艦娘恋物語   作:青色3号

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秋雲の場合②

絶対自分の方が先についていると思った。だから提督が既に時計台の下で待っていることに気がついたときは少なからず焦った。長いポニーテールを揺らし秋雲は提督のところに駆け寄る。

 

 

「提督、ごめん!待った?」

 

「おう秋雲、俺も来たところだ」

 

 

そのセリフ、秋雲さんが言う予定だったのになと秋雲はちょっとがっかりする。そんな秋雲の心中は知らず提督はリボン付きのグリーンのニットセーターと秋色のロングスカートといういでたちにショールを合わせ大きめのトートバッグを抱えた秋雲の私服姿に見とれる。自らも制服姿ではなく紺のジャケットにチノパンという私服姿の提督は臆することもなく秋雲を褒める。

 

 

「秋雲、その恰好かわいいな」

 

「え、本当?」

 

 

がっかりした気分はどこへやら、その一言で秋雲の心は空を舞う。頬を軽く染め自分を大きな目で見つめる秋雲を誘うと、提督は街中へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋雲が最初に連れて行ってほしいと提督におねだりしたのは郊外にある白い四角を基調とした建物。何かを売っているところらしいと提督は見当をつけガラスの自動ドアを秋雲と潜る。店の陳列物を一瞥して提督は店の正体を知る。

 

 

「なるほど、画材屋か」

 

「この辺りでは一番おっきいんだよ」

 

 

うきうきと店内を歩く秋雲から一歩遅れて提督は画材屋の棚を見渡す。歩きながら提督は秋雲に問いかける。

 

 

「絵は、いつもPCで描いているんじゃないのか?」

 

「最近は液タブが多いけどねー。でも、アナログ絵も好きなのです」

 

 

言いながら秋雲が足を止めたのは絵の具のチューブの並ぶ一角。その品揃えに提督は舌を巻く。

 

 

「なんとまあ……これだけ種類があるものなのか」

 

 

同じ青でもいくつもの種類が並んでいる光景に提督は圧倒される。並べられればそれぞれに微妙な違いがあることがわかるが、普段は青だけでもこれだけの種類があることなど意識しない。一方の秋雲は慣れた様子で絵の具のチューブを手に取っては見比べ、選んだものをいつの間にやら抱えていた買い物かごに放り込んでいく。

 

 

「……俺もなんか買うか」

 

独り言を言いながら提督はなんとなく目の前の絵の具チューブに手を伸ばす。

 

 

「ん?提督も買うの?提督、絵を描く趣味なんかあったっけ?」

 

「いや、ないんだけど……手ぶらで店を出るのもなんだかなと思って」

 

 

手にしたのはエメラルドグリーンの絵の具、秋雲の瞳と同じ色だからとはなんとなく照れくさくて言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

港を臨む海沿いの公園、そのベンチにふたりは並んで座る。かつて太平洋航路を飾った大型客船が係留されているその公園で、秋雲はトートバッグからスケッチブックを取り出す。

 

 

「そんなもん持ってきてたのか」

 

「んー……今日はどうしようかな、と思ったんだけどね。持ってないと落ち着かなくて」

 

 

言いながら秋雲はスケッチブックを開き鉛筆を走らせる。提督が横で見守る中で線が重なり港の風景が次第に白い画用紙に現れてゆく。

 

 

「すごいな、絵が描けるってのは才能だな」

 

「そんなことないさあ、練習すれば誰だってこれくらい描けるよ」

 

「描ける奴だけがそういうんだよ」

 

 

それ以上の会話が交わされることもなく、秋雲はスケッチに没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけの時間が過ぎただろう、大型客船の姿がスケッチブックに描き写されたところで秋雲は気がついたように手を止め小さく叫ぶ。

 

 

「提督、ごめん!夢中になっちゃって……」

 

「いや、秋雲を見てたから」

 

「……退屈じゃなかった?」

 

「いや、いいものを見させてもらった」

 

 

秋雲に微笑みかけて提督は言葉続ける。

 

 

「好きな子が、好きなことに没頭している姿ってのはいいもんだ」

 

 

その言葉に秋雲の顔が朱に染まる。何か軽口を言い返そうとして、上手く言葉が見つからない。そんな秋雲に提督の方が軽口向ける。

 

 

「しかしえろ絵ばっかり描いているわけでもないんだな」

 

「秋雲さんをなんだと思っているんですか?……うん、絵を描くことは好き」

 

「じゃあ戦後はそっちの道で身を立てることを考えたらいい」

 

 

さりげなく提督の放った言葉が秋雲の胸を刺す。戦後、という今まで考えたことのなかった概念を秋雲は頭の中で反芻する。戦後、そんなものがあるとすれば自分は何をしているだろう。そして提督は何をしているだろう―――

 

 

「―――あのさ」

 

「秋雲が絵描きになるなら俺がアトリエを用意してやるぞ。秋雲の絵に囲まれて暮らすのも悪くない」

 

 

その言葉にふわっと心が軽くなる。いつまでも一緒にいてくれる、そのこと確かめ秋雲は思わずすん、と鼻を鳴らす。そんな秋雲に目線を向けて提督は更に軽口向ける。

 

 

「なんだ、ガラにもなくおセンチな気分になっちまったか?」

 

「ガラにもなくて悪かったですねぇ!」

 

 

唇を尖らせ食ってかかる。そんな秋雲の姿見て提督はくっくっと小さく笑うが、すぐに笑うのをやめて秋雲の方に顔を寄せてゆく。

 

 

「え、ちょっ……」

 

 

急接近する提督の顔が視界に広がっていくのに呼応して秋雲の鼓動が跳ね上がる。これから自分に起こることを悟り怯えの感情が秋雲を貫く。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!まだ秋雲さん、心の準備が……」

 

 

誤魔化すように笑って見せるが提督の接近は止まらない。あと1センチ、というところで秋雲は身を引きスケッチブックで顔を覆う。

 

 

「~~~~~~~~~~~っ……!」

 

 

涙を湛えた目をぎゅっと閉じる。そのとき、提督が動きを止め身を引くのを気配で感じる。ぱっと目を見開いて秋雲は慌てて提督に謝罪の言葉向ける。

 

 

「て、提督ごめん!怒った!?」

 

「え?いや、怒ってはいないけど……こちらこそ、怖がらせて悪かった」

 

 

微笑みながら自分に謝り返す提督をほけらっと秋雲は見上げる。そんな秋雲に提督は穏やかな声向ける。

 

 

「秋雲に無理強いするつもりはないよ。ゆっくり、やっていこう」

 

 

その静かな言葉が身に染みる。大切にされている、そのことがわかる。自らも微笑み小さく頭を下げる秋雲に提督は更なる言葉向ける。

 

 

「しかしあれだけえげつないエロ本描いているのにキスが怖いとはなぁ~……」

 

「え、エロ本言うな!演習と実戦は違うってよく言うじゃん!」

 

 

顔を真っ赤にして食ってかかる秋雲の言葉聴きながら提督はくっくっと喉を鳴らす。そんな提督の横顔を秋雲はむぅ~っとした表情で睨みつけていたが、やおら自分の顔を提督に向かって突き出す。

 

 

 

軽く、提督のほっぺたに唇を押し付ける。提督が驚いた表情を見せ目を見開く。姿勢を正して秋雲はおどけた声をあげてみせる。

 

 

「へっへ~んだ。どうだ、びっくりしたか!」

 

 

心臓を爆発寸前まで高鳴らせながら、頬を沸騰寸前まで染めあげながら、秋雲は提督を指さし笑って見せる。そんな秋雲に横顔を向けたまま提督は呆けたように呟く。

 

 

「ああ……びっくりした。秋雲の唇って、柔らかいんだな」

 

「な!?そこ!?」

 

 

思わず自分の口を覆う。提督の顔が秋雲の方に向けられる。その静かな微笑みに吸い込まれそうな気持になる秋雲に向かい、提督は穏やかに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

秋雲の髪を提督の手のひらが捉える。そのまま、秋雲を優しく撫ぜる。その感触に身を任せながら、提督のことを見つめながら、秋雲は幸福感に酔いつつ思う。

 

 

 

 

 

この人が、私の恋した人なんだ。この人が、私の恋人なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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