艦娘恋物語   作:青色3号

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夕立の場合

バン!と勢いよく提督執務室の扉を開けてルビー色の瞳にブロンドのロングヘアの艦娘が入ってくる。作戦帰りの夕立は笑顔浮かべ提督の前まで歩いてくると開口一番明るい声を出す。

 

 

「テートクさん、夕立頑張ったっぽい!褒めて褒めて~♪」

 

 

頭を突き出しなでなでをねだる。少し躊躇してから提督は手を夕立に伸ばし柔らかな髪をなぜる。

 

 

「よく頑張ったな、夕立。」

 

「えへへ~♪」

 

 

気持ちよさそうに身を委ねる夕立を撫でながら提督は次の言葉を算段する。ご褒美に今度一緒にメシなんてどうだ?映画のチケットが二枚あるんだがな、この間近くの遊園地に新しいアトラクションが―――

 

 

―――結局それらの言葉は実際口にされることはなく、無難な言葉にとって代わる。

 

 

「…これからも、頑張れ。」

 

「ぽーい♪」

 

 

スキップしそうな勢いで夕立は提督室を後にする。残された提督の悄然とした様子にそれまで黙ってことの成り行きを見守っていた秘書艦の陸奥がクスクス笑いを向ける。

 

 

「また今日も誘えなかったようね。」

 

「…上官をからかうのはやめろ、陸奥。」

 

「あらこんな時だけ上官のつもり?照れ隠しに階級を使うのは感心しないわよ、提督。」

 

 

陸奥の容赦ないツッコミに苦虫を噛み潰したような顔で耐える。はたしてあの天然娘相手に自分の恋は今後進展があるのだろうか、疑うことしかできない提督であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつもの巨大な水柱が海面に立つ。爆発音が大気を震わせる。哨戒任務途中の敵水雷戦隊との遭遇戦、夕立は艦隊の他の艦娘とともに海面を駆け巡る。

 

 

「ぽーい!」

 

 

12.7㎝連装砲を構え発射する。砲弾が敵駆逐艦の装甲を切り裂き炸裂する。轟音とともに敵駆逐艦は波間に姿を消してゆく。

 

 

「まだまだっぽい!」

 

 

水柱を避けて疾走する。もう一隻駆逐艦を射軸上に捉える。連装砲を構え直し、必殺の一撃を放とうとした夕立の耳に遼艦の村雨の叫びが届いた。

 

 

「夕立、回避!」

 

 

その声は一瞬遅かった。敵軽巡の放った砲弾が夕立を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の岸壁の上、座り込んだ夕立の周りを遼艦が立った姿勢で囲む。ボロボロになった制服を纏い傷だらけの艤装をつけたままの夕立に水雷戦隊の旗艦・神通が心配そうに声をかける。

 

 

「夕立ちゃん、大丈夫?」

 

「ぽい~…」

 

 

見栄も張れず情けない声をあげるしかない大破状態。でもとりあえず帰還したからには安心だ。早いトコ入渠して…と考える夕立の耳に届く必死な声。

 

 

「夕立!」

 

 

テートクさんだ、怒られる!ととっさに夕立は思いこむ。頭をかばって身を縮こませる夕立の肩をがしっと抱き、しゃがみこんだ提督はまくしたてる。

 

 

「夕立、大丈夫か!?痛くはないか、怪我の具合はどんなだ!?」

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

 

―――テートクさん、怒らないの?

 

 

 

 

 

 

…なんで、そんなに必死な顔をするの?

 

 

 

 

 

 

…なんで、そんなに夕立を心配するの?

 

 

 

 

 

 

 

…なんで、夕立こんなにドキドキしてるんだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、胸の中にふわふわしたものをまだ抱えた気分で夕立は鎮守府本館の廊下を歩く。先の作戦で受けた傷は癒えたが、なんだかあの日以来の胸の中のふわふわはそのままだ。と、廊下の向こうから提督が夕立の方に歩いてくる。

 

 

「お、夕立。もう大丈夫か?」

 

「テートクさん…う、うん。大丈夫っぽい。」

 

「そうか、それなら…ん?夕立、顔が赤いぞ?」

 

 

言われて初めて自分の顔が紅潮してるのに気がつく。これなに?と軽く混乱して頬を両手で押さえる夕立に提督は顔を近づける。

 

 

「熱でもあるのか?春とはいえ、まだ風邪の季節だぞ。気をつけて…」

 

「あ、あう…」

 

 

テートクさん、顔近い、近いっ!と心の中で叫ぶ。今までそんなこと気にもしなかったのに自分で自分が分からなくなり夕立はくるりと提督に背を向けると脱兎のごとく走り出す。

 

 

「テートクさん、ごめんなさぁ~~~~~~~~~~~~い!!!」

 

「あ、おーい…」

 

 

置き去りになった提督を軽く混乱の中に放り込んで夕立はその場を逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドに向かって傾斜する芝生、その上に膝を抱えて座り込み夕立はひとり呟く。

 

 

「夕立、どうしちゃったんだろう…」

 

 

頭上から「夕立?」と声をかけられる。振り向くとその場にいたのは姉妹間の時雨。

 

 

「どうしたの?そんなところで。」

 

「夕立にもわかんないっぽ~い…」

 

「ん?」

 

 

なにかあったらしいと夕立の傍に歩み寄り時雨は夕立の隣に腰を降ろす。「あのね…」という前置きとともに夕立は一部始終を話す。提督の真剣な顔を見て以来、胸がふわふわすること。提督が近づくと胸がドキドキして提督の顔が見られないこと。

 

 

一部始終を聞き終えて、時雨は夕立の横で目を閉じ微笑んで種明かしをする。

 

 

「それは、恋だね。」

 

「ぽい?」

 

「ぽいじゃなくて恋…夕立は、提督に恋をしたんだよ。」

 

 

言葉の意味が分かるまでしばらくかかる。時雨と目を合わせながらぱちくりとまばたきして、時雨の微笑みに言葉の意味を知る。

 

 

「ぽい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

「そんなびっくりすることじゃ…夕立も、そういうお年頃になったってことだよ。」

 

「そ、そんな、だって、夕立は、まだ、あの、その…」

 

 

両手で真っ赤な顔を押さえて夕立は瞳をぐるぐるさせる。春の陽光がふたりの駆逐艦娘を優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府建物の横の回廊を俯き加減に歩きながら夕立は自分に言い聞かせるように呟き続ける。

 

 

「そんなんじゃないよ…恋、なんかじゃないよ…だって、夕立、そーゆーのまだわかんないもん…」

 

 

下を見ながらぼんやり歩いているので近づいてくる人影に気づかない。あいにく、その人影も手にした書類に目を落としながら歩いていたので夕立の接近に気がつかなかった。

 

 

「おっと、」

 

「わふ!?」

 

 

鼻先を提督の胸板にぶつけて夕立はのけぞる。ぶつかった相手を認識した途端、また夕立の心臓が本人の意思とは関係なく高鳴ってゆく。

 

 

「テ、テートクさん?」

 

「おお、夕立か。悪かったな。」

 

 

提督の顔を見上げ目を合わせると、ますます鼓動が早まっていく。たまらず夕立はその場から駆け出そうとする。

 

 

「ご、ごめんなさいテートクさん!」

 

「あ、待てよ夕立!」

 

 

手首を掴まれその場に縫い付けられる。掴まれた手首がひどく熱い。もう爆発寸前なほど心臓をバクバクいわせて自分と目を合わせようとしない夕立に提督は少し傷ついたような声向ける。

 

 

「さっきも逃げ出したよな…俺、夕立になんかしたか?」

 

「あ、あう、そうじゃなくて…」

 

「俺、夕立に嫌われるようなことしたかな…」

 

「!?な、なんで!?」

 

 

驚いて顔を上げ提督の顔を直視する。不安そうな提督と目を合わせ思わず夕立は口にする。

 

 

「テートクさんを嫌うなんてそんなことあるわけないよ!だって夕立は、テートクさんのことがす…」

 

 

 

 

 

 

 

―――え?

 

 

 

 

 

 

 

―――なに?

 

 

 

 

 

 

 

―――夕立、いま、なに言おうとしたっぽい!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我に返って真っ赤なままの顔で口をパクパクさせる夕立を提督はしばらく見やるが、やがて夕立の手首を開放し軽く手を挙げてその場を離れる。

 

 

「ん、よくわからんが嫌われてないならいいんだ。ぶつかって悪かったな。」

 

 

最後に自分に微笑みを向けて提督がいなくなると、夕立はつきあげる衝動に駆られるままに走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の一角のお花畑にも似た緑化地帯、そこまで夕立はかけてゆく。芝生の上でようやく立ち止まり荒い息をつき両膝を手で押さえ、身を負った姿勢で夕立は呟く。

 

 

「どうしよう…」

 

 

弾かれたように身を起こし、夕立は破裂寸前にまで染まった頬を両手で押さえ小さく叫ぶ。

 

 

 

 

「…夕立、本気になっちゃったっぽい!?」

 

 

 

命儚し恋せよ乙女、花の命は結構長い―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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