昼下がり、藤色のポニーテールの秘書艦である重巡洋艦娘が提督執務室に飛び込んでくる。
「しれーかん!青葉、見ちゃいました!」
両腕を広げて自分の目の前に駆け寄ってくる青葉に提督は落ち着いた声向ける。
「青葉、いったいどこまで行ってたんだ?開発工廠にお使いを頼んでからどのくらいたったと思っている」
「それどころじゃありませんよ司令官!大スクープです!」
腕を胸元に足をバタバタさせながら青葉は提督の言葉をいなす。ふぅ、とため息ひとつついて提督は青葉の言葉を聴く態勢をとる。提督が椅子の背もたれに身を預け青葉の言葉を待つ姿勢をとったと見るや、青葉は待ってましたとばかりに勢い込む。
「開発工廠の近くの木陰でですね!」
「ふんふん」
「うちの鎮守府の情報参謀さんと翔鶴さんがですね!ふたり抱き合っていてですね!」
「ほう」
若い男と女が集まれば、その手の話も湧いてくる。人に似て人に非ずの艦娘だが三日も共に過ごせば違いはわからなくなるし、異種ということで退け続けるにはあまりに彼女たちは魅力的すぎる。話題の情報参謀もそんな魅力に引き付けられたひとりなのだろう、そう提督は寛容に構える。もっとも、艦娘の魅力に取りつかれたという意味では提督もまたお仲間なのだが青葉はそのことまでは知らない。
「あ~っ、お仕事中でカメラ持ってなかったのが悔やまれる!」
「持ってたら撮ってたんかい」
地団太を踏んで悔しがる青葉に提督はごもっともなツッコミ入れる。もっとも青葉の出歯亀根性、もとい、ジャーナリスト精神を止めることなどできないことは提督にも十分わかっている。ひとつ提督がため息を吐くのを合図にしたように青葉は足をバタバタさせるのをやめ、ふと問いかけるような顔になると提督に向かい言葉向ける。
「司令官は、好きな人とかいないんですか?」
「え?う~ん……今のところはな」
「お前だよ、青葉」という台詞を期待していないといえばウソになるが、そこまでの贅沢は望むまい。とりあえず提督の心が他の艦娘に奪われてはいないことに安堵して、青葉はもっと自己アピールに努めようと心改める。
「司令官に好きな人ができたら青葉に必ず相談してくださいよ!絶対ですからね!」
「翌日には鎮守府中の話題になってそうだな……」
「そんな鬼のようなことはしませんよぅ~……青葉をなんだと思っているんですか~」
唇を尖らせ抗議してみせる。そんな青葉に静かな微笑み向ける提督の姿に思わず胸高鳴らせながら青葉はこんな穏やかな時間が続いてくれることを祈るのであった。
それからしばらく、昼休みの時間を青葉はいつも通りカメラを抱えて鎮守府内をうろうろしながら過ごす。特ダネを求めて各所を歩き回り、鎮守府本館の中庭に出たところで青葉は僚艦の姿に気づく。
「ガサ!」と声をかけようとして思いとどまる。衣笠と向かい合ってこちらに背を向けているのは純白の制服姿の提督。なにを話しているんだろう、と持ち前の好奇心を発揮して青葉は物陰に隠れる。耳をすませば聞こえてくるのは衣笠の安心させるような声。
「つまり、提督の恋の相談に乗って欲しいってわけね?そういうことならこの衣笠さんにおまかせ!」
ガン、と頭を殴られたような衝撃があった。心臓をぐさりと貫かれた。自分ではない他の娘に、自分ではない他の想い人のことを相談している――――その現実から目を背けるように、青葉はその場から身をひるがえして逃げ出した。
その日の夜、水色のパジャマに身を包み青葉はベッドの上で膝を抱えてうずくまる。ルームメイトの衣笠は今夜は夜戦演習で帰ってくるのは遅くなる。ひとり、ベッドの上でぐるぐると頭を巡り消えてはくれない思いをもてあます青葉の耳に、部屋の扉を開ける音が届く。
「あれ?青葉、まだ寝てなかったの?」
部屋に帰る前に汗を流してきたのだろう、濡れた髪の衣笠が部屋の中に入ってくる。その衣笠には目を向けられないまま青葉は膝の間にますます顔を埋めると小さな声で衣笠に問う。
「ガサ、昼間、提督となんのお話をしていたんですか?」
「え?う~んと……」
姉妹艦の自分にも明かせぬ相談、それはそうだ、なんて言っても提督その人の恋の相談だ。答えあぐねる衣笠の態度に提督と衣笠が遠くに行ってしまったような気がして、それがひどく悲しくて、青葉は自分の声が鼻声になるのを自覚しながらなおも言葉続ける。
「司令官の、好きな人の話でしょ?」
「あ、聞こえてたんだ。えーと……」
「もういい」
すねるように呟いてお布団を頭からかぶる。ぎゅっと目をつぶって視界を真っ暗にした青葉の耳に、衣笠の困ったような声が届く。
「別に、青葉にナイショにしようってわけじゃないのよ。ただ……」
「…………」
「……そうね、あとは提督本人に聞いた方がいいと思う」
聞けないよそんなこと、と心の中だけで呟く。強くつむった瞼の隙間から涙が滲み出て、青葉は唇噛みしめた。
翌日、寝不足気味の身を抱え青葉は執務室で書類仕事を進める。提督の机に直角に提督のより幾分小ぶりな机をくっつけて青葉は書類を処理していく。
いつものような、軽口も雑談もない。黙々とした時間が過ぎていく。イヤだな、と心のどこかで思うがこの場を打破するだけの思い切りが今の青葉にはない。
先にしびれを切らしたのは提督の方だった。
「青葉、どうかしたのか?今日は元気がないな」
どう答えたらいいのかわからないまま反射的に「大丈夫です」とだけ答える。それでもそんな通り一遍の言葉でごまかされるほどこの鎮守府の提督は甘くない。
「大丈夫ってことはないだろう。今日一日、青葉は様子がおかしい」
「…………」
「なにかあったら、相談に乗るぞ?」
「……司令官が、昨日ガサに相談したみたいにですか?」
はっと何かに触れられた者の気配が提督の方から伝わってきた。しまった、と思いながらも口にしてしまったことで気持ちが少し楽になったような気もして青葉は提督に言葉続ける。
「恋の相談でしょ?青葉には、相談してくれなかったんですね」
「えーと、青葉……」
「いいんですよ、それはそれで。ガサは、なんて言いました?」
声が少し詰問調になっている感じがして、それをイヤだなと思いつつ、青葉は提督に問い発する。最後の質問はなんとはなしに浮かんだままを聞いた質問、その質問に答えるかのように提督はひとり呟き声漏らす。
「男だったらさっさと告白しろとかなんとか……まったく、言う方は気楽だよな……でもそうだな、いつまでもうじうじしていても仕方ないしな……」
言い終えると提督は椅子から身を起こす。びくっと青葉の身体が揺れる。これから提督は好きな人に告白しに行く、その決心をしたのだと青葉は悟る。提督がこの部屋を出ていくのを予期して、ひとりこの部屋に取り残されることを悟って、目をぎゅっとつぶり浮かぶ涙堪え胸の痛みに耐えようとする青葉を、しかし次の瞬間包み込んだのは青葉の肩を抱き椅子から立たせる提督の腕の感触だった。
何が起こっているのかわからず目を開ける青葉の瞳を真正面から見据えながら提督は一言だけ告げる。
「青葉、好きだ」
「え……」
「好きだ」
言葉は一瞬青葉の体を素通りし、どこかに跳ね返って戻ってくると青葉の胸の中で飛び跳ねる。その言葉が青葉の中で意味を成すと同時に青葉の唇から絶叫放たれる。
「えええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!?!?!?!?」
妖精さんが何人も何人も青葉の頭の中で駆け回る。右に左に走り回り、ぶつかって転ぶとまた起き上がって走り出す。パニックを起こしながら青葉は唇震わせうわごとのように言葉漏らす。
「だ、だ、だって、ガサに、恋の相談したって……」
「お前のことを相談したんだよ」
「で、で、で、でも、青葉には相談してくれなくて……」
「当の本人に相談できるわけねーだろ」
言葉より提督の強い眼差しが、今起きていることが夢ではないと告げてくれている。がっちり肩を掴まれ逃げ出すこともできぬまま、逃げることなど思いつかぬまま、頭を沸騰させる青葉に提督は重々しい声で一言問う。
「で、返事は?」
返事、そうだ、返事をしなくては。ようやく混乱する頭の奥底で考える。答えなんて決まっている、ずっと前から決まっている。なのに、その言葉唇からなかなか出てくれず青葉は声を上擦らせる。
「ず、ずっとずっと……青葉は、司令官が……す、好きで、大好きで…………」
それ以上は言葉にならない。目を再び閉じ先ほどとは違う理由の涙目尻に浮かぶのを堪えようとする。たどたどしいお返事、それでも一番伝えなきゃいけないことは伝えられたと思う。その青葉の思いに答えるように提督は青葉の細い身体を自分の方に引き寄せる。
華奢な肢体が提督の胸に収まる。青葉は、強く抱きしめられる。足元が浮いてしまいそうな感覚の中、頬を伝う熱い感触を自覚しながら青葉はうわごとのように呟く。
「しれいかん……」
「失礼します!第八駆逐隊、ただいま遠征任務より帰還いたしました!」
ノックの音は聞こえなかった。だから、反応が完璧に遅れた。抱き合ったまま硬直し、扉の方に顔を向ける今しがた結ばれたばかりの恋人たちと、その恋人たちの姿を目の当たりにしてこれまた岩になる朝潮の姿。
「し、失礼いたしました!あとはごゆっくり!」
堅物朝潮にしては気の利いたことに第八駆逐隊の長女は身をひるがえしてその場を駆け去る。ぱたぱたぱた……と軽い足音が遠ざかり、と思う間もなく黄色い声が廊下の向こうから響いてくる。
――――これは、艦娘たちの間での明日の特ダネは決まりだな。
それでもいいか、と青葉は思った。
了