艦娘恋物語   作:青色3号

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曙の場合

秘書艦を連れて鎮守府本館の廊下を歩いている時、長い髪を束ねた細身の駆逐艦娘の後姿に突き当たった。

 

 

「曙」

 

 

提督に声をかけられて、駆逐艦娘・曙は大儀そうに振り返りぶっきらぼうな声で一言だけで応える。

 

 

「なにか用?クソ提督」

 

「曙!」

 

 

曙に向かって声を荒げたのは提督ではなくその隣を歩いていた秘書艦の足柄。足柄はつかつかと曙に歩み寄り鋭い声を向ける。

 

 

「いつも言っているでしょう!提督に向かってそんな不遜な…」

 

「構わん、足柄」

 

 

提督のその一言に足柄の言葉も止まる。「フン」と鼻を鳴らす曙のことを苦々しく思いながら足柄は提督に向き直り食ってかかる。

 

 

「でも提督、こんな態度を放っておいたら…」

 

「曙に限って今更だろう。俺が気にしないんだから構わん」

 

 

その言葉で議論を終わらせ提督は曙に話しかけ直す。

 

 

「別に用があったわけではないんだがな。後姿が見えたから」

 

「用もないのに話しかけないで。迷惑」

 

 

突き放すようにそれだけ言うと、曙は足柄の睨みつける視線に見送られながらその場を離れる。苦笑を浮かべるだけの提督の姿に足柄はどこにも持っていきようのないイライラを覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何日か後、昼下がりのその時間。鎮守府のレンガ造りの建物に囲まれた中庭で提督はベンチに座る曙の姿を見つける。なんとはなしにその姿に近づき、気がついた曙が顔をあげるのを待つ。

 

 

「…クソ提督か」

 

「隣、座っていいかな?」

 

「勝手にすれば」

 

 

曙の言葉を最大限好意的に解釈し提督は曙の傍らに腰を下ろす。そのまま、しばらくふたり風が頬を撫でるのを感じていたが、やがて意外にも曙が先に小さな声で口を開く。

 

 

「クソて…提督」

 

「ん?」

 

 

言い直す曙の思いの外素直な声の響きに内心少々驚きながらもそんなことはおくびにも出さず提督は曙の言葉を待つ。そんな提督の横で心なしか身を小さく縮こませながら曙は提督に俯いた横顔を見せながら問いかける。

 

 

「なんで、いつも私のことを許すの?普通、上官を『クソ提督』呼ばわりしたら軍人ならただじゃすまないでしょうに」

 

 

今更と言えば今更な曙の疑問、その疑問に提督は簡潔に答える。

 

 

「軍人なら、な」

 

「え?」

 

「艦娘は…曙は、志願してきた軍人じゃない。海の上で生まれ、なにも分からぬうちに深海棲艦との戦いに駆り出され、いつのまにかそれが当たり前になっていたが、本来お前ら艦娘が人間の生存戦争につきあう義理はどこにもない」

 

 

大前提をひっくり返すような提督の言葉に曙は言葉を失い提督の横顔を見上げる。何も言わず、疑わず人間たちのために命を賭ける自分たちだから提督は自分の横暴を許しているというのか。そんなことを思う曙に顔を向け、提督は今度は質問を曙に向ける。

 

 

「今度は俺から質問だ…構わないかな?」

 

「…好きにすれば」

 

「なぜ、戦う?人間たちのために、戦ってくれる?」

 

 

いつものようにぶっきらぼうに即答しようとして、答えがすぐには見つからないことに気づく。また顔を提督から逸らし視線を足元に向け、やがて曙は小さく呟く。

 

 

「…好きだから、よ」

 

「なにが?」

 

「人間が」

 

 

その言葉がひどく照れくさい気がして、曙は顔を赤らめる。火照る頬を疎ましく感じながらそれでも曙は言葉続ける。

 

 

「最初のうちは、あまり考えなかった…そういうものだと、思っていた。でもある日…」

 

 

そこで一度言葉を切り、自分の中に言葉を探し、曙はまた語り始める。

 

 

「…公休日の日、鎮守府の門を潜ったところで知らない女性に声をかけられたの。『艦娘さんですか?』って。そうですけど、って思わず答えたら…」

 

 

その時のことを思い出したのか、微かに瞳輝かせながら曙は俯き加減なまま続きを語る。

 

 

「『あなたのおかげで主人が助かりました、ありがとう!』って…正直、心当たりがありすぎて何の話か分からなかった。船団護衛の時か、救出作戦の時か…でも、その人に広がった笑顔を見たら…」

 

 

自身も微笑み浮かべながら、そのことには気づかぬまま曙は少し長い語りをまとめに入る。

 

 

「ああ、私が護ってきたものはこれなんだって思えて。護れてよかった、って思えて。そう思える程度には、人間のことが好きなんだって気がついて」

 

 

そこまで話し我に返ったか、曙は何かに気がついたような顔になると急にベンチから立ち上がり今までの口調とは違ういつものぶっきらぼうな口調で言い放つ。

 

 

「つまんない話聞かせちゃったわね!なんだか調子が狂うわ」

 

「つまらなくはないさ」

 

 

その言葉に思わず振り返る。こちらを見上げる提督と目が合う。穏やかな瞳向けてくる提督の姿に不覚にも鼓動が揺れるのを感じる曙に提督は静かに語りかける。

 

 

「別段、人類を代表する立場じゃないが…それでも曙に言わせてもらうよ。ありがとう、ってな」

 

 

鼓動がもうひとつ、跳ねる。顔を強引に提督から逸らし、思わず片手で胸を押さえ、曙はいつも通り毒づいた。

 

 

「余計なお世話よ、クソ提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから何日かの時が過ぎる。鎮守府本館の廊下を歩く提督の目線が、前を歩く細身の駆逐艦娘の姿を捉える。

 

 

「曙」

 

 

振り向いた曙のとった行動は―――提督の予想しないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり顔を前に向け直すと、曙はその場から駆け出す。逃げ出されて思わず追いかけ、提督は曙に追いすがる。艤装を纏っていれば人外の膂力を発揮する艦娘も艤装がなければただの少女、鍛え上げられた軍人の足にかなうはずもない。あっけなく提督に追いつかれ曙は片腕を掴まれる。

 

 

「おい、いきなり逃げ出すことは…」

 

 

言いながら曙をこちらに向かせる。正直、顔を見ただけで逃げ出されたのは少々ショックだ。いつもの言動から決して好かれてはいないことは覚悟していたが、顔を見るなり逃亡するとはよっぽどだ。そんなことを思う提督の目に映ったのは、またも予想もしない曙の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え上がりそうなほど顔を赤く染め、今にも涙零れ落ちそうなほど瞳を潤ませ、曙は怯えた視線提督に向ける。あまりに予想外の曙の様子にその腕を掴んだまま提督が固まるのを認知しながら、曙は恐れていたことが起きたことを悟る。

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、あのベンチで提督と隣り合った日、あとから思えばあの時ガードを下げすぎた。いつになく素直に本音を語り、その時に今まで保っていた心の壁が崩れるのを自覚しながらどうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

いつからだろう、惹かれてゆく心を自覚して、そのことに怯えて、伝わるはずないと思って、心に蓋をした。突き放すような態度を取り、刃物みたいに尖ってみせて、心に壁をそびえさせれば、いつか忘れられると思っていた。

 

 

 

 

 

 

なのに、あの時、いつになく素直に自分の本心を語った時、心の結界を緩めてしまった。そのこと知りつつも一度崩れた防壁を築き直す術も知らず提督から逃げ出すしかなかった。

 

 

 

 

 

それもあっけなく追いつかれ、無様に噴出した感情を隠す方策はもはやない。熱く紅潮する頬がなにより雄弁に“クソ提督”への想いを語るのを自覚しながら、曙は俯き涙声で呟く。

 

 

「…笑えば」

 

 

精一杯の強がり、それすら虚しい。もう提督の顔は見れぬまま、頬に涙伝わせるにまかせながら曙は呟きを続ける。

 

 

「そうよ、あんたが好きなのよ…笑っちゃうわよね、種明かしすればこんなことだったなんて。あれだけ悪態ついておいて、オチが今更…」

 

 

曙の言葉は最後まで続かなかった。掴まれたままの腕を、いきなり強く引き寄せられた。何が起きたか知る前に、曙の華奢な肢体が提督の胸に収まる。

 

 

涙に濡れた目を曙は見開く。その耳に、提督の押し殺した声が届く。

 

 

「…ちゃんと言えよ、そういうことは」

 

 

曙を抱きしめ、その髪に指を通しながら提督は呻くように囁く。

 

 

「嫌われているものだと思っていた…だから、諦めようと思っていた。伝えられる時が来るとは思わなかった」

 

 

細かく震える曙の薄い背中を強くかき抱き、耳元に唇を寄せ提督は告げる。

 

 

「好きだ、曙。好きだ」

 

 

心の壁が、崩れ去る。崩れ去ったその先に、勢いよく情感がなだれ込んでくる。その感情に名も付けられず、曙はその奔流に押し流されまいとするように提督の胸に縋りつく。

 

 

 

 

 

 

 

心の壁を崩して流れ込んできたものは、とても温かく、優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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