鏡の前で入念に化粧水をはたく。いつもより丁寧にブラッシングをする。右に左に首を回し鏡の中で仕上がりを確かめると、まだ寝間着姿の榛名はガッツポーズつくり声を出す。
「榛名、気合、入れて、行きます!」
「それあなたのセリフじゃないから榛名。」
いつの間にか後ろに立つ同室の霧島にツッコまれる榛名であった。
白いふぅわりとしたワンピースに淡いブルーのカーディガン。いつもの頭部艤装の代わりの黄色のカチューシャと深いワイン色のパンプスが榛名の清楚さを際立たせる。ハンドバッグを手に公園の時計台の下に立ち、榛名は提督を待ち受ける。それほど待つこともなく今日のデートのお相手が紺のジャケットと黒いハイネックセーター姿で姿を現す。
「榛名。すまん、待たせたか?」
「いいえ、今来たところです。」
たとえ一時間待ったとしても榛名の性格上そう言うだろう、そう思い提督は榛名の様子を覗うが、笑顔の榛名は待ちつかれている様子もないようだ。少し早めに来て正解だったな、と提督は思い榛名をいざない歩き出した。
とある街角のレストラン、提督と榛名は向かい合って座る。秘書艦を務めた経験も長い榛名のこと、提督とお食事をするのは初めてではないが提督が見てもわかるほど榛名は料理を前にガチガチに緊張する。
「榛名、大丈夫か?」
「は、はい、榛名は大丈夫でふ…」
初デートで高級レストラン、そのシチュエーションが榛名の緊張感をMAXにする。姉妹で休日ちょっと背伸びしたレストランに出かけたこともあるが提督がお相手では話は別だ。それでも提督に気づかいさせまいと榛名は健気にカチコチの手を動かす。
「は、榛名、メインディッシュいただきます…あれ?切れない?」
「落ち着け榛名…ナイフが逆だ。」
初出撃の時でもここまで緊張しなかったんじゃなかろうか、と思う榛名であった。
遊園地の敷地内、榛名は駆け出す。立ち止まり提督を振り返って榛名はアトラクションを指差し笑顔花開かせる。
「提督、次あれ乗っていいですか、あれ!」
「絶叫コースター?大丈夫か?」
「はい、榛名は大丈夫です!」
遊園地初体験ではしゃぐ榛名が微笑ましい。ふたり、絶叫コースターの列に並ぶ。次第に列が進むにつれ榛名の顔がこわばってくる。
「榛名は大丈夫です、榛名は大丈夫です、榛名は大丈夫です…」
「ホントに大丈夫か?今からでもやめるか?」
「いえ、榛名は大丈夫です!」
ホンマかいな、と思う提督の前にジェットコースターが滑り込み、ふたりの搭乗順となるのであった。
ガタンガタンとコースターが動き出す。見たときこんなに高かったっけ?と思うほどの高所に登っていく。やがて稜線の頂上につき、一拍置いたかと思うとコースターは無慈悲な急スピードで一気に落下し加速する。
急降下、急カーブ、空中一回転。
隣の榛名がキャーキャー殺されそうな悲鳴を上げるのを聞いて気が気ではない提督であった。
恐ろしく長く感じた時間が終わる。提督と榛名は地上に立つ。目ん玉をぐるぐるさせてフラフラよろめく榛名に提督は心配そうな声をかける。
「大丈夫か?どっかで休むか?」
「いえ、榛名は大丈夫でふぅ~…」
いったい今日何回「大丈夫です」って言ったんだろうな、と思う提督に向き直り榛名は急にシャキッと姿勢を正すと凛々しい声で提督に問う。
「もう一回乗ってもいいですか?」
「タフだなお前。」
観覧車のゴンドラがふたりを乗せて上昇する。港の景色が眼下に広がる。ガラス窓に押し付けんばかりに顔を近づけ遠く水平線に目をやって榛名は無邪気にはしゃいで見せる。
「提督、船が見えますよ、船!あ、あっちにも!あれはどこに行く船だろう?」
榛名たち艦娘の活躍で海商路の一部が復旧して久しい。そんな自分の手柄など意識するでもなくただただ船を嬉しそうに見つめる榛名の姿に心が温かくなる。もっと榛名に近づきたいと思い、提督は榛名に手を伸ばし声をかける。
「榛名…」
「わ!」
いきなり驚いたような声をあげる榛名にこっちもびっくりさせられて提督は手を引っ込める。口を手で覆い顔を赤くする榛名に提督は問う。
「どうした、なにかあったのか?」
「提督、いえ、その…あっちのゴンドラの中で、乗っている人たちがキスを…」
見てしまったことを本当に申し訳なさそうにして顔を真っ赤にして身を縮こませる榛名を前に「いえ自分もキスしようとしたんですが」とはとても言えない提督であった。
街角のオープンカフェテラス、ふたりティータイムと洒落こむ。提督はキリマンジャロコーヒーを、榛名はアッサムのストレートティーを頼む。やがて運ばれてきたカップを手にふたりはお喋り楽しむ。
「紅茶っつーと金剛のイメージがあるんだがな。」
「そうですね。でも、姉妹でよくティータイムをとりますから四人とも紅茶好きですよ?提督はコーヒー派なんですか?」
「いやどっちでもいいんだけどな。」
何気ない会話が貴重に感じる。普段の戦いの日々を忘れることができる。願わくば、こんな平和な時間がいつまでも続く日が榛名にも訪れてほしいと思う。
「お待たせいたしました。」
ウェイトレスがショートケーキを榛名の前に置く。両手を広げて榛名は素直に喜びの声あげる。
「わーい♪」
「ショートケーキ、好きなのか?」
「はい、榛名の大好物です♪」
またひとつ榛名のことを知れたことをうれしく感じる。幸せそうにケーキをほおばる榛名の姿に微笑みが漏れる。ジェットコースターではしゃぎ、観覧車で喜び、ケーキで幸せになる、榛名はそんな普通の女の子なのだ。そんな娘を戦いの場に送り込んでいることに申し訳なさを感じ提督は思わず口にする。
「すまないな、榛名。もっと普通の生活をさせてやれたらよかったのにな。」
「…提督…」
ケーキを運ぶ手を止め、榛名は穏やかにほほ笑むと静かな口調で提督に応える。
「榛名は、提督のおそばにいられることが幸せなんです。」
その言葉に改めて榛名の顔を見つめ直す。提督の視線受け止め榛名は小さく頷いた。
波の音がふたりの耳に届く。砂浜に足跡を残しながらふたり波打ち際を歩く。沖では今日も平和の脅威の深海棲艦が闊歩しているのだろう、しかしここから見える海はどこまでも静かでそんなことを感じさせない。
潮風に靡く髪を押さえる榛名の横で提督が呟く。
「海水浴にはまだ早いけどな。」
「そんなことはないですよ?」
ん?と榛名の方を見つめ直す提督の目の前で榛名はパンプスを脱ぎ捨て裸足でぱしゃぱしゃと海に足を踏み入れる。くるぶしまで波に使ったところで榛名はくるりと振り向き膝に両手を当てておどけた声を出す。
「ほら提督、ちょっと冷たいけど気持ちいいですよー♪」
小さく笑い、革靴と靴下を脱ぎ榛名を追いかける。春先の海水がさすがに冷たいが、なるほど榛名の言う通り気持ちいい。そのまま歩き榛名の横に立つ。
「榛名、」
「はい?」
微笑む榛名の腕をとる。そのまま自分のように引き寄せる。驚いた顔を見せる榛名を抱きしめその唇を塞ぐ。
榛名が静かに目を閉じる。柔らかな感触が唇を覆う。ぴりぴりとした感覚が切なく全身を走る―――
―――惜しむように榛名を開放する。二人の視線が絡み合う。大きな瞳を見開いて提督を見つめる榛名の眼から大粒の涙が零れ落ちる。
ぽろっ、
ぽろぽろぽろ
ぽろぽろぽろ、と涙を零す榛名の姿に提督は慌ててまくしたてる。
「す、すまない榛名、すまなかった!突然すぎたか!」
「て、提督、謝っちゃイヤです、謝っちゃ、ダメ!」
提督の胸板に手を添えて榛名は俯き目を閉じ涙が零れるに任せてしゃくりあげる。
「な、なんで榛名泣いてるんだろう…私、嬉しいんだ、提督に、キス、してもらって…」
再び榛名を抱きしめる。華奢な榛名の身体が腕に収まる。榛名の体温が伝わってくる。榛名の髪の芳香が届いてくる。
潮騒の音が榛名の耳に届く。
自分を祝福してくれているようだ、と榛名は思った。
了