艦娘恋物語   作:青色3号

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間宮の場合

いつも甘味処・間宮に勤めている間宮は他の艦娘たちに比べ提督執務室を訪れることは少ない。自分が補助艦艇だという思いが他の艦娘のように気安く執務室を訪れることを躊躇させているということもある。それでも、艦娘たちに分け隔てなく温かい対応をしてくれる提督の人柄に少なからず惹かれていることは確かだし、それ故たまにこうして所用で執務室を訪れるのは間宮にとっての楽しみであった。

 

 

「間宮、入ります」

 

 

意識して軍人調の物言いをして間宮は提督執務室の客になる。重い扉を開いた瞬間、しまった、と今更ながらに考える。考えてみれば今は昼食時間、提督も執務室に隣接している提督専用の食堂で昼食をとっているところかもしれない。空振りになるかもしれないと思った間宮の予想は、しかし目の前の光景に外された。

 

 

執務机についたまま書類を片手にもう片方の手で携帯固形食を持ち口に運ぶ提督の姿。その姿に歩み寄りながら間宮は思わず挨拶より先に声をかける。

 

 

「提督、それ、お昼ご飯ですか?」

 

「間宮か、時間がもったいなくてな」

 

「今の時期、そんなにお忙しいのですか?」

 

「いや、今特にということではないが……メシに時間を割くのがもったいなくてな」

 

 

書類に眼を落したまま提督が放つその言葉に間宮は驚く。もしやと思いながら間宮は提督に質問する。

 

 

「料理人は?」

 

「雇ってない」

 

 

提督には提督専属の料理人を雇う特権がある。しかし、どうやら提督はその特権を自ら放棄しているようだ。初めて知った提督の食事事情に驚きを隠せないまま間宮はダメ押しの質問をする。

 

 

「もしかして、いつもそんなお食事をとられているのですか?」

 

「そうだが?」

 

 

食に関心のない人種、どうやら提督はそのたぐいの人種らしい。驚きを新たにする間宮の前で、提督は携帯固形食をもう一口ほおばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、間宮は再び提督執務室を今度はわざと昼食時に訪れる。風呂敷に包んだ重箱を両手で捧げ持ちながら。「間宮、入ります」と声をかけ、器用に重箱を片手で支えながら残る手で重い扉を開く。

 

 

「間宮か。珍しいな、連日とは」

 

「提督、差し出がましいようですがお昼ご飯をご用意いたしました」

 

「昼メシ?」

 

 

ちょっと眉を寄せる提督の目の前で間宮は風呂敷包みを机の上に置くとたおやかな手つきで風呂敷を解き重箱の蓋を外す。彩り溢れるおかずの数々がおにぎりと並んで現れる。

 

 

「ご飯はおにぎりにしました。その方が食べやすいかと思って」

 

「間宮、俺はこんなことは頼んでは……」

 

「食は人生の大事な要素です。あまり軽んじることなく、まずは召し上がってみてください」

 

 

食には一言ある間宮の少しばかり威圧感を感じる言葉、その言葉に珍しく気圧された様子で提督は箸に手を伸ばす。手近な煮物に箸を伸ばし摘んで口に運んだところで、提督の唇から思わずといった呟きが漏れた。

 

 

「……美味いな」

 

「よかった」

 

 

あとは無言で提督は重箱のおかずに次々と箸を伸ばしてゆく。その光景を間宮は微笑み浮かべ見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、間宮の執務室詣でが始まった。甘味処が忙しくなるのはヒトヨンマルマルくらいからなので、それまでは伊良湖にお店を任せられた。いつからか間宮が訪れることを楽しみにしている様子を隠そうともしなくなった提督の机に間宮は今日も自信作の料理を広げる。

 

 

「今日は、蒸し鶏とレモンソースのパスタです。さっぱりしていて食べやすいですよ」

 

「今日も美味そうだな。いただこう」

 

 

いつしか間宮の前で提督が浮かべるようになった微笑み、その微笑みを今日も浮かべ提督はフォークを手にする。そんな提督の様子を見つめながら、間宮は自分の中にあった感情が抑えがたいほど大きく膨れ上がっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日も提督に昼食を運び、満たされた気持ちで間宮は甘味処への帰路を辿る。提督の食後のひと時の会話の時間、その時間が重なるにつれ自分の心が提督にますます傾いていくのを自覚しながら。戸惑いと、それでもあるがままの時の流れに身を任せていたいという思いに揺れながら歩く間宮のもとに第八駆逐隊の駆逐艦娘が駆け寄ってくる。

 

 

「あ、間宮さん!よかった、もうすぐ帰ってくると伊良湖さんに聞いたものですから!」

 

「朝潮ちゃん、ごめんなさいね。待たせちゃったみたいね」

 

 

問わなくても朝潮の用件はわかる。好物のプリンアラモードを求めて甘味処に来たのだろう。いつのまに朝潮の傍にいたのか、第八駆逐隊の面々が好き勝手におしゃべりを始める。

 

 

「大規模作戦が発令されましたからね!英気を養わなくては!」

 

「大潮、今回の作戦もアゲアゲです!だから今日は、思い切ってフルーツあんみつの大盛りいただいちゃいます!」

 

「大潮、作戦前に排水量が大幅に増えるのはまずいわよ」

 

「あらあ~、大丈夫よ満潮ちゃん。食べた分動けばいいのよ」

 

 

朝潮の放った”大規模作戦”という言葉に間宮は胸を刺される。いつしか鎮守府の恒例となっていた多数の艦娘が参加する大規模作戦、間宮は決して直接はかかわることのないその作戦。いつも艦娘たちが無事に帰ってくるようにと祈ることしかできない自分の身を、間宮は改めて思い知るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八駆逐隊が甘味処を離れてのち、厨房でお皿を洗いながら間宮は傍らの伊良湖に問う。

 

 

「ねえ、伊良湖ちゃん……私たち給糧艦は、やっぱり艦娘としては”補助艦艇”なのだと思う?」

 

「え?……そうですね。正直、花形は戦闘艦なんだと思います。私たちは、彼女たちのサポートに徹するべきで」

 

 

そうね、と自分に確かめるように呟く。お皿を洗う間宮の表情は暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、甘味処がひと段落したタイミングで間宮はお店を伊良湖に任せ埠頭に立つ。海風に身を任せながら間宮はひとり思いに沈む。

 

 

 

ここしばらくの、提督との逢瀬は夢のようなものだったのかもしれない。自分にはもともと、許されない時間だったのかもしれない。

 

 

 

だって、自分は給糧艦。戦うことのできない、補助艦艇。

 

 

 

提督と肩を並べるのは、戦闘艦のだれかであるべきだ。少なくとも、それは自分ではない。

 

 

 

思いが自分の中ではっきりとした形をとるにつれ、悲しみが間宮の胸を塞ぐ。それでも、間宮はその現実を受け止めようと目に浮かぶ涙堪え波間に強い眼差し向ける。と、コンクリを踏む音が背後から聞こえいつしか聞き慣れるようになっていた声がかけられる。

 

 

「間宮?」

 

 

その声に振り向けばそこにいるのは果たして提督その人。その姿から思わず目を逸らす間宮に向け、間宮の心うち知らぬ提督は明るい声を向ける。

 

 

「明日も、来てくれるのかな?明日の昼食も楽しみでな……いや、さすがにこれは図々しかったか」

 

 

無邪気に間宮に向けられる声に胸が焼けつく思いがする。提督の方に身体を向け、間宮は俯きながら小さな声で、しかしはっきりと口にする。

 

 

「提督、そろそろ提督は専属の料理人を雇うべきだと思います」

 

 

提督も食事の楽しみを知った、食を楽しむことの大事さを知った。そうである以上、自分はここで身を引くべきだ。今度は、提督が自分にふさわしい女性を選ぶことができるように。

 

 

 

 

 

そんな間宮の想いは知らぬとばかりに、提督は表情を引き締め間宮に向かい言い放つ。

 

 

「俺は、間宮の作ってくれるメシがいい」

 

 

ひょう、と海風が埠頭を走る。間宮の長い髪が靡く。その一瞬を台詞の間にして、提督は一度深呼吸してさらに言葉続ける。

 

 

「いや、メシなんて作ってくれなくていい……俺の傍にいてほしい」

 

 

顔を伏せていた間宮の瞳が見開かれる。顔を上げ、提督の真剣な眼差しと視線を交差させて、間宮はうわごとのように呟く。

 

 

「それは……ダメです」

 

「なぜだ」

 

「だって、私は給糧艦……補助艦艇の私は、提督の隣には立てない……私は、主役にはなれない……」

 

 

堪えきれなかった涙、間宮の頬を一筋流れる。自分は決して主役の艦ではない、その思いが間宮に提督の想いを受け入れることを躊躇させる。そんな間宮の心の壁打ち砕くように、提督は言葉に力籠め宣言する。

 

 

「人はみな、自分の人生の主役だ」

 

 

言葉が、間宮を貫く。その言葉を、信じていいのかまだ躊躇う自分がいる。その躊躇いを声に変えて間宮は提督に問いかける。

 

 

「……いいのですか?こんな私が……提督のおそばに場所を見つけても……」

 

「俺が、間宮にとっての居場所なんじゃない」

 

 

一度言葉を切り、提督は短く言い放つ。

 

 

「間宮が、俺にとっての居場所なんだ」

 

 

ああ、許されるのだろうか。自分が、提督の隣に立つことが。給糧艦であるこんな自分が、提督と並んで歩むことが。

 

 

間宮のそんな内心の問いに答えるかのように提督は間宮に手を伸ばす。その肩を抱きよせ自分の胸に誘い、提督は間宮を抱きしめる。

 

 

初めて知る熱い感触、自分を包み込む逞しい感触。その感触に酔いながら間宮は思う。

 

 

 

 

許されるというなら、自分も自分の人生を生きよう。

 

 

 

 

この人の隣で、生きていこう。

 

 

 

 

 

 

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