艦娘恋物語   作:青色3号

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飛鷹の場合

平和な海の架け橋となる、はずだった。しかし、実際に生まれ落ちた海は戦いの海だった。豪奢な装飾の代わりに装甲を、着飾った船客の代わりに艦載機を、そうして幾多の海で戦い続けた。戦いに生き、戦いに沈み────

 

 

 

 

────そして生まれ変わった今、またも戦いの海に居る。

 

 

 

 

 

敵機の投下した250kg爆弾は、飛鷹のすぐ近くの海面で炸裂した。かしぐ身体のバランスを保ち、飛鷹は発艦作業のタイミングを図る。しかし 敵機動艦隊の猛襲を躱しながらでは発艦に必要な全力直進もままならない。敵に先手を許した形になったことに臍を噛む気分で飛鷹はそれでも一瞬の隙を見逃すまいとする。

 

 

ふと、海面を揺るがしていた爆音が止む。敵の第一次攻撃隊が爆弾を使い果たしたのだ。訪れる静寂を無駄にすることなく、飛鷹は手にした巻物を広げる。

 

 

「攻撃隊、全機発艦!」

 

 

巻物から浮かび上がるように飛翔体が現れ、それは艦爆の形を取り空へと飛び出していく。飛鷹たちの放った攻撃隊は空を裂き天高く駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰港し、ようやく安堵する。旗艦の祥鳳に提督への報告を任せ、飛鷹は作戦後の身を癒そうと鎮守府の中庭を散歩する。そう遠からず、また戦いに赴く日が来るのはわかっている。せめてその日までは、穏やかな時間を大切にしたい。

 

 

「飛鷹」

 

 

名を呼ばれ、飛鷹は振り向く。艷やかな黒髪が振り向くのに合わせ揺れる。自分を呼び止めた提督に、飛鷹は首を傾げ近づく。

 

 

「どうしたの、提督?」

 

「先程、作戦報告を祥鳳から受けた。ご苦労だったな」

 

 

わざわざ労をねぎらうために声をかけてくれたのか、と飛鷹は心が暖かくなる。そんな飛鷹に微笑みかけながら提督は飛鷹に言葉続ける。

 

 

「本作戦以降、小笠原海域で深海棲艦の活動は報告されていない。同海域の制海権及び制空権は我々が確保したと考えられる」

 

 

そこまで言って一息つくと、提督は更に言葉継ぐ。

 

 

「既に開放された米国西海岸沿岸に加え、ハワイ周辺海域も奪還が近いようだ」

 

 

硬い口調で告げた後、声を柔らかくして提督は飛鷹に告げる。

 

 

「日米間の航路が再開されるのも遠くない……よかったな、飛鷹」

 

 

覚えていたんだ、と飛鷹は思う。自分が、サンフランシスコ航路を諦めていないといつか告げた時のことを。じん、と胸が熱くなる感覚に飛鷹は思わず片手を胸に添える。そんな飛鷹の様子をしばらく見つめていた提督は、やがて静かな声を一言放つ。

 

 

「出雲丸」

 

 

どくん、と強く飛鷹の心臓がひとつ打つ。今までその名で提督から呼ばれたことはない。なぜこの時に?と思う飛鷹に向かい提督は思いがけない言葉放つ。

 

 

「鎮守府を、離れる気はないか?」

 

 

またも心臓が重い鼓動を打つ。喉の奥がからからになる感覚を飛鷹は覚える。

 

 

「どうして……」

 

「考えたんだがな」

 

 

震える飛鷹の瞳を真っ直ぐに見つめながら提督は飛鷹に噛んで含むように説明する。

 

 

「お前は、元々商船になるはずだったんだろう?本来なら、平和な海を祝福の中航海する船だったはずだ」

 

 

話の方向が飛鷹にはまだわからない。わからないままに、聞き続ける。その飛鷹に向かい提督は更に言葉続ける。

 

 

「生まれ変わってなお、本来あるべき姿になれず戦い続けるのも不憫な気がしてな……お前の悲願だった太平洋航路の再開が見えてきた今、お前を戦いの世界から開放するべきではないかと。どうだ、出雲丸?鎮守府を離れる気はないか?」

 

 

何か言おうとして、言葉が見つからない。焦りだけが募り、更に言葉を封じていく。自分が何を望んでいるのかわからぬまま、飛鷹は目を伏せると一言だけ答えた。

 

 

「……考えておくわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膝を抱えて、座り込む。レンガ造りの建物の影に身を隠すようにして、飛鷹はひとり呟く。

 

 

「……お人好しなんだから、まったく」

 

 

確かに提督の言う通り、人類は深海棲艦との長きにわたる戦いで大きなアドバンテージを得ただろう。日米航路の再開は、その象徴的な出来事となるはずだ。しかし、戦いはまだまだ続くのだ。軽空母一隻だとて貴重な戦力には違いないだろう。それを、簡単に手放すだなんて……

 

 

……自分は、手放されるのか。そう思った途端、飛鷹は暗い穴に放り込まれたような感覚にとらわれる。なにも、戦いを望むわけではない。長きにわたる戦の日々にそのことを嫌と感じることもなかったが、さりとて決して戦いの日々を自ら望んでいるわけではない。

 

 

じゃあ、なぜ自分は鎮守府を離れるということにここまで怯えているのだろう?そんなことを考える飛鷹の耳に届く、聞き慣れた乱暴な口調。

 

 

「なーにこんなところで黄昏れてんのさ、飛鷹」

 

「……隼鷹」

 

 

顔だけを上げて隼鷹の姿を目に収める。そのまま、隼鷹が自分の傍らに腰を下ろすのにまかせる。しばらくふたり無言の時が続いたが、やがて飛鷹はぽつりぽつりと隼鷹に語りだす。鎮守府を離れないかと提督に訊かれたこと、そのことに自分がどう答えていいかわからないこと、わからないまま不安だけが大きく膨らんでいっていること。

 

 

飛鷹から一部始終を聞いた隼鷹は、飛鷹に横顔を見せたまま一言発する。

 

 

「橿原丸」

 

「え?」

 

「あたしが本当なら呼ばれるはずだった名前。あたしも商船改造空母だからさ……でもあたしは、提督にはその名前で呼ばれたことないなあ……鎮守府を離れるか、なんて訊かれたこともない」

 

 

そこまで言って飛鷹に顔を向け、悪戯っぽい色を瞳に浮かべて一言問う。

 

 

「なんで、提督は飛鷹のことだけ特別扱いするんだろうね?」

 

 

どきり、と鼓動がひとつ鳴る。思わず飛鷹は胸を抑える。火照る頬を持て余しながら、飛鷹は自分の心の奥底と対峙する。

 

 

提督が自分を特別扱いしてくれている、それが本当だったらとても嬉しい。でも、なんでそんなことが嬉しいんだろう────その答えは、自分がなぜ鎮守府を離れることを恐れているのかの解とともに飛鷹の心に灯りを燈す。

 

 

「ごめんなさい、隼鷹。私、行かなくちゃ!」

 

 

立ち上がり、駆け出す飛鷹の背中を隼鷹は笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭に立つその背中を見つけるのにしばらくかかった。走り回ったせいで上がった息を整えながら、飛鷹はその背中に後ろから近づく。

 

 

足音に、提督が振り向く。その瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、飛鷹は提督に一言告げる。

 

 

「提督、私は鎮守府を離れない」

 

「出雲丸……」

 

「違う」

 

 

提督に一歩づつ近づきながら、飛鷹は想い乗せた言葉提督に向かい紡ぐ。

 

 

「私の名前は、飛鷹。そう、貴方が呼んでくれた。この名を得たからあなたに会えた……私は、そう思っている」

 

 

提督の目の前で立ち止まり、その瞳見上げながら飛鷹は告げる。

 

 

「私は、あなたから離れない……好きよ、提督」

 

 

飛鷹の告白に提督の大柄な身体がかしぐ。ゆっくりと提督がその手を飛鷹に伸ばす。その手が、飛鷹の頬を包む。風が、飛鷹の髪を靡かせる。波音が、飛鷹の鼓動と重なり響く。

 

 

 

 

 

 

 

海の向こうには、ふたりの未来がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

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