艦娘恋物語   作:青色3号

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葛城の場合

演習を終えて鎮守府本館の廊下を歩いているところで葛城は提督につき当たった。

 

 

「おお葛城、雲龍から報告は聞いているぞ。演習の成果も上々だったらしいじゃないか」

 

「ええ、いい調子よ」

 

 

艦として生まれ落ちた時は既に搭載する艦載機も搭乗員もなく、”水上対空砲台”の立場に甘んじるしかなかった。だから、生まれ変わって第一線で活躍できるのが嬉しかった。

 

 

「今度また新鋭機が開発できそうでな。また、さっそく葛城に配備させてもらうよ」

 

「ホント?嬉しい!」

 

 

この人はいつも自分を気にかけてくれる。近代化改修で強化してくれて、最新鋭の機体を配備してくれて、いつも前線で重用してくれて―――

 

 

 

―――なのになぜだろう、満たされない自分がいる。

 

 

「新鋭機のことは明石に改めて聞いてくれ。開発工廠にいるはずだから。じゃあな」

 

「うん、ありがとうね」

 

 

自分とすれ違いその場を離れる提督の背中を見送る。自分が何を求めているのか、わからないまま葛城は何かをその背中に求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発工廠で新型機の説明を受け、配備計画を改めて立てる算段を整えてから葛城は空母寮に戻る。入り口を入ったところですれ違ったのは今から寮を出るところの私服姿の瑞鶴。

 

 

「瑞鶴先輩」

 

「ああ、葛城。今戻り?」

 

「はい、先輩は公休日ですか?」

 

 

たまの公休日には街中へお出かけする艦娘が大半である。瑞鶴もそのひとりだろうと算段をつけた葛城は更に瑞鶴に問いかける。

 

 

「翔鶴さんは?」

 

 

瑞鶴・翔鶴姉妹は行動を共にすることが多く自然と公休日も重なることが多い。そして仲のいいふたりのこと、お出かけするときは一緒なのが定番だ。そんな葛城の自然な問いに瑞鶴は嘆息して答える。

 

 

「デート」

 

「え?」

 

「参謀士官の、カレシと」

 

「ええええええっ!?」

 

 

大げさにのけぞって葛城は驚いてみせる。鎮守府内でカップルが複数誕生しているというウワサは耳に挟んだことがあるものの、いざ自分の身近に現れたのは初めてだ。そんな葛城の驚きに対して瑞鶴は言葉を重ねる。

 

 

「儚いわよね~、姉妹艦の絆なんて。やっぱ好きな人ができるとそっちが大事ですか、そうですか」

 

 

わざとらしく首を振りつつそんなセリフを残して瑞鶴は空母寮を後にする。その後姿を見送りながら、葛城はふと考える。例えば自分にデートする機会が与えられるとすれば、相手は誰になるだろう―――

 

 

 

―――白い海軍将校制服、中将を現す桜二枚の肩章、穏やかな眼差し、いつも自分を気遣ってくれるあの微笑み―――

 

 

 

―――脳裏に”その人”の面影を見て葛城は思わず口を両手で抑え息を呑む。なぜ提督の顔をこんな時に思い浮かべるのか、その答えはさすがの葛城にも明らかすぎるほどに明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと鎮守府本館の中庭を葛城は歩く。今しがた自覚した、自分の想いを噛みしめながら。なぜ”空母”として重宝されるだけでは満たされなかったのか、その答えを思い知らされながら。

 

 

「葛城」

 

 

聞きなれたはずのその声に心臓が跳ねる。恐る恐る振り向いて、その人がそこに立っていることを確かめる。

 

 

「どうだ?新型機は、扱えそうか?」

 

 

いつもと変わらぬ提督の様子、変わってしまったのは自分の方。まだ受け入れ切れていない自分の想いに振り回されるように葛城は顔を赤くする。そんな葛城に顔を寄せて提督は心配そうな声を向ける。

 

 

「どうした、顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」

 

「あ、ううん、大丈夫だから……」

 

「そうか、ならいいが……身体だけは大事にしてくれよ」

 

 

姿勢を戻してにっこりと笑い、提督は一言付け加える。

 

 

「葛城は、うちの空母陣のホープだからな」

 

 

嬉しいはずのその言葉、その言葉が錐となって胸に刺さった。その痛みの正体を知る前に、涙一筋頬を伝った。驚いた顔を見せる提督に説明することもできぬまま葛城は身を翻して提督のいる場所から駆け去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埠頭にひとり、葛城は立つ。その長い髪、海風に弄ばせながら。わかっていたはずだ、自分は”空母”としてここにいるのだと。そのことが、自分の存在意義なのだと。

 

 

 

それでも、わがままと知りつつも、それだけでは満たされない自分がいる。胸を焦がすこの感覚、それこそが自分が空母という存在だけではないという証。それでもそのことをどう受け入れればいいのかわからないまま葛城は海風に身を任せる。

 

 

 

後ろからコンクリを踏む足音が届く。葛城はゆっくりと振り返る。こちらに近づいてくるのは、他ならぬ葛城の想い人。提督、その人。

 

 

「葛城」

 

 

自分を呼ぶそのいつもの声さえ葛城のことを慄かせる。そんな葛城の様子にはまだ気がつけぬまま提督は葛城の目の前まで足を進めると立ち止まる。

 

 

「どうしたんだ?急に泣き出したりして」

 

 

少しの困惑を含んだ穏やかな提督の声。その声に、瞳に、誘われるように葛城は提督見上げ言葉紡ぐ。

 

 

「提督……私は、いったい何者だと思う?」

 

「え?」

 

 

いきなりの根源をつく質問に提督は面食らったような顔をするが、すぐに表情を引き締めると葛城に応える。

 

 

「艦娘……雲龍方正規空母三番艦、葛城だ」

 

「……そうね。私は空母、雲龍型の正規空母。でも同時に……」

 

 

再び瞳潤むのを感じながら、葛城は万感の想い海風に乗せる。

 

 

「……女の子、なんです」

 

 

海風が一陣、強く吹く。葛城の長い黒髪を靡かせる。ひょう、と鳴る海風に乗せるように葛城は想いを提督に告げる。

 

 

「わがままなのかもしれない、でも提督に”女の子”として見てほしい。それが分不相応な願いだとしても、勝手に過ぎる想いなのだとしても―――」

 

 

提督の大柄な体が身じろぎする。そのまま、提督は唇を引き絞る。幾何かの時間ののち、ようやく苦しそうに提督が呻くような呟き漏らす。

 

 

「俺は……お前らの、司令官だ」

 

「はい」

 

「その俺が、お前に対し正直な想いを告げたら……それは、命令になってしまう」

 

「命じてください」

 

 

提督の想い感じ取り、葛城は胸高鳴らせながら提督に請う。

 

 

「命じてください……『俺の女になれ』、と。そうしたら私は喜んで従うから。私の全てをあなたに捧げるから」

 

 

葛城の一途さが提督を撃ち抜く。提督が、葛城に手を伸ばす。葛城の頬を片手で包みながら提督は葛城に簡潔に命じる。

 

 

「葛城」

 

「はい」

 

「俺の女になれ」

 

「はい」

 

 

簡易な、想いを込めた葛城の応え。その応えを合図に提督は葛城の細い身体を引っ張り寄せる。葛城が提督の胸に収まる。その胸に縋りながら、抱き締められながら、葛城は今度こそ心の底から満たされる。

 

 

 

 

 

この人に捧げよう、と葛城は誓う。艦としての自分を、女の子としての自分を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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