艦娘恋物語   作:青色3号

44 / 124
涼月の場合

我ながら美味しくできたと思う。だから、小鉢を両手で持つ涼月の顔は晴れやかだった。

 

 

「提督、家庭菜園のカボチャで煮っころがし作ってみたんです。よろしければ、お召し上がりください」

 

 

提督執務室に笑顔で現れる涼月の姿に提督の顔もほころぶ。「ありがとう」と好意を素直に受け取り提督は涼月が小鉢を机に置くに任せる。「では」と用件だけを済ませその場を離れる涼月と入れ違いに、提督と士官学校同期の参謀士官が執務室に現れる。

 

 

「今のは、涼月か?秋月型防空駆逐艦四番艦」

 

「そうだが」

 

 

階級こそ提督と参謀では差があるが、士官学校同期の関係がふたりっきりの時は気安い言葉遣いを可能にする。ふむ、と参謀士官は涼月の出て行った扉の方を見つめ、次いで提督の机の上に置かれた小鉢に目をやる。

 

 

「カボチャの煮っころがしか?」

 

「ああ、差し入れだ。なんでも手作りだそうな」

 

 

椅子の背もたれに背中を預け嬉しそうな様子を隠そうともしない提督に参謀士官は遠慮なしに斬りこむ。

 

 

「まんざらでもないのか?」

 

「え?…ああ、まああれだけストレートに好意を向けられればな。悪い気はしない」

 

 

素直に認める提督に参謀士官は厳しい表情向ける。提督の方に向き直り、参謀士官は硬い声で一言告げる。

 

 

「彼女たちは艦娘だ、人間じゃない…そのことは、ゆめ忘れるな」

 

「…わかっているよ」

 

 

参謀士官の言葉に微かに視線を下げ、提督は呟く。

 

 

「わかっている…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日は、雪だった。はらはらと天空から舞い降りる白い雪片をなんとはなしに見上げながら提督は開発工廠を目指す。と、顔を下ろしたところで視線の先に華奢な少女の後姿を捉える。

 

 

「涼月」

 

「提督」

 

 

思いがけず会えた喜びを隠そうともせず頬を微かに染め満開の笑顔見せる涼月。その笑顔に提督の胸に温かいものが満ちる。足を止める涼月に並び、自分の歩調と合わせてまた歩き始める涼月に提督は何げない言葉向ける。

 

 

「寒いな」

 

「そうですね」

 

「この間は、煮っころがしをありがとう」

 

「どういたしまして…本当は、カボチャは夏の野菜なんですけどね」

 

「そうなのか?」

 

 

そんなたわいない会話を交わしながら提督と涼月は歩を進める。両手を口の前に持ってきて息を吹きかける提督の横顔見上げ、涼月が声をかける。

 

 

「手が、冷えるんですか?」

 

「ああ…冷え性なのかな」

 

 

何かを考えるような涼月の表情には、提督は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、提督執務室。同期の参謀士官と再び次回作戦の軽い打ち合わせをしながら参謀士官はふと口にする。

 

 

「あれから、涼月…例の、秋月型とは何かあったのか?」

 

「いや、ここ数日は会っていないが…何を気にする?」

 

 

ソファセットの皮の背もたれに身を預け参謀士官は差し向かいの提督に注進に及ぶ。

 

 

「お前は、情に脆いところがあるからな…あれだけ、人に近いモノに言い寄られたらころっといってしまうかもしれん」

 

「モノってお前…」

 

「前も言ったが…忘れるな、彼女たちは艦娘だ。俺たちと同じ、人間ではない」

 

 

扉を開ける気配に気が付くのが一瞬遅れた。その時、彼女がついノックを忘れたのが不幸だった。扉の方角に反射的に顔を向け、そこに立ち尽くす涼月の姿を見つけ、その目を見開いた凍り付いた表情に彼女が何を聴いたのかを悟った。

 

 

提督がソファから腰を上げるより早く、涼月は身を翻した。そのまま涼月は廊下へと駆け出し、ふたりの視界から消え去った。呆然と涼月のいなくなった開け放たれたままの扉に近づき、提督は床に何かが落ちているのを見つける。

 

 

手編みの、毛糸の手袋の右手分。ベージュのそれを提督は拾い上げる。しばしその手袋を目にし、それから涼月の消え去った廊下の向こうに顔を向け、提督は駆けだそうとする。

 

 

「おい!」

 

 

背中からの鋭い声に一瞬動きが止まった。こちらに背中を向けたままの提督に参謀士官は厳しい声向ける。

 

 

「今、彼女を追えば後戻りできんぞ…その覚悟は、あるのか?」

 

 

答えは、最初から決まっていた。だから、提督は躊躇なく涼月を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭にひとり、涼月は立つ。片手に、手編みの手袋を握りしめながら。ふと、その手袋を目の前に持ってきて涼月は片方が失われているのを知る。

 

 

「片方、落としちゃったのか…まあ、いいや」

 

 

そのまま、思いっきり腕を振りかぶる。渡せなかった手袋を波間に放り投げようと。

 

 

その手首を後ろから強い力で掴まれた。振り返るとそこにいたのは、いつも顔が見たくて、今一番顔を見たくない、提督その人の姿。

 

 

「捨てるなよ…俺に、くれるんだろ?」

 

 

身体を、提督の方に向ける。俯き、提督の顔から視線を逸らす。自分のつま先を見つめながら涼月は小さく呟きだす。

 

 

「だって…受け取ってもらう、資格なんてないですから」

 

「なぜ?」

 

「私は、艦娘だから…人間じゃ、ないから」

 

 

鋼鉄の偽装を纏い深海棲艦と死闘を繰り広げる、それが自分の本質。人に似て人非ざる者。いつしか提督に惹かれゆくにつれ目を背けていた、自分の正体。

 

 

「どうして…」

 

 

下を向いた涼月の瞳から涙が溢れる。冷たい水滴、一粒二粒と冷たいコンクリートの上に零れ落ち、小さな儚い染みを作る。

 

 

「どうして…艦娘、なんだろう。娘の姿を持って生まれ変わったのなら、どうして人間じゃないんだろう。どうして、あなたと同じじゃないんだろう」

 

 

勢いよく顔を上げ、流れ出す涙拭いもせず涼月は言葉迸らせる。

 

 

「どうして、私はあなたと違うの!」

 

 

叫んだ涼月の手首を掴み直す。そのまま、勢いよく引き寄せる。抗うこともできぬまま涼月の華奢な肢体が提督の胸に収まる。提督に包まれ、濡れた目を見開く涼月の耳元で呻くように提督は言葉紡ぐ。

 

 

「何が違うというんだ…何が、ダメだというんだ」

 

 

涼月の銀の長髪に手を滑り込ませ、提督は言葉続ける。

 

 

「俺のために、手袋を編んでくれた、その心が人間じゃなければなんだというんだ…お前が、涼月が人じゃなければ、一体何だというんだ」

 

 

提督の言葉が耳ではなく直接心に響く気がする。先ほどとは違う理由の涙瞳に湛えさせながら涼月は提督に縋りつく。

 

 

「私を…人と呼んでくれるのですか?あなたと、変わらない存在だと…」

 

 

返事の代わりに抱きしめる腕に力を籠める。その耳元に唇を近づけ、提督は涼月に抑えきれぬ言葉向ける。

 

 

「そうでなきゃ、俺が耐えられない。お前が隣にいてくれないと、俺が耐えられない」

 

 

冬の波が、埠頭に寄せる。冬の海風が、埠頭を走る。その冷たさから涼月護るように、提督は涼月を抱きしめる。

 

 

 

涼月の身体は、温かだった。それは、人の証だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。