艦娘恋物語   作:青色3号

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鹿島の場合②

その少女は必ず自分より先に目的地に着いて待っていると思った。なので提督はその日早めに鎮守府を後にした。それでも目的地の公園に着いたとき、時計台の下でその少女が待っているのが見えた。

 

 

「提督さん」

 

 

自分を認め嬉しそうな笑顔を見せる少女・鹿島。明るい色のキャミソールにオフホワイトのスプリングコートを合わせて、濃色の膝上スカートを纏った清楚なその姿。新鮮なその私服姿に感動覚えながら自らもいつもの制服ではなく紺のジャケットにチノパン姿という出で立ちの提督は鹿島に近づきながら声をかける。

 

 

「すまない、待たせたようだな」

 

「いえ、今来たところですし私が早く来すぎただけですから」

 

 

笑顔のままそんな健気なことを言う鹿島に愛おしさ覚え、提督は思わずその手を鹿島の頭に伸ばす。

 

 

「きゃ!」

 

 

いきなり頭を撫でられびっくりするものの鹿島は提督の手から逃れようとはしない。目をきゅっと閉じ提督の手のひらの感触を堪能する。そんな子猫のような鹿島の様子を提督は微笑み見つめていたが、やがて手を離すと鹿島を誘い歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたり、椅子に並んで腰かけ電車に揺られて北上する。移動は公用車が基本の提督だが私用に公用車を使うのもはばかられるし、ましてや恋人とのデートにおいておや、だ。電車がレールを踏む定期的な揺れを感じながら提督は鹿島に話しかける。

 

 

「しかし、ちょっと意外なリクエストだったな」

 

「ええ、一度やってみたかったんです」

 

 

楽しそうに笑みを浮かべながら鹿島は提督にそうお返事する。確かに鹿島が連れて行ってほしいといったところは提督にはちょっと意外な場所だった。やがて電車が目的の駅に辿り着くと、提督はジャケットの内ポケットからスマホを取り出し目的地までの経路を確認しながら鹿島と電車を降り鹿島に足を合わせたペースで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたりがやがて辿り着いたのは屋内スケート場。そう、ここが鹿島の今回のリクエスト。ずいぶん久しぶりのことで手間取りながら、それでも提督はふたり分のスケート靴を借り、スケートリンクへ鹿島と向かう。艦娘のご多分に漏れず運動神経のいい鹿島が氷上を軽やかに滑る姿を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

その提督の脳内妄想はあっけなく裏切られることとなる。

 

 

「あ……あぅ……あぅ、あぅ、あぅ……」

 

「すっげー意外」

 

 

生まれたての小鹿のように内股の脚をぷるぷる震わせへっぴり腰の姿勢で伸ばされた提督の手に掴まりなんとか鹿島はバランスを保つ。

 

 

「海の上を滑走するも氷の上を滑走するも同じようなものなんじゃないのか?」

 

「ぜ、全然違いますよぅ……提督さん、離しちゃイヤですよ?離しちゃイヤですよ?離しちゃイヤですよ?」

 

「いや、離さないけどさ離せないけどさ……鹿島、よくそんなんでスケートしたいとか思ったな」

 

 

姉の香取に「合法的に提督の手を握れる場所」と教わった、とは言えずに鹿島は涙目で提督に掴まる。望み通り提督の手は握れたが、こういう意味だとは思わなかった。それでもちゃっかり提督の手のひらの広さと温かさ意識しながら鹿島は頭半分で香取に感謝するのであった。もう半分で香取を呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が後ろ向きに器用に滑るのに引っ張られて鹿島はぎこちない滑走を開始する。元々が運動神経のいい鹿島のこと、へっぴり腰だった姿勢もやがて伸びてきて、やがて提督が支える必要もないほどにスムーズに氷上を滑るようになる。それでも鹿島の手を取りながら提督は鹿島に提案する。

 

 

「鹿島、そろそろ手を離しても……」

 

「ダメです」

 

「でも、自分で滑った方が楽しく……」

 

「無理です」

 

 

いつも従順な鹿島の珍しい反応、その反応に提督はそれ以上の言葉を続ける気を失わせられる。トドメとばかりにひたと提督の目を見据え、鹿島は棒読みっぽく提督に言う。

 

 

「今手を離されたら転んでしまいます。泣いてしまいます」

 

 

ようやく提督の手のひらの感触をじっくりゆっくり堪能できる余裕が出てきたのにここで手を離されたのでは意味がない。そんな鹿島の思惑は知らぬまま、それでも鹿島の小さく柔らかな手の感触を手放すことはやはり自分も惜しくて、提督はそれ以上鹿島に何か言うこともなく鹿島を引っ張って氷上を周回するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間半も滑っただろうか、結局鹿島は提督の手に掴まりっぱなしだった。リンクの外のベンチに座り、スケート靴を脱いだところで鹿島は自分の足に血流が流れ込む感触に驚く。

 

 

「少し、痺れてます……」

 

「スケート靴は紐をきつく縛るからな。靴を履く前に少し楽にしているといい」

 

 

言われたとおりにタイツに包まれた脚を伸ばす。と、提督が鹿島の前で膝まづく。なんだろう?と鹿島が思ったその瞬間、提督が鹿島の足を両手で包んで揉み解し始める。

 

 

「ひゃ!?」

 

「普段使っていない筋肉を使っているだろうからな。少しマッサージしておいた方がいい」

 

 

冷静な声でそんなことを言いながら提督は鹿島の小さな足や細いふくらはぎを揉んでいく。当然、下心あっての行為である。そんな提督のスケベ心に気が付いているのかいないのか、鹿島は真っ赤な顔で「あぅあぅあぅ」と呟きながらされるがままになるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体を動かした後は甘いものが欲しくなる。なのでふたりはその後オープンカフェの客となる。鹿島はコーヒーとケーキのセットを、提督は甘めのカフェオレだけを注文する。やがて運ばれてきたモンブランを鹿島はいそいそと口に運ぶ。

 

 

「ん~♪美味しい~♪」

 

 

頬に片手を当て心底嬉しそうにそう口にする鹿島の姿に提督の顔もついほころぶ。鹿島の笑顔をおやつ代わりにマグカップを口に運ぶ提督に鹿島が問いかける。

 

 

「提督は、ケーキはいらないんですか?」

 

「ああ、俺はいい」

 

 

実際女性ほど男性は甘いものに執着がないと言われる。それでも美味しいケーキを独り占めしているのが少し申し訳なくて鹿島は提督に提案する。

 

 

「私のモンブラン、ひと口食べませんか?」

 

「ん?それじゃ、せっかくだからひと口だけ」

 

 

言いながら提督は鹿島の手にするフォークに手を伸ばすが、鹿島は提督にフォークを渡す代わりにモンブランをひと口分すくって提督に差し出す。

 

 

「はい、あ~ん」

 

「い!?」

 

 

一瞬冗談かとも思うが鹿島は冗談でこんなことをする娘ではない。どこまでも真剣だと提督は悟ると、思わず左右を見回し他の客が見ていないか確認する。自分たちに注目している客がいないこと確かめると、提督は一度息を詰め、覚悟して口を大きく開けた。

 

 

 

鹿島が食べさせてくれたモンブランは濃厚な甘さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

砂浜を、ふたり並んで歩く。波の音がふたりを包む。海からの風に髪靡かせ、その髪を片手で抑えながら鹿島が立ち止まり水平線見つめ呟く。

 

 

「静かな、海ですね」

 

 

もちろんそれは仮初めの静けさ。水平線の向こうは、鹿島たち艦娘の戦場。そのこと否応なく思い浮かべさせられながら鹿島の隣に提督は立つ。

 

 

「……いつか、そう遠くないうちに本当に静かな海を取り戻す」

 

「はい」

 

「だからそれまで……一緒にいてくれるか、鹿島?」

 

「イヤです」

 

 

思いもかけないその言葉に提督は驚いた顔を鹿島に向ける。その提督に悪戯っぽい瞳向けながら鹿島は言葉続ける。

 

 

「それまで、なんてイヤです。それからも、ずっと、一緒じゃないとイヤです」

 

 

その言葉に微笑み誘われる。鹿島の頬を手で包みながら提督は静かな声鹿島に向ける。

 

 

「ああ、そうだな。ずっと、一緒だ」

 

 

頬を撫ぜる手に軽く力を籠め、提督は鹿島に上を向かせる。朱に染まる鹿島の顔に自らの顔を近づける―――

 

 

 

 

 

―――鹿島の唇を塞ぐ。鹿島の、初めてのキスを奪う。提督の胸板に手を添えて鹿島は唇から広がる初めての感触に酔いしれる。

 

 

 

 

 

惜しむように、提督の唇が離れてゆく。ふたり、波音を聞きながら見つめあう。やがて、ふたりの顔が、唇が、もう一度近づいてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重なる影を、波音が覆う。海風が、ふたりを優しく撫ぜる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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