艦娘恋物語   作:青色3号

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狭霧の場合

背中まで届く銀の髪にすみれ色の大きな瞳、その佇まいは儚さすら感じさせた。だから時々提督は彼女の口からこんな言葉が出ることに面食らうこともあった。

 

 

「提督、今度の作戦前に魚雷の改修を進めてはいかがでしょうか?」

 

「あ、ああ、そうだな。明石とも相談しよう」

 

「はい」

 

 

提督執務室に現れ鎮守府の方針について進言する狭霧のその硬質な言葉は、およそ細身の少女から発せられるものとは思えない。それでも艦娘を擁するここ横須賀鎮守府ではこれもまた日常の一部だった。未だに少しばかりのちぐはぐさを感じながら提督は狭霧を見つめ直す。提督と目があった狭霧が微笑ながら話を変える。

 

 

「提督、狭霧は今日で顕現から2年を迎えることができました。これからも提督のもとで頑張ります」

 

 

先の大戦では初期のうちに轟沈してしまった艦の生まれ変わりのためか彼女は鎮守府での生活が順調に伸びていくことに人一倍喜びを感じている節があった。艦の生まれ変わり―――それが狭霧たち艦娘の本質。

 

 

「そうだな、これからも期待しているぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

きれいな敬礼ひとつ残し、狭霧は提督執務室を離れる。狭霧が去った後の閉じた扉を見つめながら提督は思いにふけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後、鎮守府本館の廊下を歩いている時に提督は向こうの方から書類の束を抱えて近づく人影に気がつく。書類の山が大きすぎて顔が隠れてしまっているが、制服からどうやら狭霧だとわかった。そのまま提督は狭霧に近づき驚かさないように静かに声をかける。

 

 

「狭霧、どうしたんだその書類の山は」

 

「あ、提督。資料室の前を通りがかったらこれを開発工廠に届けてくれって頼まれて……」

 

「誰だか知らんが自分でやれよな……どれ、手伝おう」

 

 

言いながら提督は狭霧が抱える書類の束を大部分取り上げてしまう。だいぶ身の軽くなった狭霧が少し慌てたような声を出す。

 

 

「あ、艦隊司令官ともあろう方にそんなものを運ばせるわけには……」

 

「女の子にこんな重い物を運ばせる方が問題だ」

 

 

女の子、の単語にぴくりと狭霧は反応する。その狭霧の様子には気づかないまま提督は書類の山を抱えて今来た道を引き返してゆく。その背中を見つめながら狭霧は少しだけになった書類の束を脇に抱え、残る手を鼓動を抑えようとするかのように胸の上に当てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下にひとり残りながら狭霧は己の思いに沈む。

 

 

 

 

 

自分は艦の生まれ変わり、深海棲艦と戦うための戦闘艦。

 

 

 

 

 

だから、この想いは封じ込める。提督を慕う、この想いは。

 

 

 

 

 

それは「人に似て人に非ざる者」である自分が抱いてはいけない想いだから―――

 

 

 

 

 

ひとつ確かめるように頷くと、狭霧は少しばかり無理に固い微笑み浮かべ開発工廠向けて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた数日、提督執務室に狭霧の姿があった。手にしたバインダーに目を落としながら狭霧は今しがたの演習について報告する。

 

 

「……以上が、今回の演習結果の内容です」

 

「ご苦労」

 

 

机の向こうから狭霧を見上げながら提督は簡単な言葉で狭霧を労う。と、その視線が狭霧のバインダーを支える手の甲に向けられる。

 

 

「狭霧、怪我しているぞ」

 

「え、どこですか?」

 

 

狭霧が自分で自分の怪我の位置を見つける前に椅子から立ち上がり机を回った提督が狭霧の左手をそっと掴み持ち上げる。鼓動をひとつ跳ね上げさせる狭霧に向かい提督は応える。

 

 

「ほら、ここ……手の甲、血が出てる」

 

「あ」

 

 

言われてみれば2㎝くらいの切り傷が狭霧の手の甲にできている。先程の演習のときにできた傷か、それともその後か。いずれにしてもたいした怪我ではないと狭霧は提督に囁きのような声向ける。

 

 

「たいした怪我ではありません。ほっておいても……」

 

「そうはいかん。女の子の身体に傷でも残ったら大変だからな」

 

 

またも鼓動が跳ね上がる。離された左手を庇うように右手で包み込み狭霧は俯く。救急箱を求めて提督は戸棚へと向かう。その背中に向け、俯いた顔はあげぬまま狭霧は呟く。

 

 

「……また、狭霧を“女の子”と呼ぶのですね」

 

 

戸棚の救急箱を探っていた提督が振り向く。その視線を感じながら狭霧は小さな声を続ける。

 

 

「狭霧は、艦の生まれ変わりです。人にして人に非ざる存在です。その私を……」

 

「俺は、競走馬の生まれ変わりだそうだ」

 

 

唐突なその言葉に狭霧は顔をあげる。絆創膏を片手にこちらに歩いてくる提督と目が合う。提督の真意がわからず小さく首を傾げる狭霧に向かい提督は言葉続ける。

 

 

「雑誌の前世占いだけどな。なんでも俺の前世は競走馬らしい」

 

「え、っと……」

 

「ウソか本当か知らないが……なあ、狭霧」

 

 

狭霧の左手を優しく持ち上げ、その白い甲についた赤い傷跡を絆創膏で覆いながら提督は狭霧に語りかける。

 

 

「俺の前世が競走馬、ってのはまあお前らが艦の生まれ変わりだという話とは全然違う話かもしれない。だけどな……」

 

「…………」

 

「大事なのは、前世じゃなくて“今”じゃないか?」

 

 

狭霧の手当てを終えて腰を伸ばし、狭霧を真っ直ぐに見つめながら提督は微笑む。

 

 

「前世が馬であれ艦であれ、気にしていても始まらんよ。狭霧は、俺から見ればキレイな女の子だ」

 

 

言葉が胸を静かに刺し貫く。心の栓が緩んでいく。そこから溢れ出る流れの激しさに恐れおののきながら狭霧は目を伏せ呟く。

 

 

「……優しく、しないで」

 

 

閉じた瞳から涙ひとすじ溢れ出すのを感じながら狭霧は小さな言葉続ける。

 

 

「想いが、溢れてしまうから」

 

 

勢いよく顔を上げ、涙に濡れるすみれ色の瞳真っ直ぐに提督に向けながら狭霧は小さく叫ぶ。

 

 

「提督のこと、もっと好きになってしまうから!」

 

 

涙を両手で拭い、それでも溢れる水滴止められず、狭霧は顔を覆ってしまう。その狭霧のしゃくりあげる声をしばらく提督は無言で聴いていたが、やがて言葉発する。

 

 

「だったら、もっと俺のことを好きになってくれ」

 

 

そっと狭霧の両肩に手を乗せながら提督は狭霧の想いに応える。

 

 

「俺もお前が好きだよ、狭霧」

 

 

狭霧が涙に濡れた顔を上げ、すみれ色の大きな瞳を見開く。その狭霧と目を合わせながら提督はひとつ頷く。言葉の代わりに腕に力を籠め提督は狭霧を抱き寄せる。温かな感触の中で、力強い腕の中で、狭霧は思い新たにする。

 

 

 

 

 

自分は、艦ではなくて人でいいのだと。”過去”に囚われずとも“今”を生きていいのだと。この人を愛して、いいのだと。

 

 

 

 

 

ならば、この人と添い遂げよう。ひとりの女の子として、生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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