艦娘恋物語   作:青色3号

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鬼怒の場合

あの人の秘書艦になりたいと長い間思っていた。だから、いざ指名されたときは心が躍るようだった。胸に秘めた想いが、少しはあの人に近づけばいいなと思いながら鬼怒は今日も秘書艦を務める。

 

 

「ねぇー、提督ぅー」

 

「ん?」

 

「提督はさぁ、好きなコとかいるの?」

 

 

書類棚にファイルを戻しながら鬼怒は何気なさを装って訊く。なんでもない表情を作ってはいるが心臓はもうバクバクものだ。「いないよ」という答えを期待している。そうすれば自分にもこれからの希望が少しは……

 

 

「……いるよ」

 

「マジ!?パナイ!」

 

 

ズキッ!と痛む心臓のあたりを制服の上から抑える。希望が潰える痛みに耐えながら鬼怒は提督の方を振り返って硬い笑顔浮かべ更に訊く。

 

 

「こ、告白とかしないの?」

 

「うーん……いざとなるとなかなかなぁ……どう伝えたもんか……」

 

 

誰だろう、提督に想いを寄せられているのは。その娘が、心底羨ましい。その相手が自分だったらよかったのにと儚い想いを秘めながら鬼怒は思い切った提案をする。

 

 

「押し倒しちゃえ!」

 

「は?」

 

「ドーンと押し倒しちゃえ!勢いで何とかなるもんよ!」

 

 

ここまでくればヤケクソだ。そんなシーン、想像したくもない。誰か、自分以外の娘が提督に迫られているところなんて。

 

 

「いやいくらなんでもそれは……」

 

「大丈夫大丈夫!勢いが大事!女の子は多少強引なほうがいいのよ!」

 

 

視界が滲むのを感じながらそれでも笑顔保ってみせる。その鬼怒のことを提督は難しい顔で見つめていたが、椅子から腰を上げると机を回り込み鬼怒に歩み寄る。

 

 

鬼怒の細い手首を提督は掴む。「え?」と鬼怒が小さな声をあげる。その鬼怒の薄い肩をもう片方の手で抑え込み、提督は一気に鬼怒を執務室の絨毯張りの床に組み伏せる。

 

 

「え!?ちょ、っ……!」

 

 

突然のことに身体が硬直して暴れることもできない。かろうじて身を竦ませることができるだけだ。いつもとは違う別人のような表情の提督を床から見上げ鬼怒はただ“怖い”と感じる。

 

 

提督の手が鬼怒の肢体をまさぐる。その手が、鬼怒の内腿に添えられる。ざらざらとした感触が自分の脚を撫ぜるのを感じながら鬼怒は怯えに身を震わせる。

 

 

提督の手が上へ上へと這い進む。その手が、腿の付け根、鬼怒のもっとも秘めやかな部分に差し掛かる直前鬼怒は涙零し叫んだ。

 

 

「やだあっ!!」

 

 

提督の動きがぴたりと止まる。弾かれたように提督は身を起こす。涙に濡れる瞳を閉じ顔を提督から背けはぁはぁと荒い息をつく鬼怒から離れ、提督は慌てた声を出す。

 

 

「き、鬼怒、すまなかった!」

 

「え?あ、ううん!鬼怒が変なこと言ったから!」

 

 

鬼怒も慌てて身を起こす。まだ激しく高鳴る心臓を手で抑えて鬼怒はおずおずと提督に問いかける。

 

 

「あ、あの……提督が好きな子って……鬼怒?」

 

 

眉を寄せ鬼怒から目を逸らし提督はひとつ頷く。「そっか……」と鬼怒は呟くがまだ実感がない。この場をどうすればいいのかわからないまま鬼怒は立ち上がり、乱れた制服を整えながらこの場にはあまりそぐわないかもしれない台詞を口にする。

 

 

「じゃあ、もう時間も遅いし……鬼怒、そろそろあがるね」

 

「あ、ああ……」

 

 

提督の顔を見られないまま火照る頬をもてあまし、鬼怒は提督執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、どんな顔をして提督に会えばいいのかわからないまま鬼怒は提督執務室に現れる。同じように気まずい様子の提督の顔を直視できないまま鬼怒は提督の机に直角に接する提督のより幾分小ぶりな机につく。何かから逃げるように机に積まれた書類を一枚手にしてその処理に没頭する。

 

 

黙々と、ふたり書類仕事をこなしていく。昨日のことを訊きたいのに、言葉は喉から出てこない。確かに、昨夜提督は自分のことを好きだと認めた。なのに、今ふたりの間にある距離は今までよりもずっと遠い。

 

 

こんなはずじゃなかった、という思いが突き上げる。思えば、自分は提督にまだ返事もしていない。真っ先に伝えたいのに、自分の想いを差し出したいのに、ふたりの間の距離感がそのことを邪魔する。

 

 

「……ちょっと、整備工廠にいってくるね」

 

「ああ」

 

 

視界が滲むのを感じながら腰を上げる。本当に、こんなはずじゃなかった。もっと普通に提督に告白されていたら、自分はすぐにでもその言葉に応えた。なのに実際は、自分の想いをどうすればいいのかわからないままに伝えたい言葉が胸に詰まる。

 

 

提督執務室を離れ、扉に背中を預けた途端、鬼怒の瞳から涙ひと筋零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整備工廠に行く、と言っておきながら実際に鬼怒がいるのは鎮守府本館の中庭のベンチ。足をベンチに乗せて膝を抱えながら「これじゃサボリだな」と鬼怒は思う。それでも執務室に戻るふんぎりのつかぬまま、鬼怒は膝に顔を埋める。

 

 

「あら?鬼怒、あなた仕事中じゃないの?」

 

 

聴き慣れたその声に顔をあげればこちらに近づいてくるのは姉妹艦の五十鈴。不思議そうな顔をして自分の横に腰を下ろす五十鈴に向かい鬼怒は呟く。

 

 

「ちょっと、提督と一緒に居づらくて……」

 

「何があったのよ……あんなに秘書艦になれたのを喜んでいたのに」

 

「ちょっと、バカなことをやってしまいまして……」

 

 

また自分の声が涙声になるのを感じながら鬼怒は昨夜のことを五十鈴に話す。好きな子がいるなら押し倒しちゃえ、と提督を煽ったこと。その直後、提督に押し倒されたこと。

 

 

「ふ~ん、提督の好きな相手は鬼怒だったってオチね。よかったじゃない、おめでとう」

 

「おめでたくないよ、ちっとも……」

 

 

しゃくりあげながら鬼怒は言葉続ける。そのこと以来、提督と距離ができてしまったこと。提督を目の前にして自分がどうすればいいのかわからないこと。

 

 

「バカね、当たり前じゃない」

 

「当たり前、って……」

 

「あなた、まだ想いも伝えていないんでしょ?心も結ばれていないのに、身体だけ結ばれようなんてしたからバチがあたったのよ」

 

 

はっきりきっぱり言い放ち、鬼怒に目線を向けてウインクしながら五十鈴は鬼怒に言い放つ。

 

 

「ここまで言えば後は鬼怒が何をするべきか、わかるわよね?」

 

 

五十鈴の言葉が自分の胸にかかった霞をすっと晴らすのを感じながら鬼怒は大きく瞳見開き五十鈴見つめ呟く。

 

 

「五十鈴姉え、すごい……恋愛経験ないのに、説得力マジパナイ……」

 

「蹴とばすわよ、このガキャ」

 

 

眉をしかめて怖い顔をする五十鈴にへらっと笑って見せる。思えば、あの時以来初めて笑えた。すっくとベンチから立ち上がり、鬼怒は五十鈴に手を振りながら駆け出す。

 

 

「五十鈴姉え、ありがとう!このお礼は、いずれ!」

 

「期待しないで待ってるわ」

 

 

真っ直ぐ駆けてゆく鬼怒の後姿を五十鈴は微笑ましく見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室の扉を勢いよく開け、鬼怒はつかつかと提督に向かい歩み寄る。ちょっと面食らった表情を見せる提督を机越しに見下ろす格好で、鬼怒ははっきり一言提督に告げる。

 

 

「提督、ごめんなさい。鬼怒はまだ、提督に全てを許すことはできない」

 

「あ、ああ……それは分かってる、自分も馬鹿なことをしたものだと……」

 

「『まだ』って言ったでしょう?」

 

 

提督の謝罪の言葉を途中で遮り、鬼怒は提督を真正面から見つめて言葉続ける。

 

 

「いつか、提督に全てを許す日が来るから……それまで、提督と時間を重ねていきたい。好きよ、提督」

 

 

言葉とともに真っ直ぐな視線を送る。提督と鬼怒、ふたりの視線が絡みあう。自分の想い全て差し出し、鬼怒は提督の言葉を待つ。

 

 

提督が机から腰を上げる。そのまま、机を回り込んで鬼怒の前に立つ。少しの躊躇ののち、提督は言葉の代わりに手を伸ばし鬼怒の赤い髪に指を差し込む。

 

 

そのまま、提督は鬼怒を抱き寄せる。鬼怒の華奢な身体が提督の胸に収まる。激しく高鳴る鼓動が自分を壊してしまわないかと思いながら、鬼怒は今はこれで精一杯、これで十分と心うちで呟く。

 

 

 

 

 

 

いつか、自分の全てをこの人に捧げる日が間違いなく来る。だから、その日まで時を重ねてふたりの心を繋いでいこう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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