艦娘恋物語   作:青色3号

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弥生の場合

その日も弥生はなんとなく提督執務室を訪れる。いや、なんとなくではない、お目当てはちゃんとある。提督の顔が見たくて、提督の声が聴きたくて、弥生は提督執務室を訪れる。

 

 

「失礼します」と扉越しに声をかけ重いその扉を押し開けると、一番奥に鎮座する大ぶりな執務机に向かう提督の姿が目に入る。同時に目に入るのは、提督のそれに直角に提督のよりやや小ぶりな机をくっつけてそこに収まる秘書艦の金剛の姿。

 

 

「やよやよー、顔を出してくれたんですね?……なんか表情が硬いですねー。なにか怒ってますか?」

 

「いえ、弥生怒っていませんよ?」

 

 

表情が硬いと言われてしまうのはいつものことだけど慣れることはなく、少しばかり弥生は傷ついてしまう。それでもそのことも表情には表れないままの弥生に向けて提督が椅子から腰を上げながら声をかける。

 

 

「せっかく来てくれたんだ。ココアでも飲んでいくか?」

 

「あ、気を使わなくていい、です……」

 

「まあまあ」

 

 

戸棚からココアの瓶を取り出しマグカップに無造作にいくらか入れてポットのお湯を注ぐと、提督はマグカップの中身をティースプーンでかき混ぜながら弥生に差し出す。「ありがとう……ございます」とちょっとたどたどしく言いながらマグカップを受け取り、弥生は部屋の真ん中あたりにあるソファに腰を下ろす。両手でマグカップを捧げ持ちその温かい中身をすすりながら弥生はお仕事に戻る提督の姿を見つめる。

 

 

金剛から書類を受け取りながら真剣な顔でその書類を見やる提督の姿、見ていて飽きることのない提督の姿。その姿を今日も弥生は見飽きることなく、手のひらの中のマグカップが冷めることにも気づくことなく、少し頬を染めながら見つめ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでもお仕事の邪魔をしていてはいけないとココアを飲み切ったのをタイミングに弥生は提督執務室を離れる。鎮守府本館の廊下の角を曲がったところで弥生は姉妹艦の卯月につきあたる。

 

 

「弥生、なんかいいことあったぴょん?なんだか嬉しそうだぴょん」

 

「え、そう、かな……」

 

 

いつも通りの表情をしていたつもりだったから卯月の言葉は意外だった。そんな弥生の思いを読み取ったかどうか卯月が腕を後ろ手にして悪戯っぽい表情で弥生に言う。

 

 

「ふっふ~ん、うーちゃんは弥生のことならなんでもわかるっぴょん。だてに長いつきあいじゃないっぴょん」

 

「そっか……」

 

「ご機嫌な理由も当ててみせるっぴょん。どーせ、司令官のところに行ってきたばかりだっぴょん」

 

 

耳が微かに熱くなる。ちょっと背筋を伸ばして卯月の言葉を受け止める。内心の動揺を気取られぬよう顔の筋肉に力を入れる弥生に卯月が心配そうな表情見せて聞いてくる。

 

 

「……もしかして、怒らせちゃったぴょん?うーちゃん、余計なこと言ったかな?」

 

「……・……あの、別に怒ってはいないのだけれど……」

 

 

ため息ひとつ弥生の唇から漏れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府本館中庭のベンチの上、座って足をぶらぶらさせる卯月の横で弥生はちょこんとおとなしく身を収める。缶ジュースを口に運んでいた卯月が缶に口をつけたまま弥生に問う。

 

 

「弥生の片思いも長いっぴょん。うーちゃんにツッコミ入れられてからどのくらいだっけ?」

 

「えーと……四か月半くらいかな……」

 

「そこで即答してくるとは……相変わらずヘンなところで生真面目だぴょん」

 

 

缶ジュースを口から離し弥生の横顔に視線を向けて卯月は更に問いかける。

 

 

「司令官の、どこがそんなにいいっぴょん?」

 

「話すと長くなるのだけれど……」

 

「長くなるならいい」

 

 

あっさり弥生の話の腰を折り卯月は缶ジュースを再びひと口飲む。勢い込んだ出鼻をくじかれちょっとばかり不満そうな顔を弥生は見せる。と、いってもそれが不満顔だとわかるのは卯月くらいのものだろう。そんな弥生の心中に気がついているのかいないのか、卯月は弥生に追撃向ける。

 

 

「そんなに好きで、そんなに長く片思いしていて、それでもなんの進展もなく、このままいつまでも過ごすつもりぴょん?」

 

「…………」

 

「司令官、そのうちカノジョ作っちゃうかもよ~?」

 

 

わざとらしく身を寄せてそんなちょっと意地悪な言葉を向けてくる卯月の顔は見られぬまま、弥生はきゅっと唇を噛む。言われなくてもわかっている、いつまでもこのままではいられないことは。それでも告白する勇気など得られないまま弥生は身を固くして黙り込む。そんな弥生に向け卯月はまるで弥生の心中読んだかのような言葉向けてくる。

 

 

「告白する勇気、なんていつまで待っても湧いてこないっぴょん。今覚悟を決めなくちゃ」

 

「そんなもの、かな……」

 

「そう漫画に描いてあったぴょん」

 

「漫画、ですか」

 

「漫画も馬鹿にしたもんじゃないぴょん」

 

 

そんなとりとめもないガールズトークを終わらせたのは卯月が何気なく続けた一言。

 

 

「今のタイミングなら司令官は執務室にひとりっきりぴょん」

 

 

なんで知ってるの?というツッコミが湧いたが卯月だったらむべなるかな。すっくと弥生は立ち上がりきゅっと拳を握りしめる。ひざが震えて止まらないけれど、それでも親友のくれた勇気を無駄にはしないと決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして弥生は再び提督執務室を訪れる。さっきと違って木製の扉をノックする手が震える。声も震えていないだろうか、と心配しながら「失礼します」と一言発し、弥生は重い扉を押し開ける。

 

 

「弥生か、また来てくれたのか」

 

 

嬉しそうに自分を歓迎してくれる提督の姿に儚い期待をつなぎそうになるけれど、冷静な自分が提督なら誰にでも優しい態度をとると告げてくる。そんな弱気につながりかねない想念を頭ひとつ降って追い出すと、弥生は執務室に足を踏み入れる。一度提督の顔を見つめ、すぐに視線逸らすと、逸る鼓動を抑えるように両手を胸に当てながら弥生は提督に小さな声向ける。

 

 

「司令官、大事なお話が……」

 

「話?」

 

 

書類を繰る手を止め椅子に身を預けなおして提督は弥生の言葉を待つ姿勢をとる。それでも弥生の口からそれ以上の言葉発せられることはない。どのくらいの時間がたったか、意思に反して表情筋に力が入ってしまうのを弥生はもどかしく感じる。

 

 

「表情が硬いな。どうした?」

 

「あ、怒っているわけじゃ……」

 

 

むしろ泣きたい気分だ。想いを伝えられないふがいなさに、もどかしさに。目頭がつんと熱くなるのを感じながら弥生は再び口にする。

 

 

「怒っているわけじゃ、ないです」

 

 

こんなときまでお馴染みの台詞を口にする羽目になろうとは。表情豊かな卯月とかがうらやましい。せめて泣き出さないように心の奥に力を入れる弥生の耳に、提督の穏やかな声が届く。

 

 

「怒っているわけじゃないよな、そのくらいわかるよ」

 

 

静かに提督は言葉続ける。

 

 

「弥生のことなら、それくらいはわかる」

 

 

言葉が、期待を運んでくる。期待しすぎちゃだめだと心のどこかでブレーキがかかるが、それでも弥生の心臓が弾む。弾んだ鼓動に押し出されるようにして弥生の唇から言葉が漏れる。

 

 

「わかっていただけるのですか?どうして?」

 

「弥生のことは、ずっと見ていたから」

 

 

ふぅわり、と心に羽が生える。喉の奥に仕えていたものがすっと取れる。胸の奥の衝動、声に姿を変え、それでも囁き声のようなそれを、弥生は提督に差し出す。

 

 

「司令官……弥生は、ずっと……」

 

「うん」

 

「ずっと……司令官のことが好きでした……」

 

 

言い終えて、涙ひと筋頬を伝う。感情を人に見せない弥生の溢れ出た感情の姿。その弥生の涙を、立ち姿を目に収めながら提督はゆっくりと立ち上がる。

 

 

「見ていたからわかることもある。だけど……」

 

 

机を回り弥生に歩み寄り、提督は自分よりずっと小さい弥生を見下ろす。

 

 

「言葉にしなきゃ、いけないこともあるよな」

 

 

その手を提督は弥生に伸ばす。その、華奢な肩を抱き寄せる。弥生の小さな小さな身体が提督の胸に収まる。

 

 

「弥生、好きだ」

 

 

提督の言葉が、胸に沁みとおる。きゅっと弥生は提督の制服につかまる。顔を提督の胸に埋め、弥生は小さな声で、でもはっきりと繰り返す。

 

 

「司令官、好きです」

 

「うん」

 

「大好きです」

 

 

弥生を抱く腕に力を籠める。弥生が、小さくしゃくりあげる。提督に力強く抱かれながら弥生は目を閉じ強く思う。

 

 

 

 

 

わかりづらいと言われる自分でも――――

 

 

 

 

―――伝わる、言葉があるのだと。

 

 

 

 

 

 

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