艦娘恋物語   作:青色3号

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衣笠の場合

小さな用事を作って執務室の提督のところを訪れるのが衣笠の密かな楽しみだ。その日も衣笠が提督執務室を訪れると、開かれた厚紙製の冊子を難しい顔で眺める提督の姿があった。

 

 

「提督、何見てるの?」

 

「見合い写真」

 

「えっ!?」

 

 

眉を寄せた表情のまま写真を眺め続けながら放たれる提督の言葉に衣笠は大袈裟なくらいに動揺する。写真を見ているので衣笠の様子には気づかないまま提督は言葉続ける。

 

 

「まだ身を固めるつもりはないってのに、実家のモンが何度もこうして話を持ってくるんだよ。困ったもんだ」

 

 

明らかに乗り気でない提督の様子に衣笠はまずは胸をなでおろす。上目遣いに提督の顔をうかがいながら衣笠は恐る恐る提督に問う。

 

 

「……迷惑、してるの?」

 

「してる」

 

 

即答する提督に向かい衣笠は笑顔露にする。ようやく顔を上げて衣笠と目を合わせる提督に衣笠は力強く宣言した。

 

 

「そういうことならこの衣笠さんにおまかせ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、なにがなにやらわからぬうちに提督は青葉の構えるカメラの前で衣笠と並び鎮守府本館の中庭の一本の樹の下に立つことになる。

 

 

「は~い、おふたりとももう少し身を寄せてくださ~い」

 

「え~と、衣笠。これどういう話になったんだったっけ?」

 

 

傍らの衣笠にぽかんとした顔で問う提督に、衣笠に代わり青葉が答える。

 

 

「ですから司令官に『いいひと』がいるとはっきりわかれば実家のみなさんも諦めると思うのですよ。そのためこうして恋人のガサと一緒の写真を撮って送ってやれば……」

 

「恋人『役』だけれどね」

 

 

衣笠の付け足しにほんの少し混じった寂しげな響きは、幸い提督には気づかれなかった。ふたり並んで立つその姿におおぶりな一眼レフカメラを向けたまま青葉はなかなかシャッターを切らないでいたが、やがてファインダーから一度目を離し提督に向かって注文する。

 

 

「ただ立っているだけじゃ入学式の親子みたいですね~」

 

「……俺はそこまで歳食ってねえぞ」

 

「んー、もう少し甘い雰囲気を……そうだ、司令官!ガサの肩を抱いてあげてくれませんか?」

 

 

「えっ!?」と小さな声を上げ衣笠が顔を朱に染める。その隣で提督もわかりやすく動揺した顔を見せる。それでも青葉の言葉は引っ込むことなく、それどころか「ほれほれ、早く」とせっついてくる。

 

 

覚悟を決めた提督がおずおずと衣笠に手を伸ばす。その手は衣笠を捕まえかけた格好でしばらく逡巡していたが、やがてがっしりと衣笠の華奢な肩を捉え抱き寄せる。

 

 

きゅっと衣笠が身をすぼめますます顔を赤くする。その衣笠の肩を抱く提督もさすがに頬が熱くなる。

 

 

「いいですねぇ~。いかにも初々しい恋人同士、ってカンジですよ?」

 

 

言いたいこと言いやがって、と心のなかで毒づく提督の姿を衣笠と共にファインダーに収め、青葉は慣れた様子で一眼レフのシャッターを切った

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、衣笠は寮の自室で同室の青葉に声をかける。

 

 

「青葉、この間の写真だけど……」

 

「はい、プリントして司令官に渡しましたよ。うまく働いてくれるといいですね」

 

「そ、そうね」

 

 

ベッドに腰掛けにっこり笑ってそんなことを言う青葉に向かい、衣笠は言いかけた言葉を続けられなくなる。そのままベッドの近くに突っ立ってもじもじと身を揺する衣笠を青葉はきょとんと見上げていたが、にんまりと笑い胸元から四ツ切の写真を取り出すと衣笠に告げる。

 

 

「はいはい、ちゃんとガサの分もプリントしてありますよ」

 

 

差し出される写真に衣笠はさっと手を差し伸べる。受け取り、提督に肩を抱かれる自分の写るその写真を見つめる衣笠のうっとりとした微笑みを青葉はしばらく無言で見つめていたが、やがて無邪気な口調で衣笠に問う。

 

 

「そんなに司令官が好きなら、思い切って告白したらどうですか?司令官も、まんざらでもないと思いますよ?」

 

「……できないよ、そんなこと」

 

 

微笑みは浮かべたまま悲しげな光瞳に宿らせ衣笠は呟く。

 

 

「私達艦娘は、"兵器"だもの。深海棲艦と戦うための存在───そんな私が、提督の隣に場所を見つけるなんて、許されると思う?」

 

 

なにか言いかけて、衣笠を説得できる言葉がないことを青葉は知る。衣笠の強固な思いの前に、気休めの言葉など意味がないことを青葉は悟る。言葉失くす青葉の見つめる前で衣笠はただ寂しげなほほえみ浮かべたまま提督の隣で仮りそめの恋人役を演じる自分の写る写真を見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の廊下を衣笠は歩く。あれから肌身離さず身につけている提督との写真を見つめながら。手にした写真に目を落としながらろくすっぽ前を見ずに歩いていたので廊下の角から急に現れた人影を衣笠は避けることができなかった。

 

 

「おっと!」

 

「きゃ!」

 

強い力に突き飛ばされ、たまらず衣笠は尻餅をつく。慌てた様子で提督が衣笠に向かい手を差し伸べる。

 

 

「すまない、ぼんやりしていたようだ……怪我はないか?」

 

「は、はい……」

 

 

答えながら提督に手を掴まれ引っ張り上げられる。提督の掌の感触に、思わず鼓動が跳ね上がる。と、あることに気づき衣笠は焦ったようにきょろきょろと辺りを見回し独り言つ。

 

 

「しゃ、写真!私、写真落とさなかった!?」

 

「ん?これのことか?」

 

 

言いながら提督が廊下に落ちていた写真を拾い上げる。「あ!」と思わず声をあげる衣笠の目の前で提督はなんの気なしにその写真に目をやり、それが何を写していたものかを知る。

 

 

「……この写真は」

 

 

呟く提督の手から奪い取るように写真を取り返す。そのまま写真を胸に抱き提督に背中を向ける衣笠に、提督はおずおずと声をかける。

 

 

「衣笠、なぜその写真を……」

 

「……ごめんなさい」

 

 

小さな声で衣笠は謝罪の言葉を口にする。黙って衣笠の続く言葉を待つ提督に後姿を向けたまま、衣笠は呟き唇に乗せる。

 

 

「兵器の私が……戦うための存在の私が、ひと時でも夢を見てしまって。許されないとわかっていても、この写真だけはどうしても……」

 

 

衣笠の言葉は続かなかった。その身を包む熱い感触が衣笠の言葉を封じ込めた。衣笠の細い肢体を後ろから抱きしめながら提督は衣笠の耳元に囁く。

 

 

「こんな柔らかくて温かい感触の兵器があるものか」

 

 

がっちりと抱きしめられ、身動きが取れない。早鐘のように打つ鼓動に心臓が壊れてしまいそうだ。細かく震える小さな声で、それでも衣笠はようやく自分を抱く提督に言葉向ける。

 

 

「提督、冗談は困る……」

 

「冗談なんかじゃない」

 

 

それ以上の言葉の代わりに衣笠を抱きしめる腕にますます力を籠める。呼吸すら苦しくなる感触の中で視界が滲むのを衣笠は知覚する。その衣笠の耳元に提督は力強い声で問いかける。

 

 

「俺の方こそ許しを請わねばならんかもしれん……お前を、好きだと言っていいか衣笠?」

 

 

目を閉じ、涙が頬伝うに任せる。ようやく、こくんと一回だけ頷く。万感の思い込めた衣笠のその涙交じりの頷き確かめると、提督は衣笠の柔らかく温かな身体抱き締めなおす。

 

 

 

 

 

温かな感情、衣笠を満たす。人の子でなければ持ち得ない感情が───

 

 

 

 

 

 

 

 

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