並ぶ立ち木の傍を歩くその姿は、陳腐な表現ながら絵画のようだと思った。鎮守府本館の中庭を歩くウォースパイトの姿に提督は見惚れていた。木偶のように突っ立つ提督に気がついたウォースパイトは微笑み提督に言葉向ける。
「Admiral、あなたも散歩中?」
「いや、俺は開発工廠に行った帰りで……ウォースパイトは散歩していたのか」
頷き、また提督に微笑みかける。鼓動が早くなるのを自覚しながら提督はウォースパイトに問いかける。
「傷の具合は、もういいのか?」
「ええ、もうすっかり」
先の出撃でウォースパイトは大破するまで追い込まれていた。しかし今提督の前で艶やかに笑ってみせるウォースパイトからはそんな様子は微塵もうかがえなかった。ひとつ頷き、提督は軽くウォースパイトに手を振るとすれ違うようにしてその場を離れた。
遠ざかっていく提督の背中を目で追う。いつまでも、その背中を見つめ続ける。提督のことで頭を満たしていたから僚艦が近づいてきていることに気がつかなかった。
「Warspite」
声をかけられ、その方角に振り向く。腰に片手を当てた格好でそこに立っていたのは同じ英国を母国とする空母娘・アークロイヤル。アークロイヤルはウォースパイト越しにここから遠ざかる人影の正体を確かめるとウォースパイトを見つめ直してからかうような声向ける。
「また、Admiralに見惚れていたのか?」
にやっと笑い告げるアークロイヤルの台詞にウォースパイトの顔が朱に染まる。目の前の僚艦に自分の秘めた思いを悟られてからだいぶ経つ。
いつからだろう、彼女は覚えていない。気がつけば、彼の姿を目で追うようになっていた。胸の内で大きくなっていく彼の存在を想いながら、ウォースパイトは日々を過ごしていた。
もじもじと身を揺するウォースパイトをアークロイヤルはにやにやと眺めていたが、ふと真剣な顔になるとウォースパイトに問いかける。
「いつまでも見ているだけのつもりか?私の見たところ、Admiralもまんざらでもない様子だぞ?」
「そんなことわからないわよ……」
「そう、見ているだけじゃ何もわからない」
アークロイヤルの放った一言にはっとした表情をウォースパイトは見せる。唇を引き結んでウォースパイトは決意するように言葉漏らした。
「……そうね。はっきりさせなくちゃいけないわね」
秘書艦が席を外したタイミングを見計らってウォースパイトは提督執務室を訪れる。ノックののちに姿を現すウォースパイトを提督は歓迎する。
「ウォースパイト、よく顔を出してくれたな。珈琲でもどうだ?」
「いただくわ。でもその前に、大切なお話が……」
「話?」と訊き返す提督の瞳をウォースパイトは真っ直ぐに見つめる。一瞬萎えそうになる自分の心を奮い立たせてウォースパイトは自分の心一気に提督に向かい解き放つ。
「Admiral……あなたを、愛しています」
―――一瞬、時が止まる。こくりとウォースパイトが喉を鳴らす。そのウォースパイトを正面から見つめ、しばしの沈黙の後ウォースパイトから目を逸らし提督は一言だけ告げる。
「すまない」
足元が崩れる感覚がした。自分の決断を、呪った。言葉失くすウォースパイトの見つめる前で提督は椅子から身を起こし、ウォースパイトとすれ違って執務室を離れる。
自分を独りにしてくれたのだとわかった。その心遣いに感謝しつつ、ウォースパイトは顔を手のひらで覆いすすり泣いた。
廊下を独り提督は歩く。傍目には何を考えているのかわからない表情で。その提督に向こうから近づいてくる人影がある。
「Admiral」
「……アークロイヤル」
今、英国艦娘の姿を見るのは提督には辛い。そんな提督の心中は知るすべもなくアークロイヤルは提督に気安い声を向ける。
「今、Warspiteが貴方の部屋に向かっただろう?どうなった?」
唇を引き結ぶ提督の姿をどう受け取ったか、アークロイヤルは好奇心も露に提督に問う。
「彼女に告白されただろう?なんて返事をしたんだ?」
期待に満ちた瞳を自分に向けるアークロイヤルから目を逸らし提督は簡潔に答える。
「断ったよ」
アークロイヤルが目を見開く。意外な、とその瞳が告げている。そのままアークロイヤルは大きく見開いた目をしばらく提督に向けていたが、やがて微笑むと提督に提案した。
「Admiral、ちょっと私と話をしないか?」
中庭のベンチにふたり並んで座る。しばらくどちらも口を開かないまま中庭を吹く風に身を任せていたが、やがてアークロイヤルが空を仰ぎながら独り言のように言う。
「正直、意外だったな……Admiralも、Warspiteのことは憎からず思っていると信じていた」
組んだ両手を膝の上に置いた姿勢で提督は呻くようにこれも独り言のように言う。
「……俺には、そんな資格はない」
アークロイヤルが静かに提督に視線を向ける。そのアークロイヤルの視線を横顔に受けながら提督は言葉続ける。
「ウォースパイトを護りたい、そう思っていても実際やっていることは彼女を繰り返し戦地に送り込むことだけだ……彼女を、傷つけることだけだ」
提督と艦娘の悲しい関係、その関係性に提督は打ちひしがれる。護りたいと思うその対象を戦場に出撃させなければならない、その事実が提督を苦しめる。そんな提督の想い知り、アークロイヤルは再び空を仰ぐと笑み顔に浮かべ呟く。
「存外繊細なんだな、私たちのAdmiralは」
それだけ言うとアークロイヤルは顔を中庭に向けて言い放つ。
「だ、そうだが、Warspite?感想は?」
その台詞に弾かれたように提督が顔を上げると、そこにいたのはウォースパイトその人。そういえばここに来る途中アークロイヤルがスマホに耳を当てていた、そのことに提督は思い当たる。最初からこのつもりだったのかと悟る提督の前に立ち、ウォースパイトは身を縮こませるかのような姿見せながら顔を染める。
「ウォースパイト、今のは……」
アークロイヤルがこの場を離れるのを頭のどこかで知覚しながら提督は腰をあげつつ言葉を探す。しかしこの場を取り繕うどんな言葉も見つからないまま気まずそうに唇を結ぶ提督を潤む瞳で見つめ、ウォースパイトは囁くような声でしかしはっきりと言い放つ。
「私を護りたいとおっしゃってくれた……それだけで、十分です」
提督を見つめる瞳に熱を込め、ウォースパイトは言葉続ける。
「その言葉であなたは私の心を護ってくれるのです。その言葉さえあれば、私は戦うことを厭いません」
清浄な微笑浮かべウォースパイトは告げる。
「あなたが私を望んでくれるのなら、私は喜んであなたの剣になりましょう。私もあなたを護りたい。あなたの盾となり、剣となって」
ウォースパイトの想いが提督を貫く。その真っ直ぐな言葉に、真っ直ぐな視線に、貫かれる。一瞬の逡巡ののち提督の手がウォースパイトの身体に伸びてゆく。
その細い肩を抱き寄せる。ウォースパイトの肢体が提督の胸に収まる。ウォースパイトの想い、確かに提督に届き、提督の胸を満たしてゆく。
提督の胸の中でウォースパイトは誓う。この人の盾となり剣となろう。いつか静かな海を取り戻すその日まで―――
了