーンが動き出す。最初に横、次に手前に荒潮たちの見守る前で滑るように動いたクレーンは下降を始め、水色の犬とも宇宙生物ともつかないぬいぐるみを掠めて手ぶらのまま上昇する。

 

 

「あら残念ねぇ、でもここからが本番よ?」

 

 

独り言を呟きながら、微笑みさえ浮かべる余裕見せながら荒潮は続いてクレーンを操作する。しかし下降したクレーンはまたも惜しいところでぬいぐるみを掠め、虚しく空手で元の位置に戻る。

 

 

その次も、その次も、その次も。

 

 

やがて投入したコインが尽きる。電子音のメロディーが鳴りやむ。操作ボタンに手をかけたままの恰好で荒潮はむうううぅ~っとガラスの向こうのぬいぐるみを睨みつけていたが、やがて身を翻すと店の奥に向かおうとする。

 

 

「ちょっと一万円札両替してくる!」

 

「わーっ!待て、荒潮―!」

 

 

慌てて荒潮の肩を後ろから押さえる。不覚にも、提督の手の力強い感触に荒潮の鼓動が上がる。どきどきする胸を片手で押さえながら無理矢理平静を装い荒潮は振り向く。

 

 

「な、なに?提督」

 

「まあ待て…ちょっと俺に任せてみろ」

 

 

ちょっと荒潮は眉をしかめる。まだ提督の特に私生活についてそんなに詳しいわけではないが、提督がクレーンゲームに強いようにも慣れているようにも思えない。それでもおとなしく筐体の前に戻る荒潮の横で、提督は100円硬貨を取り出し投入口に入れてゆく。

 

 

再び電子音のメロディーが鳴り響く。提督は腰を落とすとボタンに手をかけ、心持ちゆっくりと押し込んでゆく。

 

 

「見ててわかったんだよ…引っかけるなら胴体の部分より、あの首のくびれたところを…」

 

 

唇を舐めひとりごちながら提督は操作するボタンを変える。ぬいぐるみの直上でクレーンは降下を始め、提督の言うとおりにぬいぐるみの窪みの部分を捉え、持ち上げる。

 

 

「あ…」

 

 

思わず小さな声を荒潮は上げる。その荒潮が見守る前でクレーンはぬいぐるみをゆっくり運び、筐体の角の筒の中にぽろっと落とす。筐体の外側にある取り出し口にぱっと身をかがめ、今しがた提督が手に入れたぬいぐるみを大事そうに取り出しながら荒潮が感に堪えない、といった声を上げる。

 

 

「提督すっごーい!こんな特技があったのねえ~」

 

「いやまあ俺もこんなにうまくいくとは…正直、驚いてる」

 

「荒潮、提督のこと見直したわぁ~」

 

「…なんかそれもビミョーな評価だな」

 

 

複雑そうな表情を浮かべて苦笑いする提督の横で、荒潮は大きな瞳をますます大きく見開いて手の中のぬいぐるみを見つめる。「えへへ、」と呟き大切そうにぬいぐるみを抱きしめる荒潮を見て、提督の顔にも微笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぬいぐるみを入れた紙袋を携えて荒潮は提督の傍ら歩く。街は、春の陽光に照らされて行きかう人もどことなく華やいだ雰囲気だ。ふと、荒潮は自分たちの前を歩くカップルが手をつなぐところを見かける。

 

 

思い切って隣の提督の手に自分の手を近づける。ちょっと指先が触れたところで心臓がドクン!と音を立てるが、勇気を出して指を絡める。

 

 

提督が少しだけ驚いたように荒潮を見る。その提督を上目遣いに見上げながら荒潮は色香ある声を向ける。

 

 

「うふふ、提督、ドキドキしてる?」

 

 

そういう荒潮こそ顔が真っ赤だ。荒潮はこう、年上をからかって遊ぶというか、少し背伸びするところがある。ちょっとだけ苦笑いして提督は荒潮と繋がった手に力をこめる。

 

 

「きゃ!」

 

 

強く手を握られ荒潮が小さな悲鳴上げる。余裕を見せたつもりが余裕を見せつけられ荒潮は少しだけ悔しさ覚える。「オトナだものねぇ…」と心の中だけで呟く荒潮の前で、先ほど前を歩いていたカップルが道沿いの建物に姿を消す。

 

 

「あ…」

 

 

カップルが入っていったのは、これは荒潮にもわかる、ラブホテル。流石に提督も気まずそうな表情を浮かべる横で荒潮は提督と手をつないだまま立ち止まり物思いにふける。

 

 

わかってる、自分が提督とおつきあいする以上、そういう日が来ることは。

 

 

もしかすると、これはそのタイミングが来たということかもしれない。提督だって男の人なのだから、そういうことを求めて当然だ。

 

 

でも怖い、やっぱり怖い。そんな勇気、出てこない。でも私がこんなんじゃ、提督も―――

 

 

「―――無理しなくていいよ」

 

 

優しげなその言葉に想念から立ち戻り、荒潮ははっとした表情で提督見上げる。その荒潮に慈しむような微笑み向けながら提督は荒潮に更に言葉向ける。

 

 

「そんな強張った顔するくらいじゃ、まだその時は来てないってことだよ…だいたい、今日初めて手をつないだばかりじゃないか俺たち」

 

「………」

 

「急がないから。ゆっくり、待つから」

 

 

ようやく微笑み浮かべ目を伏せて「うん…」とだけ荒潮は小さく呟くようなお返事する。その荒潮を誘うように提督は再び歩き出す。提督と足を揃えて歩きながら荒潮は今度は明るい声上げる。

 

 

「でもちょっとだけざんねぇん…せっかく今日、勝負下着つけてきたのに」

 

「…やめんかそういうの、せっかくの理性が削れる」

 

 

ふふっ、と小さな笑い声上げ荒潮はつないだ手のぬくもり味わう。今はこれでいい、これで十分と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春先の砂浜はまだ少し風が冷たく、ふたりの他には人影がなかった。提督とならんで波音立てる海の向こうの水平線を見つめながら、荒潮は誰にともなく呟く。

 

 

「キレイ…いつも見てる海と、違うみたい」

 

「いつもは、どんな海を見ているんだ?」

 

「戦いの海」

 

 

その小さくもはっきりとした呟きに提督ははっとした表情浮かべる。この傍らの幼さ残す華奢で小さな少女が背負うのは、人類の未来を賭けた戦の重み。そのこと改めて思い知り、提督は思わず荒潮の肩を抱き引き寄せる。

 

 

「いつか、戦いの終わった静かな海を見せてやる」

 

「ん、」

 

「だから、それまで…そのあとも、いつまでも、隣にいてくれるか?」

 

 

返事の代わりに提督の身体に身を預ける。ゆっくりと目を閉じ傍らの人の体温を感じ取る。ふたり一緒なら、怖くない。いつか、この戦いを終わらせられる。この人の隣にいればそれを信じられる―――

 

 

 

 

―――波が、陽光を反射した。光が、恋人たちを照らし出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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