白露型駆逐艦三番艦・村雨はその日提督執務室に呼ばれた。ツインテールの髪を揺らし村雨は執務室に現れる。お茶目な笑顔浮かべおどけたような敬礼捧げ村雨は提督に挨拶する。
「白露型駆逐艦・村雨、お求めに応じ参りました♪」
村雨の敬礼にひとつ頷くと提督は早速用件に入る。
「村雨、前々から伝えていたお前の第二改装の準備が整った」
「第二改装?」
「うむ、明後日ヒトマルマルマル、開発工廠に出頭せよ。そこで第二改装を受けてもらう」
ちょっとだけ緊張するような表情が村雨に浮かぶ。第二改装、それは日頃の近代化改修とは違い艦娘の力を大幅に強化する根本的な艦娘の改装を意味する。その意味するところを捉え、それでも村雨は表情ほぐし笑顔もう一度顔に浮かべ提督に向けて明るい声向けた。
「わかりました。改装された村雨の、もっといいとこ見せたげる!」
その日が訪れ、提督は執務室でひとり村雨の改装報告を待つ。時間はヒトヨンマルマル、まだ机の上の電話機は鳴らない。改二改装を迎える艦娘は初めてではないとはいえ、慣れぬじりつく心を持て余す提督の耳にようやく電話のベルが届いた。
「提督執務室…ああ、私だが…そうか、無事終了したか」
電話の受話器を置き、ほっと息をつく。やがて村雨本人が報告に現れるはずだ。はたして、幾何もしないうちに執務室の扉をノックする音が響く。「どうぞ」と簡単に応えると扉が開き、ひとりの大人びた駆逐艦娘が姿を現す。
「白露型駆逐艦・村雨、無事第二改装を終えました♪」
腕を後ろ手に組み花のような笑顔咲かせる村雨の姿に提督は言葉を失くす。豊かに広がる栗毛のロングヘア、幼い色香漂わせる風貌。面影を残しながらも一気に大人っぽく成長したような村雨の姿から提督は目が離せなくなる。
思わず立ち上がり、提督は村雨に近づく。その呆然としているとも見える表情に何を感じ取ったか村雨は顔を提督につきだし感想をねだる。
「どう、提督?村雨、オトナぽくなったでしょ」
「あ、ああ…」
お間抜けにもそれ以上言葉続かず提督は村雨に背中向ける。そんな提督の態度に少し不満覚えて村雨は甘い声提督にかける。
「では、村雨のこれからの予定は?」
「………」
「演習?その前に公試運転かしら?あ、それとも改装祝いで半休?」
「…………」
ここで村雨は提督の異変に気付く。いつもならテキパキと指示を向けてくる提督が今日に限っては黙り込んだままだ。それに、なんだかよそよそしい。普段なら笑顔のひとつも村雨に向けて改装の労をねぎらってくれるはずの提督が背中を向けたまま何も言ってくれない。
次第に膨れ上がる不安感押さえつけ村雨は提督の背中に向かいむくれた声向ける。
「ふ~ん、そうですかぁ~…この村雨を、放置ですかぁ~…」
返事をしない提督の背中に村雨は尖らせた唇向けていたが、やおら提督の背中に抱き着く。
「村雨、そんな趣味ないから構ってぇ~!!」
「わっ!」
いきなり村雨に後ろから抱き着かれ、提督は振り向きざま村雨を振り払う。提督に思いのほか強い力で振りほどかれた村雨は思わず後じさり後ろに二、三歩たたらを踏む。流石に気まずそうな表情を浮かべる提督を呆然と見つめながら村雨は胸に片手をあてる。
拒絶された───その思いが村雨の心臓を貫く。その意味を考えるより先に、涙が村雨の瞳に滲む。村雨は背中を提督に向け、提督が何か言う前に執務室を飛び出した。
ひとり、桟橋に村雨は立つ。海からの風が、村雨の豊かな栗毛を靡かせる。朝とは違うその感覚、それすら村雨には疎ましい。
改二改装を受けたからだ。明らかに、第二改装を受けたからだ。突然、距離の遠くなった提督。やけによそよそしくなった提督。
「…受けるんじゃなかった…」
ひとことそう呟いたのを合図に村雨の頬を涙が伝う。顔を覆い、しゃくりあげながら村雨は今度は大きな声を出す。
「第二改装なんて、受けるんじゃなかった…っ!」
その時、背後からコンクリを踏むしゃり、という足音とともに聞きなれた声が村雨の耳に届く。
「なんで、そんなことを言うのかな?」
顔を上げ、涙を拭いもせずに振り向くとそこにいたのは姉妹艦の白露の姿。その姿をぼんやりと見つめる村雨に向かい白露は近づくと、隣に立って村雨ではなく海に向かって微笑み顔を向けながらもう一度村雨に問う。
「第二改装は、私たちにとっての栄誉でしょ?なんで、そんなことを言うのかな?」
白露の横顔を村雨はしばらく呆けたよぅに見つめていたが、やがて自分も視線を海に向けると語りだす。第二改装を受けた直後から提督との距離が開いたこと。提督が、よそよそしくなったこと。
村雨の独白をひと通り聞くと「そうか」と呟き白露は更に言葉村雨に向ける。
「なら、提督に直接聞くべきよ…なんで、急に距離を開けたのか。そうでないと、わからないでしょ?」
至極ごもっともな白露の言葉、しかし村雨は素直に頷けない。そんなこと、とても正面から聞く勇気はない。そんな村雨の想いを知ってか知らずか白露は身を翻し元来た道を戻りながら村雨の耳元に囁きかける。
「ちょうど、本人も来たことだしね」
その言葉に村雨が振り向くと、向こうから近づいてくるのは提督その人。この場を離れる白露とすれ違いながら提督は村雨の立つ場所に近づいてくる。
逃げ出したい、なのに脚が竦んで動けない。せめてと提督から目を逸らし、足元のコンクリに視線を落とす。そんな村雨の一歩前まで提督は近づくと、村雨に向かって声を向ける。
「探したぞ、こんなところにいたんだな」
「………」
「さっきは、すまなかった」
意外に素直な提督の声、その声に吸い寄せられるように村雨が顔を上げる。その村雨の視線真っ直ぐに受け止めながら提督は言葉続ける。
「急に、雰囲気が変わったものでどうしたらいいのかわからなかった…急に、魅力的になったものでな」
そこまで言って顔を村雨から逸らすと口を片手で覆い提督は言い辛そうに言いよどみながら話し続ける。
「いや、今までも魅力的だったんだが…その、なんというか、今までよりさらに綺麗になったというか…」
「…村雨は、村雨のままだよ?」
その言葉に改めて提督が村雨を見つめ返すと、村雨は胸に片手を当て提督にひたむきな視線向けながら言葉紡ぐ。
「提督を大好きな、村雨のままだよ?」
いつも胸にあって、伝えられなかった想い。今、伝えることになるとは思わなかった想い。その想い海からそよぐ風に乗せ、村雨は提督に余すことなく伝える。
提督が、言葉を封じる。ふたりの声の代わりに、カモメの鳴き声が海に響く。海風、村雨の髪を靡かせる。そのまま、静かな時が流れるまま、ふたり無言で見つめあっていたが、やがて提督が微笑み顔に浮かべ沈黙を終わらせる。
「そうだな…村雨は、村雨のままだ」
一拍の間をおいて、提督は更に言葉続ける。
「俺の大好きな、村雨のままだ」
村雨の瞳が見開かれる。鼓動が、波音にも負けないくらい大きく響く。一歩、もう一歩村雨は歩を進め提督の胸にすぽんと収まる。
「…もう、振りほどかないでね?」
返事の代わりに村雨の背中に腕を回す。そのまま、村雨を抱きしめる。あどけなさ残すその姿、変わって、そして変わらないその姿、腕の中に収める提督に村雨は一言だけ付け加える。
「もう、離さないでね?」
了