艦娘恋物語   作:青色3号

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伊14の場合

昼下がりの鎮守府本館の廊下で、提督は巡潜甲型改二の艦娘に声をかけられた。

 

 

「提督、イヨちゃん見ませんでした?」

 

 

振り向いて、こちらを見上げる潜水艦娘の瞳をのぞき込む。提督から目を逸らし顎に曲げた指を当て、少女はひとり言のように呟く。

 

 

「どこいっちゃったのかしらイヨちゃん…こんなに探してるのに…」

 

「なにを言ってるんだ、イヨ」

 

 

簡単に正体を見破られ、伊14はぱちくりと目をしばたたかせる。双子の姉の伊13のフリをすれば見破れるものはこの鎮守府にもそうそういないはずだが、どうやら提督の目を欺くことはできなかったらしい。確かめるように伊14は提督に向かい問いかける。

 

 

「…わかるの?」

 

「わからいでか」

 

 

さも当たり前のように言ってのける提督の顔をもう一度見つめなおす。正体を見破られたことが悔しいような嬉しいような複雑な気持ちを持て余しながら伊14は肩を竦め、破顔する。

 

 

「あーあ、提督にはかなわないなあ」

 

「悪戯だったらまたの機会にしてくれ…急いでいるから、もう行くぞ」

 

 

簡単に告げその場を離れる提督の背中を目で追いかける。と、パタパタと足音が響き同僚の潜水艦娘が声をかけてきた。

 

 

「あ、いたでち…おーい、ヒトミ。秘書艦さんがお呼びでち」

 

「…いや、私イヨなんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩ピンクのパジャマに身を包み伊14はベッドに腰掛ける。話しかける相手は双子の姉の伊13。

 

 

「どうして提督はイヨとヒトミを簡単に見分けられるんだろ」

 

「ふふ、いいこと教えてあげましょうかイヨ?」

 

 

悪戯っぽい響きの声で伊13は言い、伊14の隣に腰掛けるとその耳元に囁きかける。

 

 

「提督は、まずイヨちゃんを見分けるの…それから、私」

 

 

トクン、と心臓がひとつ鳴る。なぜそんな反応が起こるのか、なぜ顔が熱くなるのかわからない伊14に伊13は囁きまた続ける。

 

 

「嬉しい?」

 

「う、嬉しい…ような、気がする。よくわかんない」

 

 

トクトクと鳴る鼓動持て余しながら伊14は曖昧にお返事する。なんでそんなことが嬉しいのか分からないままの伊14に伊13は言葉続ける。

 

 

「気がついた?自分の、気持ち」

 

「じ、自分の気持ち、って?」

 

 

その答えをどこか怖く思いながらそれでも伊14は問いかけてしまう。伊14の問いには直接答えず伊13は立ち上がりながらこんな言葉を口にする。

 

 

「例えば…私が、提督に告白したらどうする?」

 

「え!?こ、困るよ!だってイヨは提督が…」

 

 

言いかけて、その言葉にびっくりする。最後まで言えなかったその言葉、その言葉を心の中で反芻する。鼓動が激しく鳴り打ち、顔が火照るのを感じながら伊14は初めて気づいた自分の想いと相対する。

 

 

いつからだろう、そんなことを考える。いつから伊13は気づいていたのだろう、そんなことも考える。自分でも気が付いていなかった想い、突然海面を割るくじらのように浮上し、伊14は激しく動揺する。そんな伊14の隣に伊13はまた座りなおし、その華奢な肢体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督への想いを自覚して何日か、その想いは消えるどころか伊14の中で膨れ上がってゆく。一度気がついてしまった想いは頭から離れてくれることはなく、伊14は揺れ動く初恋の情感に翻弄される。あれ以来、提督を見かけると目で追ってしまう。提督がいないと、その姿を探し求めてしまう。

 

 

告白しよう、そう決心するのにそう時間はかからなかった。だけど、実行するにはあまりにその行為はハードルが高かった。幾夜もベッドの中で告白の言葉を練り続け、朝には今日こそ告白すると決心し、でも提督の姿を目にすると話しかけるより先に逃げ出してしまう、そんな日々が続いた。

 

 

それでも、この想いは大きくなっていく一方で、いつかそう遠くないうちに自分の胸に収めておくことはできなくなりそうで───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海軍公用車が鎮守府本館前に止まる。車内から、提督が姿を現す。その時間を前もって熟知していた伊14は、さも偶然のように装って提督に近づき声をかける。

 

 

「おかえりなさい、提督。お疲れさまでした…ところで、イヨちゃん見かけませんでした?」

 

 

これは、賭け。伊14が自分の中で定めた賭け。もし、自分のことを伊14と見破ったら提督にその場で告白する。もし、伊13と思い込まれたら───

 

 

───実際、こんなにオッズの低い賭けもない。今まで一度だって提督は自分と伊13を間違えたことがないのだ。だから、きっと、今回も───

 

 

───そう確信する伊14の思いは簡単に裏切られた。

 

 

「ヒトミか…今帰ってきたところだから、イヨは見てないぞ」

 

 

足元が地面に沈み込む感触があった。目の前が暗くなる思いがした。なんとかその場を取り繕う言葉を探し、その言葉が見つからないうちに瞳を涙が濡らすのを感じ、伊14は提督に背中を向けてその場を駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桟橋に、膝を抱えて座り込む。ひとり、波の寄せる音に身を任せる。結局、提督にとって自分はその程度の存在だった。双子の姉と見分けのつかない、別段特別な存在ではない、ひとりの艦娘。

 

 

足音に気がついた時には、提督は隣に立っていた。逃げ出そうとするより先に身体が竦んだ。提督が自分の横に座るのをどうしようもないままに待ち受ける。

 

 

腰を下ろし、伊14ではなく海の方を見て、提督は伊14に簡単に問いかける。

 

 

「どうしてさっき逃げたんだ、イヨ?」

 

 

何気ないその言葉が、すぅと胸に沁み込む。提督の横顔を見つめなおし、伊14はおずおずと問いかける。

 

 

「…知って、たの?」

 

「わからいでか…一度くらい、騙されたふりをしてみようと思ってな」

 

 

提督の言葉に波音が重なる。提督の横顔から目が離せないまま次に続ける言葉を失う伊14の傍らで、提督は隣の伊14にではなく波に語りかけるかのように話し出す。

 

 

「なあ、知ってるか?俺、まずイヨのことを見分けて、それからヒトミを見分けるんだぜ」

 

 

いつか伊13にも聞いたその言葉、その言葉を提督に言われて伊14の心臓がうるさいくらいに激しく打つ。なにか、決定的な瞬間が近づいていることを感じながら伊14はうわごとのように提督に問う。

 

 

「それは、なんで?」

 

「…言わなきゃわかんねーのかよ」

 

 

ぼりぼりと頭の後ろのあたりを掻きながら、提督はしかめっ面見せる。頭を掻く手を止め姿勢を正し、提督はまだ伊14には目を向けないまま波に向かってぶっきらぼうに言い放つ。

 

 

「イヨのことが、好きだから」

 

 

言葉は、まず心臓に届いた。これ以上激しくなることはないと思っていた鼓動が、おおきくひとつ波打った。見つめる提督の横顔涙で滲むのを感じながら、伊14は知らず笑顔浮かべ一言だけ告げる。

 

 

「ズルいな…先に、言われちゃった」

 

 

返事の代わりに提督は手を伸ばし、伊14の肩を抱く。そのまま、華奢な伊14の身体を抱き寄せ自分の身体に押し付ける。

 

 

「提督…」

 

「ん?」

 

「…好き」

 

 

小さく、それでもはっきりと呟く。伊14の肩を抱く提督の手に力がこもる。波が、桟橋に押し寄せる。海風が、ふたりを優しく撫でる。

 

 

 

 

服越しに感じる提督の体温は、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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