艦娘恋物語   作:青色3号

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大井の場合

艦隊が母港に帰投する。傷つき、血を流し、黒煙を背負って。桟橋から埠頭に上がり、脇腹を手で押さえ身を屈めながらぼろぼろの艤装と制服纏う大井はよたよたと歩きつつ悪態をつく。

 

 

「ちっ、なんて作戦…」

 

 

泊地を設け居座る深海棲艦艦隊への連続出撃、繰り返される戦闘は確実に深海棲艦の戦力を削っていたが出撃ごとの艦娘たちの被害も大きなものだった。作戦室から埠頭まで足を運び傷ついた艦娘の入渠の陣頭指揮を執る提督の姿を認めると大井はつかつかとその立ち姿に近づき声を荒げる。

 

 

「提督!」

 

 

声の方角に静かな顔を提督は向ける。その落ち着いた態度が大井のいらだちを倍加させる。怒りを隠そうともせず大井は鋭い声提督に浴びせる。

 

 

「いつまでこんな作戦続けるんですか!北上さんまでケガをして…」

 

「まあまあ、大井っち」

 

 

大井の声を折ったのは提督ではなく北上の声。憤懣やるかたなしの様子の大井に後ろから近づき呑気にも聞こえる声で北上は大井をなだめる。

 

 

「仕方ないよ、あの海域はシーレーン上重要な海域だから近海に居座る敵さんたちをほっとくわけにもいかないし…敵さんたちの護りが固いのは分かってたことだしね」

 

 

そういう北上も制服は破れ艤装は傷つき、悲惨な姿だ。それでもにへらっと笑ってそんな台詞をのたもう北上の姿に大井の顔が大げさに歪む。

 

 

「ああ、北上さん。あなたはなんて優しいの?もしかして天使なの?」

 

「大げさだなあ、大井っちは」

 

「こんな甲斐性なしの提督のフォローまでするなんて…」

 

「大井」

 

 

冷たい声で届く提督の呼びかけにさすがに言い過ぎたかと大井も怯む。それでも素直に頭を下げる気にもなれず不貞腐れた表情を大井は提督に向ける。

 

 

「なんでしょう、甲斐性なしの提督様」

 

「4番修理ドックが開いている。そちらに入渠しろ」

 

「何言ってるの!?私より北上さんが先でしょう!」

 

「バイタルエリアへの被害はお前の方が甚大だ。つべこべ言わずに入渠しろ」

 

 

それだけ短く告げると提督はその場を離れ別の艦娘の集団に近づき指示を飛ばす。その後姿を大井は睨みつけていたが、やがてようやく修理施設の方角へと足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半日にわたる入渠も終わり、癒えた身体を大井は執務室へ向かわせる。修理報告が終わったら北上さんを誘って甘味処・間宮にでも行こうかしら、などと考えながら。夕飯前に甘いもの食べたら太るかな、とも思うが北上とのひと時の時間は抗えないほどに魅力的だ。だらしなく頬を緩ませながら執務室の扉を開き「失礼します」と奥に足を踏み入れる。

 

 

簡潔かつ要領よく大井は修理報告を終える。提督がひとつ頷く気配を感じながら顔をバインダーから上げると、提督机の上にある小箱に気がつく。無骨な提督机と書類の山に似合わない雰囲気放つその小箱に興味をそそられて大井は一歩提督机に近づくと提督に問う。

 

 

「これは?」

 

「なんというかまあ…指輪だ」

 

「指輪?」

 

 

意外過ぎる言葉に大井は首をかしげる。その大井からは目を逸らし複雑な表情を見せながら提督は大井に説明する。

 

 

「先日、妖精どもが用意したものだ…研究所の連中によると、艦娘の強化装備らしい」

 

「強化装備?」

 

「ああ、なんでもその指輪をつけた艦娘ひとりに限り練度向上の大幅効率化が見込めるとか」

 

 

指輪が練度向上効率化の装備とは悪趣味なこと、と大井は思う。その大井に向かい若干言い辛そうに提督は言葉続ける。

 

 

「その指輪が効果を示すには条件が必要でな。指揮官、つまり俺との強い心の結びつきが必要なんだそうだ」

 

「…心の、結びつき?」

 

「大本営は『ケッコンカッコカリ』とその結びつきを命名したそうだ。何ともふざけた話だ」

 

 

ドクン!と大きくひとつ打つ鼓動が大井の身体を揺るがせる。ケッコン、の一言にあてられたようにのどがカラカラになる。―――ケッコン?提督が?

 

 

「いずれにせよ指輪はこうして託されたが、俺は誰にもこの指輪をはめさせる気はない。こんなものに頼らずともお前らの練度向上は達成できる」

 

 

その言葉に覚えたのは、深い安堵―――なぜ、そんな感情を覚えるのか大井にはまだわからないまま。揺れ動く心に混乱を覚える大井に提督はまとめの言葉を向ける。

 

 

「詳細は改めて公表するが……なにも、変わるわけじゃない。お前ら艦娘には落ち着いて日々の任務を果たしてほしい」

 

 

変わったものはある。自分の中で、なにかが大きく変わった―――その変わったものの正体分からぬまま、大井は小さくこくんと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと軽巡寮の廊下を歩く。まだ混乱したままの心を抱えながら。ふらふらとした足取りで廊下を進みながら大井は先ほどから頭を巡って離れない思い反芻する。

 

 

提督が結婚する、その可能性を今まで考えたこともなかった。今まで通りの日常が、いつまでも続くものだと思っていた。自分がいて、北上がいて、同僚の艦娘たちがいて―――提督が、いて。

 

 

それでも、いつか提督が誰かのものになる日が来るのかもしれない。自分の手の届かないところに、行ってしまうのかもしれない。その想像にすさまじい恐怖覚えて、なぜそんなに怖がるのかわからなくて、そしてそれをどうすれば防げるのかわからなくて―――

 

 

「大井っち?」

 

 

背中からかけられた聞き慣れた声にぼんやりと振り向く。そこにいたのははたして北上その人。「北上さん…」と知らず呟く自分の声が遠くから聞こえる。そんな心ここにあらずの大井の姿に北上は首をかしげる。

 

 

「どうしたのさ、ぼーっとして。なにか、あった?」

 

 

どう説明していいのかわからないまま、それでも大井は俯いた姿勢でぽつりぽつりと語りだす。先ほど、提督執務室で聞いた内容を。指輪と、提督と艦娘の『ケッコンカッコカリ』の話を。

 

 

「ふ~ん」と興味なさげに北上は大井の話を聞いていたが、大井がひと通り話し終えると腰に片手を当てにっと笑うと一言告げる。

 

 

「じゃあ、大井っちが提督のお嫁さんになるかもしれないんだ」

 

「なっ!?」

 

 

バムッ!と音を立てそうな勢いで大井の顔が朱に染まる。口をパクパクとさせながら、大井は言葉振り絞る。

 

 

「な、な、な、なんで、わ、わ、わ、私が…」

 

「あれ、違うの?てっきりそういう話かと」

 

「わ、わ、私は、き、北上さんが…」

 

「それは違うよ、大井っち」

 

 

少しだけ寂しげな微笑み顔に浮かべ、静かに北上は語りだす。

 

 

「大井っちのあたしに対する思いは…大井っちの、提督に対する想いとは違う」

 

「………」

 

「大井っちになつかれて楽しかったけどね、でも、いつまでも自分の想いからあたしに逃げるのは終わりにしなきゃ」

 

 

ぽろり、と大井の瞳から涙零れる。ぽろぽろぽろ、と止まらぬ涙大井の頬を流れ落ちる。この涙はなんの涙か、今まで自分の本心と向き合わず北上を逃げ場にしていたことへの罪悪感か、今しがた自覚させられた提督への想いが溢れ出しているのか、分からないまま大井は涙流し北上に近づきその肩に額を寄せる。

 

 

「北上さん…」

 

「大丈夫、あたしと大井っちはいつまでも親友、かけがえのない姉妹艦同士だよ」

 

「北上さぁん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の廊下をつかつかと大井は大きな歩幅で歩いていく。目指すは提督執務室。もう、逃げてばかりはいられない。今までの自分の提督への態度を考えるに絶望的すぎる状況ではあるけれど。なに、轟沈は初めての経験じゃない。いずれにせよ、この自分の“初恋”にけじめをつけないと自分はこの先一歩も進めない。

 

 

バタン!と音を立てて執務室の重い扉を開く。そこに提督が先ほどと同じように一人だけいるのを確かめ、密かに安堵する。突然ものも言わず挨拶も抜きで現れた大井の姿に驚いた表情を向ける提督にずかずかと大井は近づくと提督机にバン!と両手をつき開口一番こう叫ぶ。

 

 

「提督!先ほどの指輪!」

 

「指輪?…ああ、ケッコンカッコカリの……」

 

「そう、その指輪!それ、私にください!」

 

 

ぽかん、とした表情を提督は浮かべる。その唇から呻くような声漏れる。

 

 

「お前…自分が何言っているのかわかってるのか?あれは、あの指輪は……」

 

「あなたこそ私の言ってる意味が分からないの!?」

 

 

再び涙その瞳から溢れ出すのをどうしようもなく感じ取りながら大井は涙声で叫ぶ。

 

 

「好きなのよ、あなたが好きなのよ!なんで分かってくれないんですか!?魚雷、撃ちますよ!?」

 

 

その言葉を区切りに訪れる静寂、一瞬にして永遠の数秒。その静寂を破るように提督は椅子から腰を浮かせると、机を回り込み大井の傍に歩み寄る。

 

 

提督に向き直り、その顔見上げる。涙で提督の表情がよく見えない。しゃくりあげながら、それでも霞む視界に必死に提督の姿を捉えようとする。

 

 

提督の手が延ばされる。その手が、大井の髪を捉える。大井の華奢な肢体を自分の胸元に誘いながら提督は囁く。

 

 

「…受け取っては、もらえないと思っていた……」

 

 

大井を抱きしめ、その栗毛の髪を指で梳きながら提督は大井の耳元に囁き続ける。

 

 

「大井に受け取ってもらえないのなら…誰も、渡す相手などいないと。そう思っていたのに……」

 

 

最後に、確かめるように提督は呟く。

 

 

「指輪……受け取って、くれるのか?」

 

「何度も言わせないでよ…ほんとに、魚雷撃ちますよ?」

 

 

くすり、と提督が小さく笑う。なぜかその小さな笑い声に、絶望的だと思えた自分の想いが届いたことを知る。提督の胸に身を寄せながら、このときは大井は北上のことも忘れ、ただ自分の中に広がっていく提督の存在の大きさに酔う。

 

 

 

 

 

 

 

大井の左手の薬指に銀の指輪が光ったのは、それからしばらく後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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