くつくつと煮だっている土鍋の中ではんぺんがしなっとひしゃげる。その白い三角形を箸でつまみ上げながら足柄がお猪口をもう一方の手で器用に傾ける。
「は~、やっぱりおでんには日本酒よね~。しみるぅ~」
「足柄、どっちかになさい。お行儀悪いわよ?」
ちゃぶ台で自分の横に座る妙高の苦笑交じりの苦言が聞こえているのかいないのか、足柄は起用にはんぺんを齧りまたくいっとお猪口を傾ける。幸せそうに日本酒の熱燗を嗜みながら足柄は向かいに座る羽黒に話しかける。
「羽黒は、明日から秘書艦勤務よね?」
「はい。司令官さんのお役に立てるよう精一杯頑張ります」
微笑みながらそんな生真面目な回答を返す羽黒のことを足柄は意味ありげな視線で見つめる。お猪口と箸をちゃぶ台に置き、頬を肘で支える格好になりながら足柄は羽黒に言い放つ。
「お役に立ちたい、もいいけどね?せっかくのチャンスなんだから、しっかり提督にアプローチしていかないとだめよ?」
「ぴゃ!?」
顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げ、そのまま羽黒は固まってしまう。その羽黒の代わりにというわけでもないだろうが残る場所に座る那智が助け舟を出す。
「足柄、妹艦をからかうものじゃない」
「そうよ足柄?羽黒はそーゆーの弱いんだから」
そんな言葉を言いつつも足柄の言葉を否定はしないふたりの様子に羽黒はますます真っ赤になって身をすぼませる。自分の片思いが姉妹艦に筒抜けになっていることをお間抜けにも羽黒は今まで全然気づいていなかったのだ。そんな羽黒の初々しい様子は、足柄におでんとは別の上質の酒の肴になるのだった。
翌日朝早く提督より早く執務室に現れ、羽黒は執務室の整理に取り掛かる。机の上のファイルを整理し、机の上を磨いたところでこの部屋の主が姿を現す。
「羽黒、おはよう」
「おはようござます、司令官さん」
笑顔を広げて羽黒は提督に朝の挨拶をする。足柄の言う通りの積極的なアプローチなど自分にはできそうもないけれど、でもこの秘書艦期間でなにか素敵なことが起こるといいな、と羽黒は密かに期待するのであった。
昼食を挟んでヒトゴマルマルの頃合いまで、羽黒は提督とともに書類仕事に忙殺される。次々と決済を待つ書類の山は、片付けても片付けてもきりがないようだ。それでもなんとか一区切りつき、提督は椅子から腰を上げる。
「羽黒、ちょっと事務局まで行ってくるから留守を頼む」
「はい」
微笑みを残して提督が執務室を後にすると、羽黒は椅子から腰を上げ執務机に残っていた書類を片付けようと手を伸ばす。
その書類の表題が目に入った途端、羽黒の心臓がドクン!とひとつ嫌な音を立てる。
『艦娘と深海棲艦に見られる類似点とその関係性に関する考察』
表題の意味は分かりきらぬまま、それでも震える手を伸ばし羽黒はその書類を手にする。喉がカラカラに乾く感触を覚えながら羽黒は書類の束を繰っていく。
───深海棲艦の一部には人型の個体も数多く見られ、主に女性型であるこれら個体は艦娘との外見の類似性があり───
───両者とも海面を滑走し、身体に装着される形のいわゆる艤装による戦闘能力を有するなど類似点が見られ───
───深海棲艦が出現してから数か月後、呼応するように艦娘が世界各地で現れたのは───
震えは全身に広がり、それでも羽黒は書類を繰る手を止めることができない。艦娘と深海棲艦が近しい存在であるかもしれないと示すその資料、その意味が黒い錐のように身体の奥深く刺さっていくのを感じながら。
扉が開く音に身体をビクッと大きく震わせ、提督の戻りを知る。恐る恐る羽黒は振り向き、こちらを見つめる提督と目を合わせる。
「羽黒、その資料……」
「ご、ごめんなさい勝手に……」
「やはり、読んだのか」
意外というよりも納得したという感じの声を放ちながら提督は部屋の奥に歩み机の周りをまわって重厚な椅子に腰を下ろす。
「羽黒も……艦娘のみんなも、知っておくべき見解だと思った」
言いながら提督は突っ立ったままの羽黒を見上げる。すると提督は初めから自分がこの資料を読むことを期待していたのか、そんなことを考えながら羽黒の口から出たのは別の言葉。
「司令官さん、その……私たち艦娘と、深海棲艦に類似性があるというのは……」
「あくまでひとつの考察だ」
「深海棲艦に呼応して艦娘が顕現したというのは……」
自分でもどう気持ちをまとめていいのかわからない。わからないままに羽黒は瞳に涙溜め、提督に向かって勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!」
謝って済むことなのか、そもそも謝るのが正しいことなのかわからないままに羽黒は頬に涙伝わせながら謝罪の言葉口にする。自分たちが人類を襲ってる災厄と切っても切れない関係にあるのか、自分たちと深海棲艦は同類の存在なのか、そんな疑問に、恐怖に、心臓を掴まれながら。
「私が……私たちが、あの深海棲艦となにか近いものがあるなんて……」
涙ながらに呟く羽黒に向け「そうだな」と一言提督は告げ、椅子から立ち上がって羽黒を見下ろす格好になると羽黒に向かって穏やかな声向ける。
「深海棲艦に呼応してお前ら艦娘が顕現して……おかげで、俺は羽黒に出会えたと考えるのは悪いことなんだろうな」
「ぴゃ!?」
提督のいきなりの予想外の言葉に、涙に頬を濡らしたまま羽黒は素っ頓狂な声上げ顔を持ち上げる。その羽黒を優しく見つめながら提督は「なあ羽黒」と言葉を続ける。
「お前ら艦娘が深海棲艦と近しい存在なのかどうなのか、本当のところは分からない。でも大事なのは……そんなお前ら艦娘が、人類と手を取って人類の敵である深海棲艦と戦ってくれているという事実のほうなんじゃないか?」
「…………」
怖くないのか、自分たちが。怖くないのか、深海棲艦と近い存在かもしれない自分たちが。そんな羽黒の内心の疑問に答えるよう提督は穏やかな微笑み広げる。その提督の静かな表情にようやく落ち着き取り戻し、そこでそれとは別に聞き捨てならない一言を胸の中で反芻し、羽黒は恐る恐る提督に問いかける。
「司令官さん、その……私に会えて……、って……」
「俺は、羽黒に出会えてよかったと心の底から思っている」
羽黒の遠慮がちな問いかけと対を成すように提督はきっぱりと告げる。
「好きだよ、羽黒」
先ほどとは違う涙が羽黒の瞳から溢れ出る。涙とともに想いもまた、羽黒の身体から溢れ出る。その想いに名をつけることもできずにただ立ち尽くす羽黒に向かい、提督は一言だけ問う。
「で、返事は?」
涙をぬぐいながら大きく頷く。精一杯の想いを込めて。その羽黒の想い、読み違えることもなく提督は羽黒の華奢な身体に手を伸ばす。
ふわっと、羽黒の身体が提督の胸に収まる。抱き締められながら、温かさに包まれながら、羽黒はひとつ心に誓う。
自分が呪われた災厄とどういう関係にあるのかはわからない───
───それでもこの人とともに災厄と戦い、この人の隣で生きていこう、と。
了