艦娘恋物語   作:青色3号

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翔鶴の場合

翔鶴・瑞鶴姉妹は仲がいい。今日も甘味処「間宮」にふたり寄って揃ってクリームあんみつをいただき、午後の空いた時間を何するでもなく鎮守府をお散歩しながら過ごす。流れるようなプラチナブロンドを風に軽く靡かせながらたおやかに鎮守府を歩く翔鶴の姿は妹の瑞鶴から見てもキレイだと思う。ふたり本館の見えるところまで来ると、この鎮守府の最高指揮官が軽巡洋艦娘と戯れているのが見える。

 

 

「なでなでしないでほしいクマー。球磨はぬいぐるみじゃないクマー」

 

「ははは、すまんすまん。撫でやすそうなところに頭があったものでな」

 

 

球磨と別れた提督が建物の中に姿を消す。その光景を見つめ、その視線を隣の翔鶴に移しながら瑞鶴がひとりごとにしては大きすぎる声を出す。

 

 

「また目で追ってる」

 

「え?」

 

「翔鶴姉ぇ。提督さんのこと」

 

 

翔鶴の白い頬が赤く染まる。言葉を失くしてしまう翔鶴に向かいなおして瑞鶴は言葉続ける。

 

 

「もう随分になるよねえ…翔鶴姉ぇが提督さんを意識し始めてから」

 

「ず、瑞鶴!?そ、そんな私は、そんな…」

 

「ごまかしたってダメ。バレバレだよ?」

 

 

ニヤニヤと笑う瑞鶴から目を逸らし翔鶴はますます真っ赤になって身をすぼませる。そんな翔鶴に意地悪なニヤニヤ笑いしばらく瑞鶴は向けていたが、ふと真面目な顔になって翔鶴に語る。

 

 

「ねえ、いつまでも見ているだけのつもり?」

 

「え…」

 

「なにもしなきゃ、何も変わらないよ?このままで、いいの?」

 

 

少し驚いたように翔鶴は瑞鶴のことを見つめなおすが、やがて目を伏せておずおずと問いかける。

 

 

「でもどうしたらいいかわからなくて…瑞鶴、私どうしたらいいと思う?」

 

「初々しいなあ、翔鶴姉ぇは…」

 

 

いつもの穏やかで大人びた態度忘れたかのように初々しく振舞う翔鶴のことを瑞鶴は微笑ましく見つめる。ここは大好きな翔鶴のために一肌脱ぐかと瑞鶴は当たり前の提案をする。

 

 

「まずは提督さんに翔鶴姉ぇの気持ちを知ってもらわなきゃね。告白よ、翔鶴姉ぇ」

 

「こ、告白!?」

 

「そう。うまくいけば提督さんとコイビトドウシになれるよ?」

 

「わ、私なんかがそんな、わ、私は…」

 

 

もうこれ以上赤くなりようがない顔を両手で挟んで翔鶴はもじもじと身を揺する。そんな翔鶴のことを瑞鶴は見守っていたが、どれだけ身を捩る時間が過ぎたか翔鶴が姿勢と表情を正して宣言する。

 

 

「…わかったわ。私、提督に告白する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも実行に移すまでに何日かの日にちが必要だった。なんとか逃げ出せないものか、言い訳を自分の中に探したのも一度二度ではない。それでもついに心を決め、その日翔鶴は提督執務室の扉の前に立つ。

 

 

秘書艦の長門が開発工廠に行っているのは確認済み、執務室には提督しかいない。そのことわかっているのに、否、わかっているからこそなかなか扉を開ける勇気が翔鶴には出ない。

 

 

すぅ、と何度目かの深呼吸をしてついに翔鶴は扉に手をかける。重い扉を押し開きながら翔鶴は部屋に足を踏み入れる。

 

 

「正規空母・翔鶴、入ります」

 

 

奇麗な敬礼ひとつ部屋の奥の提督に捧げ翔鶴は震える足を何とか進める。顔を上げる提督のことが直視できない。目を伏せながら自分に向かって近づいてくる翔鶴に提督は静かな声を向ける。

 

 

「翔鶴?今日、何か用事があったかな?」

 

「いえ、私から提督に大事なお話が…」

 

「話?」

 

 

顔を上げ少し眉を寄せる提督を怖く感じる。優しい人なのに、怖く感じる。ドクドクと心臓が早鐘打つ理由は怖さゆえか、これから言おうとする言葉への畏怖ゆえか。一度唇を噛み締め心に力を入れ、翔鶴はその言葉心臓から直接放つように口にする。

 

 

「提督、貴方が好きです」

 

 

膝が大きく震え、心臓がきゅっと窄まる感触を覚える。顔を赤らめ目を潤ませながらもこちらを真っ直ぐ見つめてくる翔鶴のことを提督はしばらく無言で見つめ返していたが、やがて手元の書類に目を向けなおすと翔鶴とは目を合わせぬまま言葉を翔鶴に向ける。

 

 

「翔鶴、君は艦娘だ」

 

「…はい」

 

「人類の希望、未来の礎…個人の思惑で、どうこうしていい存在じゃない」

 

 

耳に届いた言葉は翔鶴の身体を大きく揺らした。覚悟はあったはず、はずなのに脚がガクガクと震えた。地面に吸い込まれそうな感覚の中、かろうじて「失礼します」と短く告げ敬礼を捧げ執務室を離れる。涙が零れ落ちてくる前に、執務室を離れなきゃと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭の端に、翔鶴は立つ。プラチナブロンドを潮風に靡かせながら。このまま、海に溶け込むことができたらどんなにか楽だろう。そんなことすら思いながら海面を見つめる翔鶴に背中から声がかけられる。

 

 

「翔鶴姉ぇ、」

 

「…瑞鶴」

 

「どうしたの、なにかあった?」

 

「うん…ふられちゃった、提督に」

 

 

言葉にするとそのことを今一度実感させられる。寂しげに微笑みを浮かべた顔を俯かせ、翔鶴は呟く。

 

 

「私は艦娘だから…人類の希望、だから…だから、個人の都合で想いに答えるわけにはいかないって…」

 

 

堪えきれず両手で顔を覆う。そっと肩に差し伸べられる瑞鶴の手が今は嬉しい。瑞鶴の温かな手の感触に支えてもらいながら翔鶴はいつまでもすすり泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、瑞鶴が提督執務室を訪れる。ぴしりと敬礼ひとつ捧げ、瑞鶴は提督に切り込む。

 

 

「正規空母・瑞鶴、提督にお話があります」

 

 

決意を込めた瑞鶴の瞳、その瞳を一瞥して立ち姿の長門は傍らで机につく提督に顔を向ける。

 

 

「提督、私は席を外そうか?」

 

「頼む」

 

 

長門が部屋を離れてから、提督は瑞鶴に言葉向ける。

 

 

「翔鶴の件か?」

 

「察しがいいわね…その通りよ。翔鶴姉ぇをふったんだって?」

 

 

頷き、その言葉の返事とする。「そうか」と一言呟いて瑞鶴は更に言葉を続ける。

 

 

「理由も、聞いた…私たちは艦娘だから、人類の希望だから、個人的に想いに答えるわけにはいかないって」

 

「確かにそう言った」

 

「でも、それじゃあまりに悲しすぎる」

 

 

微かに瞳揺らし、一拍呼吸を整えて瑞鶴は提督に話し続ける。

 

 

「私たちは艦娘よ…人間じゃ、ない。でもね?人間と同じ、なの。同じように喜び、同じように悲しみ…同じように、人を愛する」

 

「……」

 

「だからお願い…断ってもいい、だけどそれなら艦娘であることを理由にしないで…ひとりの“女の子”として、私たちを見て」

 

 

そのこと告げると瑞鶴は丁寧な敬礼残し執務室を去る。残された提督が何を思うかは、その表情からはうかがい知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽が茜色に海面を染め上げる。翔鶴の髪を揺らす海風は、夕暮れの寒さを湛え始める。しゃり、とコンクリを踏む音に翔鶴がゆっくりと振り返ると今なお翔鶴の想い人である提督がこちらに向けて歩いてくる。

 

 

胸を片手で押さえ、目を逸らす。とても、提督の顔を直視はできない。唇を噛み、再びの胸の痛みに耐える翔鶴の目の前まで近づくと提督は自分に向けてとでもいうかのように呟く。

 

 

「『ひとりの女の子として見て』か、それなら…」

 

 

いきなり翔鶴の胸にあてられた手の首を掴むと提督は翔鶴を力強く引き寄せる。

 

 

「…答えは、これしかないよな」

 

 

翔鶴の華奢な身体が提督の胸に収まる。そのまま、提督は翔鶴を強く、強く抱きしめる。突然のことに心がついていかないまま、ただ鼓動だけを激しくさせる翔鶴の耳元に唇を寄せて提督は囁く。

 

 

「今更虫がいいかもしれないけれど…人類の希望、未来の礎、そんなものが糞くらえって言うのなら…」

 

「……」

 

「…俺は、お前を離さない」

 

 

言葉が、抱きしめられている感触が、ようやく翔鶴の中で意味を成す。見開いた瞳に涙浮かぶのを感じながら翔鶴は提督の真意を知る。艦娘だからと遠ざけた、その思いの後ろにあったのは、自分と同じ想いだと。自分を思ってくれる想い、だと。

 

 

「…嬉しい。私、嬉しい。このまま地獄に堕ちてしまってもかまわない」

 

「そんなことにはならない…させない。必ず、翔鶴を幸せにしてみせる」

 

 

提督の腕に更に力がこもる。その胸板に、翔鶴は手をあてる。提督の鼓動が感じられる。自分と同じ響きが、人にも艦娘にもあるその響きが、翔鶴の手に感じられる。

 

 

 

 

この人となら幸せになれる、そう翔鶴には信じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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