艦娘恋物語   作:青色3号

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天津風の場合

ひとり岸壁を天津風は歩く。海からの一陣の風が、その濃茶のセーラーワンピースを揺らし、プラチナブロンドの髪を靡かせる。髪を抑え海に目をやり天津風は小さく呟く。

 

 

「…いい風ね」

 

 

遠く、水平線に瞳を向け天津風は更に呟く。

 

 

「おかしな話ね…風を、心地よく感じるなんて」

 

 

その瞳が何かを考えるような色になり、哀愁を帯びた光を湛える。遥か水平線の向こうに瞳を向けたまま、視線は自らの奥深くに潜らせ天津風は知らず独り言つ。

 

 

「私は、艦なのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

人になりたくて、人になれなくて、人に憧れて───それなのに戦いのたびに思い知らされる。自分は、“艦”なのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

岸壁から足を運び鎮守府の建物の並ぶ界隈に辿り着き、天津風は散策を続ける。建物の角を曲がって中庭に出たところで、第六駆逐隊の電と雷、そしてこの鎮守府の最高責任者たる提督が何やら集まっているのに気づく。

 

 

「司令官、猫さんなのです!」

 

「おう、かわいいな。どこから迷い込んだのかな?」

 

「わ、わたしにも少し抱かせてよ、電」

 

 

両手で仔猫を提督に向かって差し出す電とその横でそわそわした様子を隠そうともしない雷、そして電の前に立ち優し気な微笑みを仔猫とふたりに交互に向ける提督の姿。

 

 

提督のその表情を目にした途端、とくん、と天津風の鼓動がひとつ打つ。船の自分には無用な感情、艦の自分には無縁のはずの感情。

 

 

その感情に蓋をして天津風は三人に近づく。さりげなさを装い天津風は落ち着いた声をその場に向ける。

 

 

「こんにちは」

 

「あ、天津風さん。こんにちは、なのです!」

 

「こんにちは、天津風さん」

 

「よう、天津風」

 

 

第六駆逐隊のふたりに穏やかなまなざし交互に向け、それから天津風は提督に声をかける。

 

 

「仔猫?」

 

「ああ、鎮守府に住み着いた猫の子供らしくてな」

 

「そう…かわいいわね」

 

 

おかしなものだ、と天津風は思う。仔猫をかわいいと思うことも、その姿に思わず微笑み浮かぶことも。自分は、艦なのに。戦うための鋼鉄製の、無機質な艦のはずなのに。

 

 

「…私にも、少し抱かせて?」

 

 

それはそれとして、仔猫はかわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、演習を終え天津風は報告のため書類ホルダーを抱え提督執務室を訪れる。秘書艦の大淀は別の場所で仕事をしているらしく、ひとり執務室に残る提督に天津風は出迎えられる。書類ホルダーを両手で持ち、天津風は要領よく簡潔に報告を終える。

 

 

「…以上が、本日の演習の結果です」

 

「ご苦労」

 

 

固い表情で天津風の報告を聞いていた提督が、その表情を緩ませる。机の引き出しを開けて何かごそごそとやっていたかと思うと提督は立ち上がり、板チョコを手に天津風に近づく。

 

 

「運動した後は甘いものが欲しいだろう。こんなもんだがよかったら」

 

 

微笑みとともに差し出される板チョコには手を出さず、天津風は書類ホルダーを抱きしめ寂しげな笑み顔に浮かべる。

 

 

「あなたは、優しいのね」

 

「そうかな?」

 

「私は…私たちは、艦なのに」

 

 

その言葉に提督が微かに身を揺する。そんな提督の顔は見ないまま顔を伏せ気味に天津風は、いつもは口にしない言葉唇に登らせる。

 

 

「だって、そうでしょう?私たち艦娘は、艦の記憶を受け継ぐもの。深海棲艦と戦うための存在…鋼鉄と重油を糧とする、戦闘艦」

 

 

なぜ、今日に限ってそんな言葉を口にするのか。分からないまま天津風はそこまで静かに口にする。そのまま言葉閉ざし寂しげな微笑み浮かべる天津風を提督は言葉探すように見つめていたが、やがて一言問いかける。

 

 

「天津風は、なんのために戦う?」

 

「え?そんな、いきなり言われても…」

 

「いいから、答えて」

 

 

その答えは、いつも胸にある。それでも、改めて口にするのは恥ずかしい。踏ん切りがつかぬまま天津風は書類ホルダー抱きしめもじもじと身を揺すっていたが、自分を貫くような提督の視線に言葉を押し出されるようにして小さな声で答える。

 

 

「静かな海を取り戻すため、もう誰も泣かない世界のため…よ」

 

 

言葉にして、そのこと今一度自覚する。自分は、人のため、世界のために戦うのだと。そのために自分たち艦娘は、その身を戦に捧げるのだと。

 

 

その答え聞くと大きくひとつ息をつき、提督は天津風に言葉向ける。

 

 

「そうだな…他の艦娘も、そんなことを言っていた」

 

 

固い表情崩し微笑み浮かべ、清浄で哀しい微笑み浮かべ、提督は言葉続ける。

 

 

「人のために、静かな海のためにその身を捧げると誓うお前らと、その純粋な心に付け込んで年端もいかぬ少女であるお前らを戦地に送り続ける俺らと…どちらが、人を名乗るに相応しいんだろうな」

 

 

天津風は絶句する。大きく目を見開き提督を見上げる。その天津風の目を真っ直ぐ見つめ、哀しい微笑みは浮かべたまま、提督は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「人に似て、人に非ざる…艦娘を指すその言葉は、本来俺らに向けられるべきものなのかもしれん」

 

「そんな…!そんなこと…!」

 

 

それ以上この人に言わせてはいけない。この優しい人に、自分に刃を向けさせるわけにはいかない。そんな思いで言葉を探す天津風だが、言葉は見つかってはくれない。見つからぬまま焦る天津風に、最後に提督は付け加える。

 

 

「せめて、この戦いを早く終わらせること…それが、俺がお前らにできるせめての償いだと思っている」

 

 

ああ、なぜ、この人はこんなに自分を責めるのだろう。なぜ、この人はこれほどに悲しいまでに優しいのだろう───

 

 

「…優しく、しないで」

 

 

目を伏せ、肩を震わせ、天津風は呟く。と、勢いよくその顔を上げ、天津風は涙その瞳に湛え小さく叫ぶ。

 

 

「優しく、しないで!そんなに優しさを向けられたら、私、わた、し…」

 

 

涙、その白い頬に伝わせながら天津風は高く叫ぶ。

 

 

「あなたのこと、好きになっちゃう、からあ…っ…!」

 

 

船の自分には必要ない感情、艦の自分には無縁の感情。そのはずだった感情に、激しく、身を揺さぶるほど激しく突き上げられ天津風は嗚咽する。肩を震わせ再び目を伏せ、零れ落ちる涙拭おうともせずしゃくりあげる天津風に提督は一歩近づくとその手を天津風に伸ばす。

 

 

「…好きになってくれよ」

 

 

哀し気な微笑み消し、ひたむきな光瞳に宿し、提督は天津風を抱き寄せる。その小さく華奢な肢体壊れるほど強く抱きしめ、提督は苦し気に天津風の耳に囁きかける。

 

 

「俺が、許されるなら…お前らに、許されるなら…」

 

「違う、違う、許すとかじゃない…」

 

「…俺を好きになってくれよ天津風。俺も、お前が好きだよ。許されないかもしれないけど、お前のことが好きなんだよ天津風」

 

 

提督の胸の中で頭を振る。その胸板に、両手をあてる。支えを失くした書類ホルダーが床に落ちる。それを拾い上げることもせず、天津風は提督に抱きしめられながらしゃくりあげる。

 

 

「いいの?いいの?…艦の、戦闘艦の私を…」

 

「天津風は、人だよ」

 

 

天津風を抱く腕に力をこめる。温かな、柔らかな感触が提督に伝わる。その愛しい存在、もう離さぬと誓いながら、提督は天津風に囁きかける。

 

 

「この感触は、人だよ」

 

「…うん」

 

 

ああ、もしかしたら許されるのかもしれない。自分を、人だと信じることが。この大きな存在に包まれて、その優しさにくるまれて、自分が人であることを信じてもいいのかもしれない。

 

 

 

 

頬を伝わる涙の感触。天津風が、人であることの証。提督に伝わる天津風の感触。少女が、人間であることの証明。

 

 

 

 

ああ、人は、世界はこんなにも優しい。ならば、やはり私は人のため、世界のために戦おう。艦としてではなく人として。そう天津風は心に誓う───

 

 

 

 

───この優しい人を、守るため

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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