艦娘恋物語   作:青色3号

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夕雲の場合

この季節長くなった日照時間もこの時間になると夜の帳が下りる。提督の執務机に直角に提督のより少し小ぶりな机をくっつけて書類仕事に勤しんでいた秘書艦の夕雲が書類から目を上げて提督に問う。

 

 

「提督、こちらの書類は終わりました。 あとは何をいたしましょう?」

 

「そこまででいいよ、夕雲。もう上がってくれ」

 

 

自分の取り組む書類から目をあげないまま言葉だけ向ける提督に夕雲は微笑みかけると甘さ含んだ声を出す。

 

 

「提督、もっと甘えてくれていいんですよ?」

 

 

夕雲のその言葉に提督は苦笑い浮かべる。書類にペンを走らせながらの格好で提督は夕雲に簡単に告げる。

 

 

「いや、言葉だけありがたく受け取っておくよ。もう上がってくれ」

 

 

提督のその言葉に夕雲はちょっとだけ頬を膨らませる。もっと甘えてくれていいのに―――とその表情は告げているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも素直に提督の言葉に従って夕雲は提督執務室をあとにする。一度艦娘寮の自室に戻ってちょっと経ったところで、夕雲は小腹がすいていることに気づく。残業にお夕飯は済ませてはいたのだけど、頭を使う時間が長くてエネルギーを消費したらしい。体重計の恐怖を取るか今この時の快楽を取るか―――しばらく逡巡したあと、夕雲はゴロゴロしていたベッドから身を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時間は酒保も閉まっているしあいにく買い置きも切らしている。なので夕雲の足は自然と寮から離れ鎮守府の一角へと向かうことになる。古参の空母娘で今は現役を半ば退いている鳳翔が鎮守府に間借りして営んでいる小料理屋、そこでビールの一杯となにか小腹を満たすツマミを調達しようと思って。

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳翔の小料理屋にはその時間先客がいた。カウンター席で冷酒を手酌で注ぎながら提督は鳳翔に言葉向ける。

 

 

「という感じで、何かあれば夕雲は『もっと甘えてくれていいんですよ』って繰り返すんだが…」

 

「いじらしいじゃないですか、それだけ提督を慕っているんですよ」

 

「そうは言ってもなあ……」

 

 

おちょこを口に運んで喉を潤し、提督は更に言葉続ける。

 

 

「夕雲に甘えろったってそういうわけにはなあ……鳳翔さん相手のようにはいかないよ」

 

 

ガラス戸が開く音に提督が振り向くと、そこには顔を青くした夕雲がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督がなにか言う前に、夕雲は身を翻してその場を駆け出す。聞きたくなかった提督の言葉、その言葉から逃れるようにして。

 

 

 

私が、駆逐艦だから?

 

 

 

私が、まだ子供だから?

 

 

 

 

自分の色気には多少は自信があった。しかしそれも、駆逐艦の中ではという限定条件付きだ。所詮自分は提督には女として見てもらえない存在だったのかもしれない。鳳翔さんのようには、行かないのかもしれない。好きで駆逐艦に生まれたわけじゃなのに、好きでこんな姿に生まれたわけじゃないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が、滲む。月がぼやけて見えなくなる。走り続けることに疲れて、夕雲は頬に涙伝わせながら波止場で足を止める。

 

 

 

 

 

 

 

欠けた月を見上げる。流れる涙拭うこともしないまま。波止場に立ち尽くすその耳に、コンクリを踏む足跡が届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして、追いかけてきたんですか?」

 

 

背中を相手に向けたまま、夕雲は問う。その背中に向けて提督は少し困ったような声を向ける。

 

 

「そりゃあなあ、あんな形で逃げ出されたらなあ」

 

「同情だったらやめてください。余計惨めになるだけです」

 

 

俯き、新たに溢れ出す涙頬を濡らすのを感じながら夕雲は震える声を絞り出す。

 

 

「好きな人にも甘えてもらえない、そんな甲斐性のない女だと思われて、その上同情だなんて…」

 

「あ~、それなんだが…」

 

 

頭の後ろを掻きながら提督は一瞬の躊躇いの後思い切ったように口にする。

 

 

「夕雲に素直に甘えられないのはな、別に夕雲に問題があるわけじゃない」

 

「…………」

 

「ただ、その、なんだ。好きな相手には見せたくないじゃないか、カッコ悪いところは」

 

 

夕雲の目が見開かれる。それでも、その身が提督の方を向くことはない。かけられた言葉がにわかには信じられなくて、夕雲はその場に立ち尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

その夕雲に提督はゆっくりと近づく。夕雲の背中に、静かに腕を伸ばす。後ろから夕雲を包み込み、提督は夕雲の耳元に囁きかける。

 

 

「男ってのはな、好きなオンナの前ではいつもカッコよくありたいものなんだよ」

 

「そんな……そんなこと、急に言われても……」

 

「イヤか?」

 

「……ズルいです」

 

 

自分の華奢な身体に回された腕に片手を添えて夕雲は目を閉じ囁き返す。

 

 

「イヤなわけ、ないじゃないですか……私こんなに、提督のことが……」

 

 

それ以上は言葉にならない。小さく夕雲はしゃくりあげる。その涙を封じるかのように提督は夕雲を後ろから抱きしめる腕に力を込める。

 

 

「……少し痛いです、提督」

 

「ガマンしてくれ。ようやく手に入れたモンでな、今しばらく力いっぱい味わっていたいんだ」

 

「ふふ、甘えっ子の提督ですね」

 

 

その言葉にぴくりと提督が反応する。思わず、夕雲を抱く腕の力が緩む。その腕に添えた手に力を込めて夕雲は柔らかに微笑む。

 

 

「いいんですよ、提督。私に甘えたって、いいんです」

 

「……たまには、いいか」

 

「そうですよ、甘えてくれていいんです」

 

 

夕雲を力いっぱい抱き締め直す。夕雲の唇から、ため息が漏れる。それは強く抱き締められたからか、強く想いが溢れ出たからか。溢れる感情に名もつけられぬまま夕雲は目を開け月を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

月の明かりがふたりを照らす。ふたりの姿を、包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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