艦娘恋物語   作:青色3号

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大淀の場合

この季節は風も爽やかでただ外を歩いているだけでも気持ちがいい。秘書艦の大淀が明石と連れ立って鎮守府を歩いてると、私服姿の卯月と弥生とすれ違った。

 

 

「ほら弥生、急がないと間に合わないっぴょん!」

 

「卯月、慌てなくても……まだ時間は大丈夫」

 

 

薄紅色のブレザーを纏った卯月と、ブルーを基調としたワンピース姿の弥生が正門へ小走りに駆けてゆくのを見守りながら明石が言う。

 

 

「公休日かな、この季節のお出かけは楽しいよね」

 

「ああやって見ると、普通の女の子よね」

 

 

その大淀の言葉に明石が改めて大淀の横顔に視線を向ける。明石の視線を頬のあたりに感じながら大淀は呟く。

 

 

「……でも、私たちは”艦の生まれ変わり”なのよね」

 

 

 

 

 

 

 

人に似て人に非ざる―――自分たち、艦娘を表す言葉。

 

 

 

その本質は”艦の生まれ変わり”、古の艦の記憶を受け継ぐもの。

 

 

 

生まれ変わるなら、なぜ、娘の姿をもって生まれ変わってきたのか―――答えの出ないその問いを、大淀は自らに繰り返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室の大ぶりな提督机に直角に提督のより幾分小ぶりな机をくっつけて大淀は書類仕事に勤しむ。数か月に一度交代する秘書艦業務だが、事務処理能力に長けた大淀への提督の信頼は厚く、大淀が秘書官を務めるのは既に何度目かになっていた。もっとも、大淀を何度も秘書官に指名する提督に下心があることを大淀は知らない。知らないままに大淀は、秘めた想いを提督に募らせる。

 

 

その想いを伝えるのを邪魔するのは、自らが人非ざる艦の生まれ変わりだという事実。なぜ人の姿を持って生まれてきたのか、なぜ人に焦がれる娘の姿を持って生まれ変わってきたのか、その答えなき問いを今日も抱えながら、大淀はふと書類を繰る手を止め呟く。

 

 

「……なぜ、私たち艦娘は人の姿をもって生まれてきたのでしょうか」

 

 

大淀の唐突ともいえるその言葉に、提督も書類を弄る手を止め大淀を見つめる。提督の方は見ないまま手元に目線を落とす大淀のことをしばらく提督は見つめていたが、やがて書類の処理を再開しながら大淀に問う。

 

 

「今日の昼メシはなんだった?」

 

「え?唐揚げ定食ですけれど」

 

「美味かったか?」

 

「はい」

 

 

会話の着地点が見えないまま大淀は素直にお返事する。その大淀に目線は向けぬまま書類を一枚繰りながら提督は声を投げる。

 

 

「なら、あとのことはどーだっていいだろ。今日も美味いメシが食える身体でありがたいってお天道様に感謝していればいいんだ」

 

 

ストンと肩の力が抜けた。提督のその言葉は大淀の胸のうちにコトリと音を立てて嵌まったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日昼休み、缶ジュースを両手で抱え持ちながら大淀は鎮守府本館の中庭のベンチに座り空を見上げる。缶ジュースのしゅわしゅわとした甘さも、空の青さも、人の身を得たからこそ味わえるものなのだと大淀は改めて感じ入る。そして、同時に思う。提督に寄せるこの想いも、自らが人の姿をもって生まれたからこそなのだと。

 

 

昼休みの終わりが近づいてることを示す予鈴のサイレンが鳴る。ベンチから立ち上がり大淀は提督執務室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督の横にいつも通り席を取り、大淀は書類仕事を進める。時々自分を抑えきれなくて、ちらちらと提督の横顔を盗み見する。あの提督の言葉を聞いて以来、自分が人であることを受け入れていいのだと教わって以来、提督を想う心が一層膨れ上がる。その想いを伝える勇気など、出ないままに。

 

 

自分の不甲斐なさに唇を噛み、そっと下を向いたところで大淀の様子に気がついた提督が声をかけてくる。

 

 

「どうした、大淀?元気がないな」

 

「いえ……」

 

 

提督とは目を合わせられないまま、大淀は小さな声で一言だけ応える。自分の返事に説得力がないのはわかっている。あまりに弱弱しい自分の応え、あまりに弱弱しい自分の姿。

 

 

募る想いを差し出す勇気の得られぬまま、大淀の唇から掠れるような声が出る。

 

 

「……やはり、私は人の姿で生まれない方が良かったのかもしれません」

 

 

そうであれば、こんな苦しい思いをすることはなかった。そうであれば、提督への想いに胸締め付けられることもなかった。そんな心うちを思わず吐露する大淀に提督は顔を向け一言言葉向ける。

 

 

「まだ言うか」

 

 

ふう、とひと息吐いてから提督は椅子の背もたれに身を預け指を組み合わせて机に置き大淀に告げる。

 

 

「俺は、大淀が人の姿で生まれてきてくれてよかったと思っているけれどな」

 

 

提督のその言葉にも大淀の姿勢は変わらない。下を向いたまま動かぬ大淀に提督は言葉続ける。

 

 

「大淀が俺と同じ姿で生まれてきてくれたことで、俺は大淀を人として愛することができる」

 

 

言葉が、大淀の心を貫く。打たれたように大淀は姿勢を正し提督に顔を向ける。その大淀の視線提督は真っ直ぐに受け止める。その眼差しが言葉以上に大淀に提督の心を伝えてくる。

 

 

早鐘のように打ち始める鼓動を抑えるように大淀は胸の上から片手をあてる。瞳を熱い水滴が濡らすのを感じながら大淀は提督に身を乗り出して問いかける・。

 

 

「いいのですか?人に似て人に非ざる、私でも……」

 

「大淀は、人だ」

 

 

力強い声で提督は断言する。頬にひと筋涙流す大淀に片手を伸ばしながら提督は再度繰り返す。

 

 

「俺の愛した、女性だ」

 

 

提督の片手が大淀の頬を覆う。その手に大淀は自らの手を重ねる。なぜ、人の姿をもって生まれてきたのかわからなかった。だけど、ようやくその意味を知った。温かな身体をもって生まれ落ちてきたその訳は、この人に同じ姿で出会うためだったのだと。この人と、同じ時を重ねるためだったのだと。

 

 

 

 

 

柔らかな心をもって生まれ落ちてきたその訳は、人の愛を知るためだったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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