艦娘恋物語   作:青色3号

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大潮の場合

後ろからタタタ…と小走りに近づいてくる足音に提督が気がついた時には手遅れだった。

 

 

「司令官ー!それ、どーん!」

 

 

背中から思いっきり大潮に体当たりされてさすがの提督もつんのめる。両手で支えていた書類の山がバサバサと音を立てて床に散らばる。「あ~あ」と一言声をあげて提督は跪き、散らばった書類を集め始める。

 

 

「大潮ー、いきなり体当たりはするなっていってるだろー」

 

「ハイ!でも司令官のお姿を見かけるとついついアゲアゲになってしまって…」

 

 

テヘヘ、と可愛らしい声上げながら自分も跪き提督を手伝う大潮の姿を横目に見やり提督も思わず苦笑する。まだまだ幼さ残す大潮の恋とも呼べない愛情表現にちょっと手を焼くようになってどのくらい経つだろうと頭の片隅で考える。手早く書類を集めて立ち上がり、提督は大潮を軽く小突く。

 

 

「あいた、」

 

「悪戯禁止…少しは姉の朝潮の生真面目さを見習ったらどうだ」

 

「はあ~い…」

 

 

殊勝に声をあげて見せるが大潮にあまり分かった様子はない。このままだとまた「どーん!」があるんだろうなと提督は半ば諦め少し大げさに肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして大潮の「どーん!」が炸裂したのはそれから三日と経たない時のことだった。

 

 

「司令官、それどーん!」

 

 

背中から容赦なく全力で体当たりされ大柄な提督もつんのめる。つんのめった拍子に両手で抱えていた書類がバサバサと音を立てて床に散らばる。ふぅ、と息をつき床にかがんで書類を集め始める提督の横で大潮はもう慣れた様子で同じように書類をかき集める。と、他の書類とは明らかに様子の異なる厚手の紙に気がついて大潮は手を伸ばす。少し古風な厚紙のカバーを開くと一枚の写真が姿を現す。

 

 

「…写真?この人、キレイ…」

 

 

写真に写っているのは大潮よりひと回りほど年上に見える(艦娘の大潮が実際何歳かは置いておいて)和服姿の若き女性。すまし顔で映る提督とそれほど歳も変わらないだろうその女性の正体を知りたがる大潮の好奇心に答えるように提督は種明かしをする。

 

 

「それ、実家から送られてきた見合い写真」

 

「お見合い!?」

 

 

自分でもびっくりするほどの大声を思わず大潮は出す。その勢いに提督も一瞬驚いた顔をするが、すぐに静かな表情に戻ると説明する。

 

 

「まだ俺もそんな歳じゃないってえのに実家のお袋がな…こんなご時世だからこそ、早く身を固めろ、とよ」

 

 

提督の言葉を遠く感じる。心臓を強く掴まれたような感覚に襲われ大潮は思わず胸のあたりを強く抑える。自分が気がつくより早く、ポロポロと大粒の涙が大潮の大きな瞳から零れ出る。

 

 

「大潮!?」

 

「あ、あれ?わたし、なんで?」

 

 

大潮の涙をどう取ったか提督は慌てた様子を隠そうともせず手をバタバタさせながら大潮に勢い込む。

 

 

「べ、別に俺がいなくなるわけじゃないぞ!?結婚しても仕事は続けられるし…て、なに言ってんだ俺…」

 

 

結婚、の一言が胸に突き刺さる。ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばり身体の沈むような悲しさに耐えようとするが溢れる涙は止まらない。そんな大潮の様子にほとほと困り果てながら提督はごく自然に言葉続ける。

 

 

「それに、見合いの話は断るつもりだし…」

 

「え?」

 

「いや、俺だってまだ結婚するつもりはないよ」

 

 

す、と肩の力が抜ける。ようやく息がつけるようになる。確かめるように大潮は、まだ濡れた大きな瞳提督に向けて問いかける。

 

 

「お見合い…断るんですか?」

 

「そのつもりだが?」

 

今度はふにゃっと全身の力が抜けた。不思議そうな顔をする提督の顔が直視できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭を大潮は歩く。ふわふわと足元が浮いているような感覚がする。あの日、提督がお見合いすると勘違いしたあの日、さすがの大潮も気がついてしまった。自分の想いに、自分の恋に。

 

 

「…アゲアゲです…」

 

 

いつものハイテンションではなく、呟くようにそう口にする。あの日のことを思い出すたび、提督のことを想うたび、心臓が壊れそうなほどに高鳴る。こんなアゲアゲもあるんだ、とどこか他人事のように思う大潮の視線の先に、今しがたまで考えていた相手の後ろ姿が現れる。

 

 

「あ…」

 

 

遠く、今は遠く感じるその背中。あの日以来、体当たりもできなくなってしまったその背中。その背中が遠ざかっていくのを大潮はなす術もなく見つめ、やがてその姿が建物の角に消えると身を翻してその場を走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桟橋に膝を抱えて座り込む。打ち寄せる波の音に身を任せる。遠い、あの背中のことを考える。自分から遠ざけてしまった背中。

 

 

 

「…知りたくなかった…」

 

 

 

これが、初恋だというのならば

 

 

 

「…気づきたく、なかった…っ…!」

 

 

 

そうであれば、あの背中に今も飛び込めた。何も考えることなく、提督に甘えられた。優しい時間に身を浸し、いつまでもいつまでもその穏やかさの中でたゆたっていられた。

 

 

 

 

堪えきれず大潮は嗚咽する。膝の間に顔を埋め、小さく肩を震わせる。いつまでそうしていただろう、しゃり、とコンクリを踏む足音が響き聞きなれた姉妹艦の声が大潮に届く。

 

 

「…大潮、ちゃん?」

 

 

涙に濡れた顔を上げ振り向くと、そこにあったのは荒潮の姿。大潮の泣き顔に驚きはしても少なくとも表面上はそんなそぶりは欠片も見せず、荒潮は大潮の隣に腰を下ろす。

 

 

「珍しいわね…大潮ちゃんがこんなところで、ひとりで」

 

 

泣いていることに触れるでもなく、泣いている理由を聞くでもなく、そんなことを言う荒潮の言葉がどこか有難かった。それでも素直になりきれず、大潮は波間に目を転じると小さく呟く。

 

 

「…大潮だって、ひとりになりたい時くらいありますよ」

 

「ふふっ、そうねえ~…」

 

 

海風に靡く長い髪に手を差し込み荒潮はそのまま言葉封じる。そのまま、ふたり波音に身を預ける。幾何の時が過ぎたのち、ようやく大潮から言葉が漏れる。

 

 

「…知らない方がいいことって、ありますね」

 

「例えば?」

 

「例えば…身近な人への、恋心、とか」

 

 

かっと顔が熱くなる。そんな感覚さえ大潮には疎ましい。再び顔を伏せつま先を見つめ、再び言葉閉ざす大潮の横顔を荒潮はしばらく見つめていたが、やがて静かに立ち上がると大潮の背中に回り大潮を後ろから優しく抱きしめ囁く。

 

 

「そう…大潮ちゃんもそんなことを言うようになったのねぇ~」

 

「…からかわないでください」

 

「からかってなんかないわよぉ?荒潮、ちょっと嬉しい」

 

 

大潮を抱く腕の力に荒潮は少しだけ力込める。大潮の耳元に唇寄せて荒潮は歌うように囁きかける。

 

 

「恋心を知らない方がよかった、なんてことはないのよ?怖くて、苦しくて、切ないけれど…それは、とても素敵なことだから」

 

「荒潮ちゃんにもそんな経験が?」

 

「…ないわよ。ごめんなさいねぇ、耳年増で」

 

 

大潮から目を逸らしぷくっと膨れる荒潮の表情が見えるようで大潮は思わず小さく笑う。ようやく少しだけ笑えて、心が少しだけアゲアゲになった気がする。自分が何を言いたいのかわからないまま大潮が荒潮に何か言おうとしたとき、荒潮が「あら」と呟き大潮から身を離す。

 

 

「どうやらおせっかいな妹はここで退場の時間みたいねえ…あとは頑張ってね、大潮ちゃん?」

 

 

その言葉残し身を翻し、その場を離れる荒潮を目で追う大潮の視界に映ったのは、荒潮と入れ違いでこちらに近づく想い人の姿。白い制服、すらりと伸びた長身、意志の強さを湛えた瞳。真っ直ぐにこちらに近づく提督の姿に大潮は思わず逃げ出したくなる。

 

 

これも、この怖さも、恋だというのか。恋は、温かい感情のはずじゃなかったのか。人はみな恋をかけがえのないもののように讃え、それなのに自分は、逃げ出したくなるほどの怖さの中でそれでも足が竦んで一歩も動けないままでいる。

 

 

慄く大潮の目の前でようやく提督は足を止める。その提督の瞳から大潮は目が逸らせない。怖いのに、怖くてたまらないのに、まるで吸い寄せられたようにして大潮は提督から目が逸らせない。

 

 

抑える術もなく、大潮の瞳にまた涙浮かぶ。その涙水滴に姿を変え大潮の頬を伝うと、提督の唇から小さな言葉が漏れ出ずる。

 

 

「また泣かせちまったか…泣かせたくは、ないんだけどな」

 

 

ゆっくりと大潮の涙掬い、提督は更に言葉続ける。

 

 

「大潮には、いつも笑っていてほしいんだけどな」

 

 

少し寂しげな微笑みが提督の顔に浮かぶ。その透明な微笑みに、大潮の心に何かが満ちる。怖くても、どんなに怖くても、この人にこんな表情をさせてはいけないと大潮の心が切なげに叫ぶ。

 

 

「大潮は…司令官のためなら、笑っていられます!」

 

 

小さな叫び、波風に乗る。大きな瞳、情に潤む。自分を突き上げる衝動に身を任せ、大潮は震える心振り絞るようにして一心不乱に提督見つめ言葉紡ぐ。

 

 

「司令官のためなら、大潮はいつでもアゲアゲです!司令官のためなら、大潮は決して泣きません!だって、だって大潮は司令官が…」

 

 

笑顔広げ、涙を頬に伝わせ、大潮は最後の言葉波風に乗せる。

 

 

「司令官が…好きだから、っ!」

 

 

ザザ…とさざ波が桟橋に打ち寄せる。ウミネコがどこかで鳴いている。潮を孕んだ海風が大潮の髪、優しく撫ぜる。

 

 

「…見合いの話、正式に断ったよ」

 

「え?」

 

「俺には、大事な子がいるからって。大潮っていう、大事な子が」

 

 

恋を知るには、幼すぎると思った。だから、手が出せなかった。それでも自分を好きだと言ってくれるなら、恋心を自分に向けてくれるなら。

 

 

そんな提督の想い、大潮に注ぎ込まれる。その提督の想いに、提督の瞳に、吸い寄せられるように大潮は一歩、また一歩提督に近づく。頭を下げ、最後の一歩踏み出して、大潮は提督におでこぶつける。

 

 

「…どーん。」

 

 

小さな大潮の身体を抱き寄せる。小さな一歩を踏み出した大潮の身体を抱きしめる。海風が、そよぐ。さざ波が、寄せる。大潮が、ゆっくりとその両手を提督の背中に回す。

 

 

 

 

 

 

 

大潮の小さな心臓の鼓動が提督の鼓動と重なって響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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