艦娘恋物語   作:青色3号

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DeRuyterの場合

鎮守府の提督執務室には多くの艦娘が訪れる。作戦の連絡と報告、演習の結果報告、あるいは単なる暇つぶしに。オランダ軽巡洋艦娘デ・ロイテルもまた、そんな提督執務室に顔をよく現す艦娘のひとりだった。

 

 

「で、そうすると加賀が仏頂面をするんだよ」

 

「わかるわかる」

 

「そこに瑞鶴が余計な一言挟むんだよなー」

 

「わかるー」

 

 

執務室のソファセットに向かい合わせで腰を下ろしながら提督とデ・ロイテルはひと時のお喋りを楽しむ。提督が話す鎮守府の近況に相槌を打ちながらデ・ロイテルは口に手を当てころころとかわいらしい笑い声をあげる。お話がひと段落したところで提督執務室の扉がノックされ、オーストラリア軽巡洋艦娘が姿を現す。

 

 

「よう、パース」

 

「パース、どうしたの?提督になにかご用?」

 

「提督じゃなくてあなたによ、デ・ロイテル……ABDA艦隊のみんなでお茶会がてら演習の打ち合わせをしようって決めたじゃない。もうその時間よ?忘れたの?」

 

「やっばーい!」

 

 

言われるまでそのことすっかり頭から抜けていたデ・ロイテルは慌ててソファから立ち上がる。「提督、またね」とひらひら手を提督に向けて振ってからデ・ロイテルはパースと連れ立って提督執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館の廊下を小走りに駆けるデ・ロイテルに後ろから追いすがるパースが声をかける。

 

 

「廊下を走ると危ないわよ、デ・ロイテル……別に、非公式の会合なんだし多少遅れたって構わないってば」

 

 

その声にようやく走る足を緩めながらデ・ロイテルはパースに顔だけを振り向かせ疑問の声を向ける。

 

 

「パース、よく私があそこにいるってわかったね?」

 

「どーせあなたのことだから提督のところじゃないかと思ってたわよ」

 

 

えへへ、と照れ笑い浮かべ頬を軽く染めるデ・ロイテルはわかりやすい性格をしているとパースは思う。デ・ロイテルの抱く提督への想いに気がついたのはだいぶ前の話だったような気がする。ちょっとからかいたくなってパースは両手を後ろ手にデ・ロテイルに問う。

 

 

「で、いつまで提督の茶飲み友達の立場に甘んじるつもり?」

 

「むう、いつまでも進展がないわけじゃないもん」

 

 

唇を尖らせ立ち止まり、デ・ロイテルはパースの方に身体を向けて宣言する。

 

 

「私、デ・ロイテルはここに提督に告白することを宣言します!」

 

 

片手を高く掲げてのデ・ロイテルのいきなりの爆弾宣言にパースは驚いた声をあげる。

 

 

「やっばーい!」

 

「真似すんな―!」

 

 

顔を真っ赤にしてデ・ロイテルはパースに食ってかかるが、デ・ロイテルの顔が赤いのは怒っているからではないだろう。ふたりの軽巡艦娘は連れ立ってきゃっきゃと声をあげながら鎮守府の廊下を進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デ・ロイテルの爆弾宣言から一週間。

 

 

「で?いつ告白するつもり?」

 

「う~……」

 

 

鎮守府中庭のベンチに座り空を仰ぎながらのパースのツッコミに膝に隣に座る膝に両手を突っ張った姿勢のデ・ロイテルは謎の呻き声で答える。消え入りそうな小さな声でデ・ロイテルは意味不明な呟き漏らす。

 

 

「だって、告白するってことは私が提督のこと好きだって提督にバレちゃうんだよ?」

 

「そりゃそうね」

 

「やばいよそんなの~……」

 

 

涙目で俯くデ・ロイテルの横ではぁ、とため息つきながらパースは親友の内気さに同情したり呆れたりするが、ふと話題を変えてデ・ロイテルに問いかける。

 

 

「ねえ、デ・ロイテル。先週言ってたこと、本気?」

 

「告白すること以外に何か私言ったっけ?……ああ、あのことか」

 

 

ようやく思い出したというような表情をデ・ロイテルはすると、簡潔にパースに向かい答える。

 

 

「本気だよ」

 

 

にっこり笑って告げるデ・ロイテルの姿にパースは続ける言葉失くす。デ・ロイテルがパースに告げた決心は決して軽い内容ではない。そのことを感じさせないデ・ロイテルのふわっとした笑顔にパースはようやく言葉を見つける。

 

 

「そこまで決心したならあとはちゃんと告白しないと……全ては、それからでしょう?」

 

「ううう~……」

 

 

またも謎の呻き声発してデ・ロイテルは恨みがましい視線パースに向けるが、その視線をパースは強い瞳で受け止める。どうやらこの親友は逃げ道を自分には与えてくれないと知ったデ・ロイテルはやがてのろのろとベンチから立ち上がる。

 

 

「行ってきます……轟沈してきます……」

 

「轟沈と決まったわけじゃ……乙女の一大イベントなんだからもっと元気出していきなさい」

 

 

パースの激励に背中越しに手を振り答えると、デ・ロイテルは一度むん!と気合を入れて真っ直ぐに足を提督執務室に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秘書艦が一緒だったら諦めよう、と思っていたが幸か不幸か秘書艦の大淀は事務局に出かけているとのことだった。いつもより硬い態度で表情に怯えすら感じさせるデ・ロイテルを、しかし提督はあえて質問などもすることなくいつも通りの態度で歓迎する。

 

 

「よく顔を出してくれたな、デ・ロイテル」

 

「あ、はい……」

 

 

机についてこちらに笑顔を向けてくれる提督の目前で突っ立ったまま、やばい、やばいとデ・ロイテルは心の中で連発する。もう心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴り打ち響いている。そんなデ・ロイテルの姿にさすがに提督も態度を変え、できるだけ優しくデ・ロイテルに問いかける。

 

 

「どうした、なにかあったのか?」

 

 

その優しく穏やかな声が引き金となった。一度息を大きく吸い込み、きゅっと目を閉じてデ・ロイテルは提督に告げた。

 

 

「Ik hou van u……提督、あなたが好きです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場を覆う沈黙は、ほんの数秒だったけれどデ・ロイテルにはひどく長く感じられた。その沈黙を破ったのは提督が大きく吐いた息の音とそれに続く声だった。

 

 

「デ・ロイテル、戦争はいつか終わる」

 

 

話の流れが見えなくてデ・ロテイルは目を開け不安げな瞳を提督に向ける。その翠緑の瞳を真っ直ぐに見つめながら提督は言葉続ける。

 

 

「そうなれば、君もオランダに帰ることになるだろう……いずれ祖国に帰る身ならば、いたずらに刹那的な激情に身を任せるべきではない。自分のことを大事にしなさい」

 

 

いずれここからいなくなるのであれば、最初から深い関係に陥るべきではない―――提督の言葉が、身体を貫く。その大きな瞳から涙が溢れ零れるのを知覚しながらデ・ロイテルは囁くような声を出す。

 

 

「わかんない……」

 

 

身を折るようにしてデ・ロイテルは叫ぶ。

 

 

「提督の言っていることが、わかんないよっ!」

 

 

その言葉を合図にデ・ロイテルは身体を反転させる。そのまま、デ・ロイテルは提督執務室を駆け出した。提督が追ってこないのはわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭に膝を抱えて座り込む。波の音に、身を任せる。目を閉じ、膝に顔をうずめるデ・ロイテルの耳に後ろから近づく足音が聞こえる。

 

 

「……パース」

 

 

振り向いて、近づく相手の正体を知る。デ・ロイテルのその弱々しい表情にパースはデ・ロイテルの告白の結果を知る。デ・ロテイルの隣に腰を下ろしながらパースは静かにデ・ロイテルに確かめる。

 

 

「轟沈、しちゃったみたいね」

 

「うん……オランダに帰っちゃうような娘とはつきあえませーん、だってさ」

 

「え?デ・ロイテル、だってあなた……」

 

 

少し驚いてパースはデ・ロイテルの横顔見つめ直す。やがてひとつ何かを納得するとパースは黙ってデ・ロイテルの隣でデ・ロイテルに倣い波音に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、提督執務室の扉に響くノックの音。

 

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 

簡潔な応えを返しパースは提督執務室に足を踏み入れる。手にした書類から顔を上げぬまま提督はパースに声を向ける。

 

 

「デ・ロイテルの件か?」

 

「察しがいいのね」

 

「このタイミングならな」

 

 

答えながらも提督は書類から目を離そうとはしない。この件をできるだけ事務的に処理するつもりなのだと見て取ると、それならばとパースは単刀直入に核心に斬り込む。

 

 

「あの娘は、戦争が終わってもオランダに帰るつもりはないわよ」

 

 

その言葉に提督が顔をあげる。怪訝そうに眉を寄せる提督のことを真正面から見つめ、パースは更に言葉続ける。

 

 

「あの娘は、この国に残るつもりよ」

 

「……なぜだ?」

 

「わからないはずがないでしょう?」

 

 

一度間をおいて提督の瞳を見つめ直し、パースは一言だけ告げた。

 

 

「あなたがここにいるからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――沈黙は、ほんの数秒だった。あの時もこんな沈黙が流れたな、と提督は頭の隅で考える。数秒の静けさを破って提督は呻くような声上げる。

 

 

「しかし、デ・ロイテルはあの時そんなこと一言も……」

 

「言わなかったって?まだ、なぜかわからないかしら?」

 

 

ふ、と微笑み浮かべてパースは提督に難問を出題する。難しい顔をして提督はしばしパースとデ・ロイテルの出した問いに向き合う。やがて、ひとつの解答に到達すると提督は椅子から腰を上げパースとすれ違い提督執務室を後にした。

 

 

「ご武運を」

 

 

パースが囁いた一言は、提督に向けてともデ・ロイテルに向けてとも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウミネコの鳴く声が埠頭に届く。今何時かな、とデ・ロイテルは考える。そろそろ部屋に帰ろうと思いつつ、膝を抱えて座り込んだ恰好から動こうという気がしない。

 

 

「デ・ロイテル……探したぞ」

 

 

その声に、ゆっくりと首を振り向かせる。目に映るは純白の海軍将校制服に身を包むその人の姿。静かにデ・ロイテルは立ち上がり、提督の方に向き直ると言葉放つ。

 

 

「……私、帰っちゃうんだからね」

 

 

強い光湛えた瞳涙で濡らし、すねたような声でデ・ロイテルは続ける。

 

 

「オランダに、帰っちゃうんだから」

 

 

痛々しく強がるデ・ロイテルに提督は近づく。そのまま、無言で彼女の細い手首を掴み引き寄せる。

 

 

 

デ・ロイテルの華奢な身体が提督に引き寄せられる。抗う間も与えられず、デ・ロイテルは提督に抱きしめられる。

 

 

「ちょっと!離して!」

 

 

提督の胸の中で弱々しくデ・ロイテルはもがく。それでも提督はデ・ロイテルを解放しようとはしない。身をよじり逃げ出そうとするデ・ロイテルの耳元に唇を寄せ提督は一言囁きかける。

 

 

「帰らないで、くれ」

 

 

デ・ロイテルのもがく動きが止まる。もう一度デ・ロイテルを抱き締めなおし提督は更なる言葉紡ぐ。

 

 

「俺の傍にいてくれ」

 

「なによ……さっきと言っていることが違う……」

 

 

鼻を鳴らしそれだけデ・ロイテルは囁く。その胸に温かいものが満ちていく。

 

 

 

 

 

引き留めてほしかった。

 

 

 

 

帰らないでくれって、言ってほしかった。

 

 

 

 

自分が必要だと、言ってほしかった。

 

 

 

 

くすんとひとつ、デ・ロイテルは鼻を鳴らす。求めていたもの、与えられたと知って。その身を提督に擦り付けるように寄せてデ・ロイテルは涙声で呟く。

 

 

「ずるい……ずるいよ」

 

 

返事の代わりに、デ・ロイテルを抱きしめる腕に力を籠める。長い髪に手を差し入れるようにして、提督はデ・ロイテルの温かさ確かめる。もう、どこにも返しはしない。どこにも、逃がしはしない。そう決意する提督の腕の中で少女もまたひとつ決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

この人の隣で生きていこう、この人とともに生きていこう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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