艦娘恋物語   作:青色3号

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浜風の場合

演習報告を終え、提督執務室を引き上げようとした時、演習相手の第八駆逐隊の荒潮に後ろから声をかけられた。

 

 

「浜風ちゃんって、お胸大きいわよねぇ~…」

 

 

きょとんとした目をして浜風は首だけを振り返らせる。荒潮の唐突な言葉に提督が苦言を呈する。

 

 

「荒潮、いきなり失礼だぞ」

 

「あら~、だって羨ましいんですもの。提督も大きいって思うでしょ?」

 

「それは…」

 

 

豪胆な提督が珍しく言葉を濁らせる。そのまま荒潮と浜風を交互に見て、それから二人から目を逸らし提督は言いづらそうに言う。

 

 

「…まあ、浜風はスタイルいいと思うぞ、うん」

 

 

浜風は改めて身体を提督の方に振り向かせると硬い口調で言葉放つ。

 

 

「お褒め頂いたことはありがたいのですが…私は戦闘艦、特に自分の体形にはこだわりはありません」

 

「こないだの大規模作戦の祝勝会で流行歌メドレー12連発披露した子のセリフとは思えないわねぇ~」

 

「…それはともかく、」

 

 

荒潮の思いもかけない方角からのツッコミにたじろぐものの、厳しい表情を作り直して浜風は提督に言い放つ。

 

 

「胸が大きくても邪魔なだけ…戦闘には、関係ありません。私は、自分の戦績のみで私を証明しようと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、駆逐艦寮の大浴場。浴槽に身を沈めながら浜風は隣で鼻歌を唄う磯風に問う。

 

 

「磯風…私は、スタイルがいいと思いますか?」

 

「ん?なかなか以上のスタイルだと思うぞ…どうした、急に?」

 

「いえ、今日提督にスタイルがいいと褒められまして…」

 

 

自分の豊かな双丘を下から手で掬い上げるようにしながら浜風はひとり考えことに耽る。そんな浜風を横目で磯風は見ていたが、やがて一言声をかける。

 

 

「どうした浜風?笑ったりして」

 

「え?私、笑ってましたか?」

 

 

胸がふわふわするのはお湯の浮力のせいだけではないことは浜風にもわかった。でも、その感情の正体は浜風にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、鎮守府本館の廊下を浜風は歩く。と、角の先から聞きなれた声がする。なにやらお喋りをしているのは同僚の駆逐艦娘と提督のようだ。思わず立ち止まり、何とはなしに浜風はその場の会話に耳をそばだてる。

 

 

「ご主人様~、ぼのたんってスタイルいいと思いません?」

 

「漣、いきなり失礼だぞ…まあ、曙はスタイルいいとは思うがな」

 

「何いきなり酔っ払ったこと言ってんのよクソ提督…ふん、まあ誉め言葉と受け取っておくわ」

 

 

曙の華奢なほっそりとした姿を思い浮かべる。その、豊かとはいえない発育途上の胸部を思い浮かべる。自虐的な微笑唇に浮かべ、俯き浜風は独り言つ。

 

 

「なんだ…誰にでも、言ってるのね」

 

 

当たり前だ、別段不思議なことではない。提督は誰にでも平等な人だ。確かに自分とは方向性は違うが曙は曙ですらりとした魅力的な肢体の持ち主だと思う。だから、提督が曙のスタイルを褒めたとしても何の不思議もない。

 

 

なのに、

 

 

なんで、こんなにがっかりしているんだろう。

 

 

なんで、こんなにショックなんだろう。

 

 

 

自分だけを褒めてほしくて、自分だけを認めてほしくて、その”独占欲”の正体は浜風にもわかった。そして、提督の誰にでも与えられる愛情とはそれは相容れないことも分かった。胸を穿つ痛み堪えながら浜風はひとり想いに沈む。

 

 

なんで、大きな胸なんて持って生まれてきたんだろう。

 

 

戦いには、邪魔なだけなのに。

 

 

なんで、”心”なんて持って生まれてきたんだろう。

 

 

戦いには、邪魔なだけなのに。

 

 

なんで―――

 

 

―――提督を、好きになってしまったんだろう、その想いに気がついてしまったんだろう。

 

 

思いがけない形で自分の想いに気づかされた。いったい、いつからなのだろう。それは、あまりに切ない想いで。それは、叶うと信じるにはあまりに儚い願いで。だって、自分は戦闘艦。深海棲艦との闘争をその本分とする、戦うための戦闘艦。

 

 

視界が、滲む。嗚咽が漏れぬよう口を手で覆う。誰にも気づかれないうちにと、浜風は身を翻し、速足でその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

日は流れ、日常は続く。不調を指摘されながらも、その日も浜風は演習をこなす。自覚してしまった想いが提督の顔を見ることを恐れさせるが、どうしようもなく浜風は提督執務室で提督の前に立つ。

 

 

「…以上で、演習報告を終わります」

 

 

不自然な振る舞いはなかったか。声は、震えてなかったか。そんなことを思いながらの演習報告も無事に終え、浜風は表情引き締め敬礼ひとつ捧げ執務室を離れようと身を翻す。と、扉に手をかけたところで提督が浜風に声をかける。

 

 

「浜風、もしかして調子が悪いのか?」

 

 

その言葉に顔だけを振り向かせる。自分が頼りない瞳をしているだろうことを自覚する。こちらを真っ直ぐに見つめてくる机の向こうの提督を見つめ返しながら浜風は思う。

 

 

―――ああ、やっぱりわかっちゃうんだな…

 

 

―――こういう気遣いができる人だからたぶん私は…

 

 

「…大丈夫です」

 

 

微笑み、それだけ答える。まだ何か言いたそうな提督から目を逸らす。伝えたくて伝えられぬ想い胸に秘め、浜風は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が、浜風の銀の髪を揺らす。埠頭にひとり浜風は立つ。水平線の向こうに目をこらしながら浜風は海からの風が自分の想い拭い去ってくれないかと願う。

 

 

人の形を、少女の姿を持って生まれ変わったのはこういう意味か。だとしたら、あまりに呪わしい。自分は、ただの戦闘艦。戦いに身を置く、戦闘艦。

 

 

「浜風」

 

 

その声に、打たれたように振り向く。果たしてその場に立つのは想い人。白い海軍将校制服に身を包んだ提督は、貫くように浜風を見つめながらゆっくりとその歩を浜風に向けて進める。

 

 

庇うように片手で胸を押さえ目を逸らす。そんな浜風の一歩手前で提督は足を止める。そのまま、何も言わぬまま提督は浜風を見つめていたが、やがて一言また浜風に問う。

 

 

「なにか、あったのか?ここしばらく、浜風は様子がおかしい」

 

 

そんな言葉をかけてくる提督のことは直視できないまま、浜風は提督の問いには直接答えないような言葉を呟く。

 

 

「…なぜ、私たち艦娘は娘の姿を持って生まれ変わったのでしょうか。船のままなら、知らずに済む思いもあったでしょうに…」

 

 

そんな浜風の呟きに提督は怪訝な顔をすることもなく一言で力強く答える。

 

 

「今度は、幸せになるためだ」

 

 

その言葉に浜風が顔を上げる。提督の真剣な表情視界に収めた瞬間、火照る頬をもてあましながらも浜風は震える声で提督に問う。

 

 

「幸せを、望んでもいいのでしょうか…戦闘艦の、私が…」

 

「浜風は、人だ」

 

「だったら…」

 

 

溢れる想い、言葉になる。抑えきれぬ想い、形をとって、浜風の唇から漏れ出す。

 

 

「提督を、お慕いすることも許されるでしょうか…あなたとの未来を、求めることも許されるでしょうか…」

 

 

涙、一筋浜風の頬を伝う。浜風の告白に、提督の大柄な身体が一瞬揺れる。それでも真剣な表情崩すことなく、提督は無言で浜風の薄い肩を掴み引き寄せる。浜風の肢体が、提督の胸に収まる。

 

 

「俺のほうこそ…俺で、いいのか?」

 

 

提督に抱きしめられながら、目を見開く。自分に起きていることが、にわかには信じられない。だって、提督は誰にでも平等な人。誰にでも分け隔てない、残酷なまでに平等な人―――そんな浜風の疑問に答えるように、提督が呻くように呟く。

 

 

「皆に、平等にあらねばならないと思っていた…だから、ずっと黙っていた。でも、浜風も、お前も同じ気持ちを持っていてくれているというのなら…」

 

 

浜風の銀の髪に顔をうずめ、提督は浜風の耳元に囁く。

 

 

「…好きだと言わせてくれ、浜風。好きだ」

 

 

胸を満たす熱い感触、呪いは今、祝福となる。提督の胸の中で浜風は、新たな涙瞳から溢れ出すのを感じ取る。

 

 

 

提督の背中に手を回す。そのまま、提督を抱きしめ返す。これが、自分が温かな肌を持って生まれた意味。柔らかな身体を持って生まれた意味。

 

 

 

浜風を抱く提督の胸は、温かだった。浜風の豊かな胸のうちは、温かだった。

 

 

 

 

 

 

 

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